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見つけました! 聖女候補



 大祭の最終日は王宮での夜会だ。

 王族、貴族が集まる会であるが、この日だけは聖女であるわたしも出席する義務があった。わたしは平民出身の聖女だから正直この夜会は疲れる。下級貴族や商家の人間の集まりは価値観のずれを感じないのでその場の雰囲気を楽しむのだが、王族、上位貴族が揃う夜会は色々と所作に煩いので憂鬱だ。


 今回も護衛であるフランシスがさりげなく指示してくれているから何とかなっているようなものだ。先ほどの神託のこともあり、知らない貴族たちも挨拶に来る。フランシスはわたしが知らないだろうと思う人間が挨拶に来るとさりげなく耳元に貴族の名前を囁いた。


「私としては聖女様にもっと勤めてもらいたいのです」

「そう言っていただけるとありがたいですわ」


 知ったような顔でわたしの退任を惜しむ。行き遅れになれというのかと内心苛つきながら、笑みを浮かべた。適当に挨拶を返し、移動する。


「お疲れでしょう。少し休みませんか」


 ようやく挨拶する人が切れたところで、フランシスがすっとわたしの手を取った。その仕草がとても洗練されており、流石、聖女の筆頭護衛騎士に選ばれるだけあると感心する。


 平凡な濃い茶色の髪に同じく平凡な茶の瞳のわたしはこの聖女の衣装を着ていなければ本当に埋没するほどの存在だ。平民にしては綺麗な方だとは思うが、それはあくまでも平民の中での話。血筋的にも磨かれてきた貴族令嬢とか貴族令息に足元にも及ばないだろう。


 わたしだって自覚している。聖女の護衛騎士の制服を着たフランシスの方がわたしなんかよりも目の保養になる。

 ちらりとわたしの手を取り隣に立つ彼を見た。


 甘く整った柔らかな顔立ち、少し波打った長め金髪、濃い緑の瞳。


 これぞ平民の持つ貴族令息そのままの姿だ。背も高く、鍛え抜かれた体は服の上からもよくわかる。しかも気配りも完璧だし、笑みなんて浮かべたら老若男女問わず見惚れること間違いない。


 先日、友人の一人から恐ろしい手紙が来ていたことを思い出した。なんでも巷では背徳感溢れる恋愛物語が流行っているそうで、掻い摘んで書かれた内容に卒倒しそうだった。男女の関係なんて全くない、22歳になっても乙女のわたしには刺激の強い内容だった。その上、友人のお気に入りの物語に出てくる人物がちょうどフランシスみたいな容姿なのだ。


 平民の考える王子様的な存在ってきっとこんなものなんだろうけど、見られるのはまずいと思い慌ててその手紙を燃やしてしまった。下手に残しておくと、部屋の安全を確認しているフランシスに見つかってしまう。わたしが悪いわけではないのだが見られたら不味い気がした。


 手紙は燃やしてしまったが、書かれた内容はとても強烈でよく覚えている。そのせいか、ついついフランシスと誰かの禁断の愛を考えてしまうのだ。借金のかたに買われた儚げな人妻との許されざる恋、妖艶な未亡人との恋の駆け引き、中性的な麗しい同性との道なき愛。


 どれもこれも絵になる。流石貴族だ。


「どうしました?」


 わたしが変な想像をしていたのがわかったのか、目が細められた。何故かフランシスはわたしが不穏なことを考え始めるとそれを察知するのだ。いいじゃない。こんな夜会、妄想でもしていないと退屈なのだから。


「……どのような方が次の聖女になるのかと少し考えていただけです」


 我ながら感心する言い訳に笑みを浮かべた。フランシスは少し身をかがめて耳元で囁く。


「本当に?」

「え、ええ……」


 なんで疑っているのよ! ちょっとフランシスと誰かの禁断の愛劇場を想像しただけなのに。

 妄想するのもまずいと思いなおし、気分を変えるように会場を見渡した。どの貴族も着飾っており、本当に豊かな国だと感じる。


 女神さまの力で豊かさを維持できているので平民もかなりゆとりのある生活をしている。この国は農産物が本当に豊かだが、鉱物についてはほとんどといっていいほど取れない。取れないものは取れる国と取引をして成り立っていた。それぞれの国が補い合っている。多少のいざこざがあったとしても、国同士の戦争などはるか昔の物語でしかない。


「踊りませんか?」


 つまらなそうなわたしを見て、フランシスが手を差し出した。その手を戸惑い気味に見てから彼の目を見る。


「いいの?」

「今日は特別です」


 嬉しさに笑みを浮かべた。聖女教育で唯一得意なのが踊ることだ。体を動かすのでとても気分が爽快になる。ただ、公の場で誰かと踊ると申し込みが大変なことになるので普段は踊らないのだ。

 手を彼の差し出した手に乗せようとしたところに、声をかけられた。


「……また後で」


 フランシスが少し残念そうな声音で呟いた。そのままわたしの手を取り、近寄ってくる人物を待つ。


「くれぐれも二人にならないでください」


 フランシスがそう警告した。面倒なことに近づいてくるのはこの国の第二王子クリフォードだった。彼は何故かわたしがいるとすぐに近寄ってくるのだ。フランシスも王族相手に牽制することができず、クリフォードだけは側に寄せてしまう。


 初めは気が付かなかった。回数が増えて馴れ馴れしくなり、護衛を遠ざけて二人でバルコニーに出ようとする。その行動を不審に思い調べてもらえば、困った噂ばかりだった。


 クリフォードは婚約者がいるにもかかわらず普段から女性に甘い言葉を囁いて良い仲になっていると噂されていた。もちろん真実かどうかはわからないが、複数の人が言っているので大きくは間違ってはいないのだろう。もしくは、誤解を受ける行動を取っているのだ。


「セシリアーナ、今日の祈りは素晴らしかった」


 誰もが見惚れてしまうほどの色気のある笑みを浮かべ、わたしの前に立つ。クリフォードがわたしの名前を呼び捨てにしたことで、フランシスがぴくりと体を揺らした。クリフォードはそんなフランシスの反応を面白そうに見た。


「そう怒るな。聖女と王族は同等だ。親しい仲なのだから、敬称なしで名前を呼ぶくらいは許してくれてもいいだろう?」


 最後はわたしへの確認だ。聖女と王族が同等だ、親しい仲だと言われても。平民出身のわたしが否定も肯定もできない。心底困った顔をしてフランシスを見た。対応よろしく、と目に思いを込めればフランシスは安心させるように軽く手を握ってくれた。


「ここは公の場ですので敬称はつけていただかないと困ります」

「ふうん。それは護衛騎士もなのか?」

「ええ。聖女様の品位を貶めることになりますから」


 わたしは似合わない言葉を使われてため息が出そうになった。大した身分でもないのに品位だなんて、恥ずかしすぎる。聖女として考えれば納得できるものもあるが、目の前で言われるとむず痒い。

 しかも何となくだが、他の含みもありそうだ。ありそうではあるが、すぐにあれこれ考えるのはやめた。


 この7年でわかったのだ。貴族のやり取りは理解できないと。ある程度裏を読むことはできるが、一般的な範囲だけだ。聖女を退任すれば平民に戻るわけだし、いらない技なので特に気にしていない。フランシスがうまくやるだろう。


 ふわりと何かが心に触った。ぱっと顔を上げぐるりと見回す。


 なんだろう、これ?


 初めての体験に動揺しながら、心に触れた何かを探す。沢山の人たちが歓談している。一人一人顔を見て確認する。どれくらいの人たちを見分けただろう。


 ようやく見つけた。


 淡い金の髪に薄い青い瞳。色は白く抜け華奢な体つきをしている。瞳の色に合わせているのか、薄い軽やかなドレスがとても似合う。

 

「どうしました?」


 わたしが突然笑みを浮かべたのでフランシスが不可解そうに聞いてきた。クリフォードもわたしの見つめている方へ視線を向けた。彼がそちらに視線を向けたのと彼女がこちらを見たのが同時だった。


 彼女は少しだけ微笑むと、こちらにやってくる。どうやらクリフォードの知り合いだったようだ。彼は小さく舌打ちした。いつも軽薄……いや人当たりの良い笑みを浮かべているので、その乱暴な仕草に驚いた。


「聖女さま、お初にお目にかかります」


 彼女はわたしの前に立つと、ふわりと膝を折り美しい礼をした。クリフォードは不機嫌さを隠すと、彼女に手を差し出した。


「私の婚約者のステファニー・アンダーセン侯爵令嬢だ」

「どうぞ、ステファニーとお呼びください。聖女さま」


 クリフォードは色々と紹介しているがそんなことはどうでもよかった。間違いない。彼女だ。


 次期聖女、見つけました!

 女神さま、ありがとうございます。

 仕事が早いなんて、流石です。

 しかも、とても分かりやすかったです!



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