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聖女歴、7年目です



 空はとても青く、空気はさわやか。

 女神への豊穣を感謝する祭りは今年も穏やかな空気に包まれていた。神殿では毎年行われている大祭が執り行われていた。


 特別な席には王族が、王族の一段下の席には招待された貴族たちが、それを見守るようにしているのは民衆たち。


 わたしは一歩、一歩、己の騎士に先導され女神像の前まで歩を進めた。人々の視線が集まるが、笑みを浮かべることなくとても静かな気持ちで歩いた。一歩足を踏み出せばドレスの衣擦れの音がかすかに聞こえる。


 厳かな雰囲気の中、女神像の前で膝をつき両手を胸の前で固く握りしめ祈りを捧げる。


 祈りが深くなるたびに、周りの気配を感じなくなる。


 何もない世界。


 怖いとは思わない。自分自身さえも溶けて存在が曖昧になってしまうほど深い祈りを捧げてこそ、女神さまに会うことができる。


 どうか、この国の、この世界の生きる者たちへご慈悲を。


 心の底から湧いてくる祈りが女神さまに届くようにと、強く強く願う。


 そして、どうかどうか。この願いも叶えてください。


 女神さま、聖女になって7年。22歳になってしまいました。

 友達も早い子は16歳、遅い子でも18歳で嫁ぎました。もう皆、一人以上の子供を産んでいます。

 はっきり言って、わたし、行き遅れです。聖女なんて肩書があっても、男は皆、ぷりぷり、つやつやの若い子が好きなんです。勝てる自信がありません。


 顔よし、性格よし、お金持ち、そんなことを願っておりましたが、少し妥協もします。顔は並み、お金も普通に暮らせる程度でいいです。性格だけは絶対に譲れません。優しくて、誠実で、働き者でお願いします。……笑いのツボが同じだとなお良いです。


 どうか、お願いします。これ以上行き遅れにならないよう、次の聖女を選んでください。


 くすり、と笑う声が聞こえた気がした。


 そっと耳をすませば、いつものように女神さまの声がする。


 あなたの願いを叶えてあげるわ。彼女ならきっと貴女以上の祈りを捧げてくれるでしょう。



***



 この国、というよりもこの世界は女神さまが作ったとされている。各国には女神へ祈りを届ける聖女がいて、大祭は一年に一度、感謝祭は3か月に1度とそれぞれ神殿では祭りが行われている。総本山と言われるような神殿は存在しない。聖女は王族と並ぶほどの存在であるが、それ以外は大臣や城に勤めている使用人と同じただのお勤めだ。神殿は国の組織の一部なのだ。


 国王が聖女はいらない、神殿もいらないと言えば次代は選ばれず、なくなる程度の存在。そのようなことをする王族は今はいないが過去にはいたらしい。当時の混乱を、どのような現象が起きたのかを、どこの国も詳しく伝えている。誰もが疑うことができないほど女神の加護の喪失はわかりやすく示されたのだ。


 聖女を廃した国だけが長い間日照りが続き、作物が取れない。ようやく雨が降ったと思えば、何週間も続く豪雨。しかも切り抜かれたようにその国だけの現象だ。一歩隣国へ入れば、穏やかで過ごしやすい状態だったという。


 国民は逃げだしたし、その国はあっさりと地図から名前が消えた。複数の隣国に少しづつ分割吸収され、ようやく穏やかな土地になったほどだ。そんな過去があるから、どの国も聖女を大切に扱う。


 重要であるが、聖女の選定基準を知っているわたしにしてみたら、とても納得がいかないものでもある。


 聖女の条件。


 一言でいえば、信仰心の強さだ。これだけ聞けば、修道女や信心深い人が選ばれると思うだろう。自分が選ばれて知ったのだ。信仰心の強さに敬虔(けいけん)さはいらない。


 どれだけ真剣に女神さまに祈れるかだけなのだ。その願いが女神基準から外れていない限り、なんでもいい。他人を妬むような思いや復讐心、人を害するものでなければいい。


 わたしは15歳の時、真剣に婚活をしていた。数代前は貴族だったようだが、家族全員、貴族らしいところは全くない。酒の場で昔はお貴族様だったみたいね、みたいな笑い話に出てくる程度だ。裕福な庶民として育ったわたしはとにかくいい男を掴まえて、幸せになりたいと願っていた。


 わたしの周囲もそうだったし、同世代の友人たちも概ねそんな感じだ。平民の通う学校で会えば交換するのは様々な噂と評判、誰と誰が付き合っているだとかそんなありふれた情報。


 わたしだって隠す必要ない情報は流した。情報によって結婚相手をがっちりと捕まえた引きの強い友達もいるし、噂の域を出ない情報で対応の仕方を間違えてしまっていた残念な友達もいる。


 そんな友達の成功と失敗を見続けて、失敗するのが嫌だったわたしはわかりやすく女神さまに縋った。いい相手を見つけられるように願掛けをしたのだ。


 女神さまに目をつけられてしまうほどの願望だった。純粋な願望は女神さまに祈りとして届きやすいそうだ。


 聖女として見いだされ、茫然としているうちに神殿へ連れてこられた。神殿に勤める神殿長や神官達に次期聖女さま、と(ぬか)ずかれたときようやく我に返った。


 こんなことを望んだわけではない、と怒りに任せて女神さまに祈ってみたら、あっさりと女神さまに会えた。女神さまは神殿の像と変わらぬ姿で、くすくす笑っていた。


 そして言ったのだ。


 貴女の願いを叶えるために人々の幸せを必死に祈ってね、と。


 そう言われてしまえば、叶えてくれるものだと思うだろう。3年間、必死に祈った。歴代の聖女の中でも力のある聖女として称えられるほど、願望……祈りの強さだった。拗れに拗れまくった結婚願望は見事聖女の祈りとして昇華していった。


 大祭のたびに真剣に祈りによって自分の存在が曖昧になるほど願ってみるが、聖女として褒め称えられるばかりで一向に結婚の予兆がない。女神さまはわたしの願いを叶える気があるんだろうかと不安を抱きつつ、それでも幸せな結婚をするためにその後も祈り続けた。


 7年目の今年。


 歴代一と称えられるわたしの祈りの力を超えるような聖女がいるとも思えないが、女神さまが見つけてくれたらいいといつもの願いの後に付け加えたのだ。次代の聖女を望む気持ちを。


 女神さまはそれに応えてくれた。信じられない言葉を囁かれた。


 ようやく次代を望んでくれたのね。


 恐ろしいことにわたしが次代を望めばよかった話だったようだ。無知な自分を呪ってやりたい。


 込み上げる感情のまま思わず顔を上げ、祈りを中断してしまった。自分を罵る声をあげそうになるが辛うじて堪えた。体を震わせ、両手で口を押える。いつもにない動きに、皆が息を飲んだ。神殿長は驚きを隠して、そっとわたしの側に寄った。


「どうされましたか?」


 悪い神託でも受けたのではないか、と危惧しているのかとても不安そうな顔をしている。わたしは慌てて安心させるように笑みを浮かべた。


 ゆっくりと立ち上がり、裾を整えると女神像を背にして姿勢を正した。国王夫妻の方へと顔を向ければ、彼らも何か悪いことが起こるのではと、表情が優れない。ぐるりと見回せば、それはここにいる人々すべてに言えることだった。


「皆さま、本日はとても良き日でございます」


 決して大きくないが声が通る。神殿にいる人々は息を飲み、次の言葉を待った。


「女神さまが次代の聖女を選定します」


 女神さま、できるだけ早く選定をお願いします。

 わたしは先に婚活の準備しますね。




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