0. それは、はじまり
よろしくおねがいします
誰かがソレを、もう一つの世界だと形容した。
別の誰かは、砂上の楼閣だと言った。
幻想だと言うひとがいた。
我らが女神様は、これは箱庭だ……と曰われた。
……らしい。
「ミドリ、シラバスもいっかい見せてもらえる?」
〔は〜いよっ〕
ジジ…… という微細な音とともに目の前に顕れたソレを受け取り、よく確認して
「やっぱ複雑そうには見えないね……」
僕は一言呟いて、ベッドに身を投げ出した。
〔高等課程っていっても、もう名前だけ。 専門的な教育を行っていたのは過去の話だって〕
えいやっと
僕の呟きを拾って、ミドリが補足する
どうやら明日から縁遠くなりそうな勉強机の上から、小さな掛け声を伴ってこちらに飛来してきた
〔で、これからどうする? やっぱワタルも今日から行くの?
〕
「そうだね。 そうするつもり」
高校入学と同時に解禁される、もう一つの世界……ハテルマ、と大層な名前が付いてはいるけれど、その実態はVRMMOだ
ただし黎明期のゲームとしてのそれとは規模が桁違いで、なんと世界単位である
それもそのはず、取り仕切っているのが我らが女神様たるソフィア様なのだ
人工知能として1000年に渡る永きにおいてこの世界を統治し、悠久の平和を約束する彼女が、満を持して開始したそれは、今や只の娯楽とは言えない程のものになって久しい
「みんな始めるとは言え……シスターズもそこは調整してくれるだろうし」
〔人混み苦手だもんね、ワタルは〕
「僕はミドリと違って実体があるの。 あんなの得意な人いるのかな……」
今朝の人波に揉まれ困惑する僕を嘲笑っていたミドリの笑顔は記憶に新しい
……そのホログラムの身体が羨ましい
端末搭載人格たるミドリは実体を持たないのだ。
人混みからの離脱もお手のモノである。
閑話休題。
体育館からの教室への移動で人波に揉まれ疲れ果てた僕の嘆きを聞き届けて下さっていると思われるソフィアさまなら、開始地点を静かな場所にしてくれるくらい訳ないだろう
そう僕は予想し、ついでに覚悟を決めてハテルマに飛び込む事にした。
ワクワクも、抑え切れないし
「ミドリ……やってくれ。」
〔あいあいさ〜!〕
自然に意識が遠ざかり、暗転の刹那に光芒を見た、気がした。
つかみとか、わかりませんね