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単発系その他

桃とばばの団子巡り ~鬼を討ちし英雄~

作者: 神離人

 ある山奥にある川の近く。そこにはちょっとした小屋が建っていました。そしてその小屋にはとてつもない変わり者と噂のおじいさんとおばあさんが住んでいるのでした。


 おばあさんが川で洗濯をしていると、大人が入れそうな大きさの桃が流れてきました。果物好きなので、すぐに川から引き上げることを決意したおばあさん。おばあさんの体は洗濯で鍛えられていたので軽々と桃を引き上げることに成功しました。そしておばあさんは「等価交換じゃ」と言って、川に洗濯物を支払ってから小屋に桃を持ち帰りました。


 おばあさんが小屋に帰るとおじいさんが驚いたように迎えてくれました。おじいさんは植物と少年が合わさったような姿をしており、植物の精霊でした。おじいさんは「それは子食い甘鬼桃じゃないか。しかも、あれだね。今まさに子供が食べられつつあるね」と言いました。そしておじいさんは、おばあさんの持つ大きな桃が子供を徐々に食べていく妖怪であることを話しました。


 おばあさんはおじいさんの話を聞いて桃に興味を持ちました。そしておばあさんは「果たして大人も食べるのかねぇ?」と言いつつ、桃の口らしき筋をこじ開けて中に入っていきました。おばあさんは結構な年にもかかわらず、ふと自分の好奇心を満たせるような命がけの挑戦を閃いてしまったのです。


 数秒後、桃はどんどんと萎びていきました。元々、その名の通り子供を食す妖怪であったため、おばあさんが喉に詰まって枯れてしまったのです。桃は跡形もなく消えてしまいました。そして桃のあった場所にはおばあさんと小さな男の赤ん坊がいました。


 おばあさんは赤ん坊に桃太郎と名づけて育てることにしました。名前の理由は桃に食べられかけていた赤ん坊だから。それと山のふもとの町で、子供に食べ物の名前をつけることが流行になっていたからでした。


 桃太郎はおじいさんとおばあさんの元ですくすくと育っていきました。そして十年後、桃太郎はおばあさんと並ぶほどの身体能力を(洗濯手伝いで)手に入れ、またおじいさんに引けを取らないほどの美少年となりました。


 ある日、桃太郎はおじいさんとおばあさんに「僕は鬼退治に行こうと思います」と伝えました。そして「もしよければおばあさん手作りのきび団子をいただきたいのですが」と桃太郎は付け足します。


 唐突な桃太郎の要求におばあさんは困ってしまいました。それはなぜか。なぜなら、おばあさんは知らなかったのです。きび団子というものがどんなものであるのかを。加えて、おばあさんは見た目の上では家一番の年長者です。無邪気に「きび団子とはなにかの?」と聞くには年を取りすぎていましたし、周りの者が幼すぎたのです。おばあさんは自らの尊厳のためにもきび団子について尋ねるのはやめておきました。


 おばあさんは言います「その、用途はどうやって使うつもりかのぉ?」。桃太郎は、おばあさんが変わった人だと知っていたので質問の意図などは気にしませんでした。そして「僕がいただくつもりです。野良犬などに取られないよう気をつけます」と答えました。


 桃太郎の返答を聞いて、おばあさんはきび団子が食べ物であると確信しました。そして「そうかそうか。じゃが、わしももう年だから作るのはちょっとのぅ。山のふもとにある町で売ってるのでもええかね?」とおばあさんは尋ねました。


 桃太郎は言います「そうか、そうですね。では町には僕が行ってきますよ。前に買出しに行った時に食べたところがあるので」。


 しかしその言葉を聞いたおばあさんは、とてもきび団子に興味が湧いてきました。桃太郎が食べているということは若者の間で流行なのかも、と考えたためです。おばあさんは流行には敏感だったのです。おばあさんは「ええんじゃええんじゃ。旅立つお前のためにわしに行かせておくれ。……ああ、でもわしの声は可憐で小さいから注文が聞こえんかものぉ。桃太郎や、すまんがこの板にきび団子と書いておくれ」と言って、桃太郎に板と刃物を渡しました。


 桃太郎は感動して「ありがとうございます。ではおばあさんが帰るまで小屋で待っていますね。無理なさらずにご自分の速度で行ってください」と言い、板と刃物を受け取りました。そして桃太郎は板に「きび団子」と刻むと、その板をおばあさんに手渡しました。


 おばあさんは桃太郎から板を受け取りました。そして板を見てみると「きび団子」と書かれていました。それを見たおばあさんは、きび団子とは人物名、それも女の子であると確信しました。


 おばあさんは、一度確信したことに関しては中々考えを変えない頑固者でした。そしてきび団子というものが食べ物であり、また人物でもあるとおばあさんは確信しています。よっておばあさんはごく自然に、桃太郎が人肉を食べたいのだという結論に至りました。しかしそこは変わり者のおばあさん。自分の育てた子供であることや桃の妖怪から出てきたことなどから、食人くらいはするのだろうと特に気にしませんでした。


 おばあさんは尋ねました「もちろん若い方がええんかねぇ?」。桃太郎は少し考えてから「そうですね。新しい物のほうが美味しいと思います」と答えました。


 こうしておばあさんは山を下り、山のふもとにある町までやってきました。山中は一般人にとっては危険なところではあるのですが、鍛え抜かれたおばあさんにとっては庭みたいなものなので、特に道中なにも起こりませんでした。


 町にやってきたおばあさん。しかしおばあさんはきび団子というものを知りません。もちろん団子そのものや和菓子といったものにもおばあさんは無知でした。おばあさんはまず、きび団子のいる場所を知るために、流行に詳しい鬼じいさんの家へと向かいました。


 鬼じいさんの家。それは町外れの路地裏にありました。その家にはおばあさんのような変わり者がよく訪れています。なぜなら、家の持ち主である鬼じいさんは変わり者に寛容的だったのです。鬼じいさんの家には彼に賛同したものが多く集まります。


 おばあさんが扉を開けると一匹の鬼、そしてその奥さんが出迎えました。鬼のほうは鬼じいさん、奥さんのほうは町娘の鬼奥さんでした。鬼じいさんは身長が家の天井ほどの高さであり、拳も岩のように大きいです。鬼奥さんはおばあさんよりも身長がやや高いくらいで、鬼じいさん腰ほどの身長しかありませんでした。


 鬼じいさんは笑って言いました「かっかっか、なんだ山小屋のばあさんでねえかい。ああほれ、立ち話もなんだ。中に入りない」。


 おばあさんは呼び止めます「おお、ええんじゃええんじゃ。また今度な。今日はちいと急ぎでのぉ。……お前さん方、きび団子っちゅう女子を知らんかのう。ちょっと会いたいんじゃよ」。


 「きび団子だぁ? なんじゃあそのけったいな名前は。初めて聞いたぞい」鬼じいさんは困ったような顔で言います。すると鬼奥さんが「ああ、もしや木尾さん宅の団子ちゃんでしょうか。ほら、食べ物を名前につける流行、木尾さんのところがきっかけでしたよね」と思い出したように言いました。


 鬼じいさんも思い出したように「おお、おお。あのべっぴんの譲ちゃんかいね。いやぁ、木尾の親父が最近来んからなあ。わしはすっかり忘れておったわい。かはははは」と笑います。その言葉に鬼奥さんは「そういえばご無沙汰ですよねえ。なにかあったんでしょうか?」と首を傾げました。鬼じいさんは言います「あの親父さんはまだ若いかんね。この店に来とるじじばばと違って色々とお忙しいんさ。くくくっ」。


 おばあさんは不思議そうな顔で「誰じゃい。木尾さんなんておったかのお」と呟きます。それを見て鬼じいさんは話し始めました「そか。そういやお前さんは会ったことねーんだっけね。木尾さんは鳥を奥さんにしとる男でなあ。こーんな大きな鳥なんだけんど」鬼じいさんは大きく手を広げて話し続けます「その娘さんがそりゃもう人間寄りのべっぴんさんなんよ。おお、もちろんこいつには敵わんぞい」そして鬼奥さんを片手で抱き寄せました。


 鬼奥さんは顔を両手で覆って「も、もう~。やーですよこんな人前でぇ」と呟きます。鬼じいさんは「かっはっは。なあにがやなもんかい。ま、とにかくそんな見どころある男が来おったのよ。会いたければほれ、町通りまで戻ってな、町の出入り口から二番目の路地に行けばええぞい」と言って、おばあさんが歩いてきた道を指差します。


 おばあさんは鬼じいさんの指差す先を見て、「町の出入り口から二番目じゃな。ほんじゃちょっと行ってみるかの」と言って立ち去ろうとします。


 鬼じいさんは「待ちい。最後に桃太郎のことだがな」とおばあさんを呼び止め「鬼退治に行くのは結構だけんどな、鬼之巻島では強奪も殺しもなんでもありだ。お前さんが人質になって足引っ張らんよう気をつけえ」と忠告しました。


 おばあさんは一度鬼じいさんをほうに振り向き、にやりと笑います。そしてそのまま黙って鬼じいさんのいる路地裏を後にしました。


 木尾さんの家に行くため、町の出入り口から二番目の路地にやってきたおばあさん。木尾さんの家まであと少しというところで、思わぬハプニングがおばあさんを襲います。なんと、おばあさんの前方、つまり路地の奥から二匹の大きな鬼が走り迫ってきたのです。鬼たちの体は大きく、対峙するどちらかが道を譲らなければぶつかり合って怪我人が出てしまいます。


 おばあさんはふとあることに気がつきました。おばあさんが気づいたこと、それはおばあさんに近いほうの鬼が人間らしき娘を担いでいることでした。娘はとても美人で翼をつけています。娘が美人であったため、鬼たちの食料だろうとおばあさんは思いました。


 おばあさんの間近までやってきた鬼たちが言います「そこを退けばばあーっ!」。そしておばあさんに近いほうの鬼がおばあさんを蹴り上げました。おばあさんの体は鬼たちに比べて小さかったため、鬼の一蹴りで近くの家の屋根よりも高く飛びました。


 空中に放り出されたおばあさんはあるものを見つけます。それは他の家に比べて明らかに鳥が集まっている家でした。おばあさんは鳥の集まる家が木尾さんの家だと考えました。おばあさんは上手いこと風に乗って、木尾さんの家のあるほうへと落ちていきました。


 おばあさんは鳥のたくさんいる家の前に着地しました。するとどうしたことでしょう。鳥のたくさんいる家の前で泣いている男がいるではありませんか。おばあさんは優しい声で「あのぉ、どうなされたのかのぅ。わしでよければ力になれんかね」と尋ねました。


 男は涙を流したまま「うああああぁっ! 嫁が、嫁がぁ! む、娘までぇ!」と泣きながら言うだけです。その様子を見たおばあさんは「なんかあったんだねぇ。じゃが大の大人が道端で泣くのはお止め。ほら、中で話を聞こうじゃあないか、木尾さん」と声をかけ、家の中へと入っていきました。男は「ううぅ」と泣きながらおばあさんに続きます。


 おばあさんが話しかけた男は木尾さんでした。木尾さんは嫁の木尾 旧星鳥、そして娘の木尾 団子と人目を避けつつも平和に暮らしている普通の中年でした。木尾さんは「嫁は旧星鳥の中でもよい体つきの鳥でした」と言い、「娘も人間的な美しさはもちろんのこと、鳥要素がわずかに加わり人間よりも美人だったんですっ。なのに」と、そこで言葉を止めました。木尾さんは力強く目を瞑ります。木尾さんの閉じた目からは涙がこぼれ落ちました。


 そして木尾さんは「二人とも鬼に攫われてしまったんだっ!」と怒鳴るように言い放ちました。二人のいる木尾さんの部屋に声が響きます。小鳥たちが慌てたように飛び回っています。


 おばあさんの頭には先ほどぶつかった二匹の鬼が思い浮かびました。おばあさんを蹴り上げたほうの鬼は人間の娘を担いでいました。その娘には翼があったことを思い出したのです。


 木尾さんとおばあさんは黙りました。そして少ししてから木尾さんが言います「半年ほど前、脅迫文が届きました。板には、娘と旧星鳥はいただいていく、と。私はすぐに二人の体目当てだと気づき、鬼の仲間かもしれない者との交流を避けていたのですが。今日、ついにっ! うううっ」。木尾さんは再び涙を流しました。


 おばあさんは少し焦ります。そもそもおばあさんは木尾 団子を桃太郎に食べさせるためにここへ来たのです。なのでおばあさんには木尾 団子の体がどうしても必要でした。しかし娘や嫁を鬼に攫われて泣いている木尾さんのこと、きっと娘の木尾 団子を食料にすることを断るだろう、とおばあさんは考えたのです。


 おばあさんは「木尾さんや。その、わしならお前さんの娘を助けてやれるかもしれんのじゃが」と言い、続けて「ただ、わしの命にも関わることじゃ。もしよければわしの一生の頼みをどうか、どうか聞いてくれんかのお」と申し訳なさそうな表情で言いました。


 木尾さんは驚いた顔で「え? ま、まさか! 本当なのですか! それで頼みっていったい?」と

急かすように言います。


 おばあさんは目を閉じて少しの間黙ります。そしておばあさんは頭を下げて「わしがこんなこと頼むのもなんじゃが。頼む木尾さん、お前さんの娘さんをわしの桃太郎にくれんかのぉ。桃太郎のやつはな、お前さんの娘さんをえらく気に入りおったんじゃ。桃太郎の思い(食欲)は、桃太郎の思い(食欲)はなあ! 本気の本気なんじゃよ! げほ、ごほっ! ……どうか、どうか頼まれてくれんかのう」とよだれを地面に落としながら言いました。


 木尾さんはそんなおばあさんを見て「わ、わかりましたっ! 嫁や娘の幸せには代えられません。無事に助けていただけたなら娘は、……差し上げます。ほら、今度はこちらの番です。あなたのような命を懸けることのできるお方が泣くべきではありません。もう、泣かないでください、おばあさん」とおばあさんを抱きしめます。おばあさんも答えるように木尾さんを抱きしめました。


 おばあさんと木尾さん、二人にはいくつかのすれ違いがありました。おばあさんはもちろんすれ違いに気づいていましたし木尾さんは気づいていませんでした。しかしすれ違いや勘違いを残しつつも、この場では二人の利害は一致しているかのようでした。傍目に見れば年の差のある恋人に見えるほど、二人は希望に胸を躍らせ、救われた気分で抱きしめ合っていたのです。


 おばあさんも木尾さんも同じような表情の笑みを浮かべます。そして木尾さんは「ところでおばあさん。あなたは一体何者なのですか?」と尋ねました。


 おばあさんは答えます「なあに、鬼じいさんのところでお前さんのことを聞いてねぇ。鬼仲間と疑ったんだろうが、もし鬼じいさんに相談しておれば妻も娘も守れたじゃろうに。……木尾さんや、もっと友人を信じて頼ることも大事じゃあないかねえ」。


 この言葉はおばあさんの本心でした。おばあさんは、もし自分が木尾さんの立場なら鬼じいさんや友人変人たちに事情を話して、あわよくば話を盛ってでも友人たちを頼っていただろう、と考えたからです。おばあさんには、友人を頼れなくなった木尾が哀れで仕方ありませんでした。


 木尾さんは、おばあさんが鬼じいさんの知り合いだというので一瞬眉をひそめました。しかしおばあさんの話を聞いて、悲しそうな顔で頷く木尾さんなのでした。


 木尾さんの家を後にするおばあさん。どうやらおばあさんは、これから鬼たちに攫われた木尾 団子を追いかけるようです。おばあさんにはすでに鬼たちの逃亡先に心当たりがありました。


 おばあさんは「昔、鬼じいさんが言っておったのう。町にまで人攫いに来る鬼は鬼之巻島のアホウ共じゃと」と呟きます。そしておばあさんは町から出ると、山とは反対側に歩いていきました。


 おばあさんが町を出てから数時間後。おばあさんのやってきたところは人ヶ海岸でした。人ヶ海岸からははっきりと小さな島が見えています。その島こそがおばあさんの目指していた島、鬼之巻島です。おばあさんは町からのわずかな旅の末、ついに鬼の逃げ込んだと思われる島を目にすることができたのです。


 おばあさんは海岸に倒れている一人の人物を見つけます。それは鬼之巻島を見張る番人でした。見張りは倒れたまま動く様子もなく、近くには血の付着量が多い石が落ちています。どうやら鬼にやられたな、とおばあさんはすぐに思い当たりました。


 おばあさんは「なんて酷いことをする連中じゃ。あやつらにも生き物の心があるじゃろうに。なぜこんな真似ができるのかわしには理解できんのぅ。ま、そんなことはどうでもええわい」と言って、死体に十秒ほど同情します。そしておばあさんは衣服を脱いで腰に巻きつけると、海岸を走って海へと飛び込みました。そのまま波の流れに逆らって、おばあさんは鬼之巻島へと泳いでいくのでした。


 海は少々荒れていました。鬼之巻島の周辺はなぜかいつも天候がよくないのです。おばあさんが鬼之巻島に近づくに連れて天候がどんどん悪くなっていきます。小船なら転覆しそうなほどです。しかしおばあさんが鬼之巻島に着く頃にはすっかり天気はよくなっていました。


 なぜ、おばあさんは海で溺れなかったのでしょうか。それはおばあさんが洗濯で鍛えられていたからです。おばあさんは洗濯物を全力で川に流すのが得意でした。雨の日も、雪の日も、台風の日も、砂嵐の日でさえ、おばあさんは全力で川に流した洗濯物を追って川を泳いでいたのです。川の先にある滝に落ちることもままありました。こうした洗濯の日々がおばあさんを強くしていったのです。


 鬼之巻島に着いたおばあさんはさっそく島に上陸します。鬼之巻島は全方向が海岸で囲まれており、どこからでも上陸できるとても便利な島でした。また島の中央には板で囲まれた岩山があり、岩山の奥からは煙が出ています。


 おばあさんはとりあえず海岸沿いを歩いていくことにしました。おばあさんは山下り、散歩、水泳と激しい運動をした後であり、さらにもうすぐお昼の時間であったためお腹が空いていたのです。おばあさんは到底山登りを楽しめる状態ではありませんでした。


 おばあさんが海岸をしばらく歩いていると、ざわざわと何人もの話し声が聞こえてきます。そしておばあさんが板の角になっているところを曲がると、そこには百匹はいそうな鬼の大群がいました。


 鬼たちはどうやら海岸で宴をしているようで騒ぎの中心には赤く燃える焚き火があります。またおばあさんの足元には縄で縛られた木尾 団子と旧星鳥が転がっており、そのすぐ近くにはおばあさんに背を向ける鬼が何匹かいます。


 おばあさんはまず足元の木尾 団子と旧星鳥の様子を確認します。木尾 団子は腕と足を縛られており、旧星鳥は口と羽ごと胴が縛られていました。木尾 団子と旧星鳥はどちらもサイズは同じくらいで、おばあさんよりも少し大きい体格をしています。またどちらも縛られたまますやすやと寝息を立てて寝ていました。


 次におばあさんは鬼たちのほうを見ました。鬼たちは特におばあさんに気づく様子はありません。そしておばあさんは旧星長を片手でわしづかみにすると、「おんや楽しそでなによりじゃ。どおれ、ちょっとお邪魔させてもらおうかのぅ」と言い、掴んだ旧星鳥を空高く投げ飛ばしました。


 旧星鳥はまるで槍のように山なりに宴の中心へと飛んでいきます。鬼たちも空を飛ぶ鳥に気づいてみんな空を見上げます。そしてなんと、哀れにも旧星鳥は宴の焚き火の中へと落ちてゆきました。先ほどまで楽しげだった宴の参加者の声は、疑問の声へと変わっていきます。そして慌てたように見張りの鬼が、つられるようにしてその場にいた全ての鬼がおばあさんのほうへと視線を向けます。


 宴の中心あたりにいた偉そうな鬼が「何者だばばあ!」と叫び、続けて「貴様っ、老いぼれ!?」と驚いた表情で言います。他の鬼たちは「あのばあさん、どうやってこの島に?」とざわついています。


 おばあさんは「わしは」と名前を言いかけて一旦黙ります。そしておばあさんは少し考えてから、「……わしは桃太郎かねぇ。なあに惨めな盗っ人鬼どもを、そうさなあ、三日後くらいに導いてやろうと思ってのぉ」と言いました。


 なぜおばあさんは名前を偽ったのでしょうか。それはおばあさんが手柄を桃太郎に譲りたかったからです。おばあさんは、いずれ桃太郎が自分の遺志を継ぐ変人になるだろうと期待していました。だからおばあさんは、桃太郎にはそれなりの地位や名誉を持っていてほしかったのです。


 鬼の一部が「なんだとてめえ! 死にてえのかあ!」と怒鳴ります。しかしおばあさんは怯むことなく言います「ふぉほほ、桃太郎は、つまりわしはとても優しいからなあ。この島では殺しもありだそうだが、安心せい。桃太郎はお前さんらを殺さずに共存させるんじゃあないかのぅ」。


 おばあさんの言葉に鬼たちは次々に「桃太郎だあ? ふざけんなばばあ!」「俺たちを倒せる気じゃあねーだろうなあ!」「ぶっ殺したらあ!」と怒りの声を上げます。すでに何人かの鬼がじりじりとおばあさんに飛び掛るため距離を詰めています。


 おばあさんは木尾 団子を脇に抱えると、すたすたと鬼たちに近づきます。そしておばあさんは「わしはのぅ、今日はこの女子と鳥肉をいただきにきただけなんじゃ。お前さんたちは退治されるまで三日の猶予がある、違うかの?」と言いました。


 鬼たちが言葉にならない雄たけびを上げます。それは海に波を起こすほどのおおきな叫びでした。そして鬼たちは一斉におばあさんに襲い掛かります。鬼たちの手にはいつの間にか棍棒や斧や弓などが握られています。鬼とおばあさんとの戦いがついに始まるのでした。


 空が赤く染まる夕暮れの時間。おばあさんは鬼退治と食事を終えて鬼之巻島の海岸に一人立っていました。なぜ、鬼と戦うことになってしまったのか、それはおばあさん自身にもわからない一つの疑問でした。昼にはあれほど騒がしかった鬼たちも、おばあさんが退治したことにより今やみんな静かにしています。鬼たちがとてもとても大人しいので、鬼之巻島からは鬼の呼吸音一つ聞こえません。鬼たちはみんな島のあちらこちらですんやりと寝ており、おばあさんに踏まれようとも目覚めることはありませんでした。


 おばあさんは焚き火の近くまでやってくると、木尾 団子の縄を引きちぎりました。木尾 団子は腕と足を自由に動かせるようになりました。木尾 団子はお礼を言います「ありがとうおばあさん。おかげで助かりましたわ」。


 木尾 団子はおばあさんが鬼退治を終える頃には目が覚めていました。その後すぐにおばあさんが食事を始めてしまったため縛られたまま放置されていたのです。しかし体調(品質)を心配したおばあさんが鳥肉を分け与えていたので、木尾 団子はわりと元気でした。


 木尾 団子は「あの。ところで私のお母、……えっと、大きな鳥を見なかったかしら?」と尋ねます。おばあさんは「ああ、私が来たときにはすでに鬼に捕まっておってねぇ…………」と答えて、その先は黙ってなにも言いませんでした。おばあさんはあえて誤魔化しました。おばあさんは品質が最高の木尾 団子料理を桃太郎に届けたかったため、調理するまでに余計な心配を掛けたくなかったのです。


 木尾 団子は悲しそうな顔で言います「そう、なのね。う、お母さん。お母、さんっ。うう、うああぁっ」そしてぽろぽろと涙を流していきます。


 おばあさん木尾の肩に手を置き「木尾ちゃんや。お前さんのお母さんは人間と共生できるいい鳥じゃった。ただ、鳥ゆえに食べられてしまったんだろうねぇ。生きていれば、……そういうこともあるんじゃよ。お前さんが、残ったお父さんや鳥たちを支えてやりなさい。お母さんの意思を継いで、ねぇ」と話します。


 木尾 団子は涙を拭うと「ええ。鳥やお父さんを、支えなきゃ」と呟きます。そして木尾 団子は「おばあさん。助けてくれて本当にありがとう。いつか必ず、このお礼はさせてもらうわ」と頭を下げます。


 おばあさんはその言葉ににっこりと微笑み、「そうかいそうかい。こちらとしてもそれはありがたいのぉ」と答えます。そしておばあさんは続けて言いました「さて、団子ちゃんも助けたんじゃ。町まで一泳ぎして帰ろうかねえ」。


 木尾 団子は驚いた様子で言います「ええ! まさか泳いでここまで? あの、私はそんな長距離泳げないのだけれど。よければ鬼たちの小船でも使いません? って、小船がないわね?」。


 おばあさんは答えます「あの小船かい? あれなら火を強めるために燃やしてしまったのぅ」。おばあさんの言葉にしばらく場が沈黙します。


 二人が黙っていると岩山のほうから声が聞こえます「おーい! そこの人間待ってくれー!」。おばあさんと木尾 団子が声の聞こえたほうを見てみると、岩山の上から一匹のサルが手を振っています。サルは岩山から跳躍すると木尾 団子の前に着地しました。


 サルは「こんにちは。君たちが鬼どもをやっつけてくれたんだよね?」と尋ねると、返事も聞かずに「僕はサル。十数年ほど前、ご主人様とこの島まで遠足に来ました。しかし遠足中に鬼が移住してきてご主人様は、ううぅ」と話し始めます。


 木尾 団子はいきなりのサルの登場に言葉が出ませんでした。おばあさんは特に動じることもなく「うんうん、それで?」とサルに話を促します。


 サルは「僕は岩山の小さな穴に逃げ込みました。でも鬼たちは岩山を板で囲い、本拠地として使い始めたのです。その後は鬼の食料を盗みつつ脱出を夢見る毎日。今日のように鬼が浜辺に集合している日もありました。が、そういう日に限って船は鬼の近く。今日もどうせダメだろうと岩山から覗いてみたら! 君たちがいたんですよ!」と早口で話します。


 木尾 団子は興味なさそうに「長い」と一言。おばあさんは焚き火を指差し、「船は燃えてしまってのー」と暢気そうに言います。


 サルは唖然とした顔で焚き火を見つめると「やはり僕は助からないんだ」と落ち込みます。そして「誰か僕を助けてくださいよぉーっ!」と海に向かって叫びました。


 すると海のどこかから「おーい! 木尾ー!」という声が聞こえます。おばあさん、サル、そして木尾 団子が声の聞こえたほうを見ます。そこには海を羽ばたく一匹のキジがいました。どうやら鬼之巻島に飛んできているようです。


 木尾 団子は手を振って叫びます「あー! キジー!」。キジは木尾 団子の前に着地して言います「昼にお前が攫われたって聞いてな。すぐ飛んできたんだ」。


 キジは海岸を見渡すと「が、必要なかったみたいだな。なんて惨状だ。鬼があっちこっちで倒れてやがる」と言い、「俺はキジ、木尾の友人だ。ところで木尾。お前、あのねーちゃんはどうした?」と尋ねます。


 木尾 団子は「お母さんは、鬼に」と暗い表情で答えます。キジは言います「そう、だったか。……この近くに小船がいた。木尾、一緒に呼びに行こうぜ」。


 木尾 団子は「え、私飛べないけど」と戸惑いながら答えます。するとキジは羽を広げて「乗せてやるよ。たまには飛びたいだろ? お前の母さんほど上手くは飛べないだろうが、飛んでみせるさ」と言います。


 木尾 団子は「このキジ大丈夫かしら?」と内心思いつつ、キジの首を両手で掴みます。キジは翼を大きく羽ばたかせ少しずつ浮いていきます。そしてキジは木尾 団子が浮くほどの高さまで浮かぶと、海に向かって勢いよく飛んでいきました。


 キジはどんどん高度を下げていき、数秒ほどで海に墜落しました。その様子を見てサルが「すごい! 自身よりずっと大きな団子さんを担いで五尺も飛びましたよ!」と叫びます。


 十分後、キジと共に一艇の小船がやってきました。小船には一匹の年老いたイヌが乗っています。イヌは小船に乗ったまま「おやおや。すごい惨状ですな。あの鬼どもが倒されているとは」と言い、続けて自己紹介をします「我輩はイヌ。十年ばかり海を旅しています。さあ皆さん早くお乗りください。今なら小船でも帰れる天候ですぞ」。


 おばあさん、木尾 団子、サル、キジは小船に乗り込みます。イヌは全員が乗り込んだことを確認すると、船を漕ぎ始めました。小船はゆっくりと鬼之巻島を離れて、人ヶ海岸へと進んでいきます。


 小船で皆が談笑していると、突如おばあさんが小船に積まれていた布切れを指差して言います「おやぁ、その布切れはもしや、昔にわしが捨てた衣服じゃあないかのぅ」。その言葉を聞いたイヌは驚いたように言います「なんですと? では、あなた様がもしや私の捜し求めていた恩人?」。


 小船の皆がイヌを見ます。イヌは懐かしむような顔で話し始めます「いや、ははは。まさかこんなところで、ようやく巡り合えるとは。……そう、あれは十年ほど前のことです。当時の我輩はまだまだ若く、無茶な航海をしておりましてな。サメの多い日に船を出したところ沈められてしまったのです。サメに囲まれ、もう死ぬしかないと諦めたとき、その衣服が流れてきました。私は必死の思いで衣服に隠れ、なんとかサメをやり過ごせたのです。それから十年、我輩はこの衣服の持ち主を探してこの周辺を航海していた、という話です。はは、長くなってしまいましたな」。


 小船に乗る皆はイヌの話を静かに聞いていました。イヌの寿命はとても短く、人生のほとんどを費やしたイヌの航海話には重みがありました。またイヌとおばあさん以外は冒険の経験がほとんどなかったため、イヌの話に冒険心を刺激されたのでした。


 イヌの話が終わると、以前よりも和気藹々とした様子で雑談が始まりました。昔話をしたイヌに次々と質問が降りかかります。小船の雰囲気に合わせるように天候は晴れやかです。海は穏やかです。おばあさんが泳いで鬼之巻島に乗り込んだときとはまるで違いました。


 小船が人ヶ海岸に着く頃には、あたりは真っ暗な夜になっていました。空に浮かぶ満月からは弱々しい光が発せられています。お互いの人影はなんとか確認できるという状況です。おばあさん、木尾 団子、サル、キジ、イヌが小船から降ります。すると一人の人影が五人を出迎えました。皆を出迎えたのはなんと桃太郎でした。


 桃太郎は言います「おばあさん、ご無事でしたか! あ、あの、釣り人から鬼之巻島に向かったと聞きました。それも泳いで。……一体なにがあったのですか?」。


 おばあさんは「なあに、お主が食べたいと言っておった木尾 団子を捕ってきたんじゃよ」と答えて木尾 団子を指差し、「まだ調理はこれからなんじゃが、時間は大丈夫かのぅ?」と尋ねます。


 おばあさんの質問に答える者はいません。その場の誰もがしばらく言葉を発することができませんでした。静かな人ヶ海岸にはなんとも気まずい空気が嵐のように吹き荒れています。


 最初に沈黙を打ち破ったのはキジでした。キジは桃太郎の目の前まで飛ぶと「ふざけてんじゃねー! どういうことか説明しやがれっ!」と怒鳴ります。桃太郎は戸惑った様子で「え、あの、僕はそんなこと」と言いかけ、そして気づきます。おばあさんがきび団子を人名と勘違いしていることに。


 さらに桃太郎は事態がかなり深刻であることを悟ります。桃太郎は、おばあさんに自分の望むきび団子のことを知られてはならない、と考えたのです。桃太郎はおばあさんとの付き合いが長いため、おばあさんの性格をよく知っていました。


 桃太郎の頭には「もしもおばあさんがきび団子の正体を知った場合、間違いなくおばあさんはおばあさんの指差す人影の人物を食べてしまうだろう」という考えと展開が容易く浮かびます。なぜなら、おばあさんの指差す木尾 団子には翼があったからです。桃太郎は心の中で断言します「おばあさんならばたとえ人型であろうと、翼や鱗があれば珍味と考える。間違いないっ」。


 桃太郎はキジに小さな声で言います「おばあさんが指差している人の命が大変危険です。ここは僕に任せてください」。


 木尾 団子の命が危険と言われ、キジは「ちっ」と舌打ちすると黙っておばあさんを睨みます。キジも鬼之巻島にいた鬼の惨状を見ていたため、おばあさんが危険人物であると悟ったのです。さらに帰りの小船でもおばあさんが鬼を退治したという話は出ていました。そしてキジは「とりあえず様子見だ」と木尾 団子、サル、イヌに伝えます。


 桃太郎は言います「おばあさん、お心遣いありがとうございます。しかし調理は結構です。その、きび団子は新鮮なほうがいいですから、ね」。そして桃太郎は苦笑いを浮かべながら木尾 団子に顔を向けます。


 まだ桃太郎を信用しきっていない木尾 団子や動物たちは、桃太郎に疑いの目で見つめます。桃太郎は視線を気にした様子で叫びます「そういうわけなので! 僕たちは今から鬼退治に行ってきますっ!」。


 おばあさんは言います「ああ、ああ。鬼退治ねぇ。そうだねえ。一応形の上だけでもお前さんが行かんとなぁ。でも今日はもう暗いじゃろう? 明日ではダメかのぅ? ……そうだ、いい食材が多いからわしの家で鍋でもどうかねぇ?」。


 木尾 団子、サル、キジ、イヌは身震いします。桃太郎は慌てたように答えます「いいえいいえ。本当大丈夫ですから。あ、そうだ。旅のお供に動物たちは連れて行きますね?」。


 おばあさんは「おや、心配はいらないよ。鬼之巻島は桃太郎だけで攻略できるじゃろう。わしが偵察してきたのだから間違いはないよ」と言います。


 桃太郎は困った顔で考えます。そして桃太郎は「それに、あれですよ。僕はその、ど、動物とかが好き、でして。だから一緒に、来て欲しくて」


 おばあさんは桃太郎の言葉を聞くと、嬉しそうに「ほお! ほほほほほぉ~! そうかいそうかい! 桃太郎や、ついにお前も動物に恋するくらいには成長したんだねぇ! 嬉しいことじゃ! ほほほほほ」と笑います。


 桃太郎は「あ、あははは、はは。では、行ってきますので」と複雑な表情をしながら小船の奥へと移動しました。少ししてから、イヌ、木尾 団子、キジ、サルの順に小船の手前に乗り込みます。桃太郎と後から乗り込んだ四人の間には距離があります。心なしかそれは互いの思いの距離のように、桃太郎には感じられました。


 こうしておばあさんのお使いは幕を閉じました。そして新たに鬼退治の旅が幕を開けました。鬼退治に出かけた旅の主は桃太郎。主人公となった桃太郎は、ひとまず木尾 団子を町まで送ることを考えていました。


 桃太郎は「イヌさん。人ヶ海岸からでは山を越えて町に行かなくてはなりません。しかし山はおばあさんの活動領域です。少し遠くてもいいので町側の陸地に海岸はありませんか?」と尋ねます。


 イヌは答えます「そうですな。山のふもとの町まで歩いて一日の海岸でしたら。そう、町ヶ枝海岸がありますな。しかし山は広い。おばあさんにそうそう見つかるとは思えませんな」。


 桃太郎は言います「いいえ。山中のおばあさんは、なんていえばいいんでしょう、危険です。おばあさんの興味を引くような都合のいい出来事がとてもよく起こるのです。おばあさんの奇行のきっかけ、とでもいうんですかね。きっとおばあさんは僕たちを容易く見つけるでしょう」。


 イヌは「ふむ。では町ヶ枝海岸に進ませていただきましょう」と言い、小船の進行方向を変えます。小船は町ヶ枝海岸へと進んでいきます。


 道中、サルが話の中でこんなことを言います「そういえばおばあさんの奇行のきっかけ、って話ですけど。僕、似たような話をご主人様から聞いたことありますよ。聞きますか?」。


 桃太郎が「え? そうなんですか?」と首を傾げます。サルは桃太郎の言葉を聞いて話し始めます「山に登るときの注意みたいなもんですよ。山ではおいしい話に飛びつくな、っていうね。僕が聞いた話ですと、山で小判を拾ったら呪われていた、山で動物を狩ったら妖怪に狩られた、山にある木陰で休んでいたら木に取り込まれた、だとかそういう話なんですけど。まあその話の中に、山にいる美人に気をつけろ、っていう話があるんですよ」。


 サルは続けて言います「その話では、旅人が山にいた異性に恋をするんです。その山にいた異性がまた美人らしくてですね。けど、実はその美人は植物神だったって話なんです。旅人は神様の加護を得て、山では興味がある出来事に遭遇するようになるんです。あ、いくつか逸話があるんですけどね。どの逸話でも旅人が人間離れしていって、最後は町人と問題を起こすんです。で、町民の全滅とか旅人の死亡で終わることが多いですねー」。


 木尾 団子は「長いし暗い」と呟きます。桃太郎は「僕なら旅人を倒すでしょうね。旅人に申し訳ないとは思いますが」と言って頷いています。イヌとキジは話が始まる前から寝ていました。


 桃太郎とその他の皆たちの距離はいつの間にか縮まっていました。イヌやキジが寝ていられるのも桃太郎に対する警戒心がなくなったからでしょう。桃太郎、木尾 団子はサルの長話を聞いては感想を言い合います。


 潮の流れがよかったからか、桃太郎たちを乗せた小船は翌日のお昼頃に町ヶ枝海岸に到着しました。そして桃太郎たちはほぼ一日の時間を掛けて、山のふもとの町へとたどり着きました。キジ以外は歩きでしたが、道がそれほど荒れていなかったので特に問題などは起きませんでした。


 時刻はお昼頃。町はいつもと違い妙にざわついていました。町の人々は次のようなことを叫んでいます「鬼だー! 鬼が暴れているぞー!」「誰か止めろー!」「くそ、こんな時に鬼之巻島を制圧した桃太郎がいればっ!」。


 桃太郎は町人の一人を呼び止め、「一体なにがあったんですか?」と尋ねます。呼び止めた町人は「そ、それが私の知ってる女の子が通り魔に刺されちゃって。その後鬼がやってきて、暴れ始めて。ううぅ、怖いよぉ」。


 桃太郎が事件の場所を尋ねると、町民は「そこの広場。じゃあね、あなたも逃げたほうがいいわ」と言って町の出入り口へと走っていきました。桃太郎は「皆はここで待っていてください」と言うと、一人騒ぎのする広場へと駆けていきました。


 広場に着いた桃太郎はその凄惨な光景に驚きます。広場のあちらこちらには老若男女問わずに多くの人が倒れています。誰もが目を覚ます様子はありません。そして広場の端には雄たけびを上げながら家を壊わしている一匹の鬼がいました。なんとそれは鬼じいさんでした。


 桃太郎は鬼じいさんが犯人だと気づくと辺りを見渡します。すると鬼じいさんのいる位置とは反対の道端に鬼奥さんが倒れていました。桃太郎は通り魔に刺されたのが鬼奥さんだと気づきます。桃太郎は鬼奥さんとの面識はあまりありませんでしたが、鬼じいさんとはいささか不釣合いな美人だと思っていたので顔は覚えていました。桃太郎はしばらく目を閉じてから「鬼じいさん!」と呼びかけました。


 鬼じいさんは鋭い眼光で桃太郎を睨みつけます。鬼じいさんの息は荒く、言葉になっていない音を口から漏らしています。鬼じいさんは誰の目からみても冷静とは言いがたい状態です。


 桃太郎は訴えます「もう、無益な暴力はやめてください! あなたが暴れては、町の人は、……きっと。きっと町の誰もが、鬼とも妖怪とも動物とも! 人以外と恋し、愛することをやめてしまいますよ!」。


 そして桃太郎は言います「町の人たちの中には、あなた方を祝福していた人もいたじゃないですか! それは町全体の一部かもしれませんが。でも確かにあなたの知り合いはあなたたちの関係を認めていましたっ! いいんですか! そんな人たちがいなくなってしまっても!」。


 鬼じいさんは一歩一歩桃太郎に近づきながら、「嫁のおらんこんな世界に未練などあるかぁっ! わしぁなあ、人類を全部ぶっ倒さんと気が済まんのじゃあ!」と叫びます。そして鬼じいさんは桃太郎に走り寄り、岩のように大きい拳を振り下ろします。


 桃太郎は後ろに飛び退いて拳を避けます。鬼じいさんの拳は轟音と共に地面にめり込み、大きな土の穴を作りました。鬼じいさんは土煙に包まれました。


 桃太郎は近くに倒れていた町人の刀を拾います。そして桃太郎は「鬼じいさん。僕にはあなたの怒りは計り知れません。ですが、あなたのやっていることは誰も、あなた自身もきっと救われません! まだ、今なら町を去って生きていくことができる! でもこれ以上被害が増えると本当に手遅れになるんです! ……わかって、くださいよ」と言います。


 土煙の中から「引く気はないんけんどなあ!」という鬼じいさんの声が聞こえてきます。そして鬼じいさんが「止めたけりゃあ、倒して止めてみんかあっ! 人間風情がぁっ!」と叫びながら桃太郎めがけて突っ込んできます。そして鬼じいさんは正面から桃太郎に蹴りかかりました。


 桃太郎は刀で鬼じいさんの蹴りを防ごうとします。しかし途中で足の軌道が変わり、鬼じいさんのかかとが桃太郎の胴体を横から捉え、そして蹴り飛ばしました。桃太郎は「ぐあぁっ!」と声を漏らして壁へと叩きつけられます。そして壁から落ちた桃太郎は膝をつきました。


 鬼じいさんはずしずしと桃太郎のいる方へと歩いています。そして鬼じいさんは拳を構えて言います「これで最期じゃあ。だが、もし、桃太郎。お前が桃から生まれた化け物だというなら、命だけは助けてやらんこともないがなぁ」。


 桃太郎は「な、に?」と反応します。鬼じいさんは「桃太郎! お前の優しさは化け物だからあるんじゃと、自分は人間とは違うと言いねぇや! できなきゃ目覚められなくなるがぁ、どうだっ!」と怒鳴りながら桃太郎を指差します。


 桃太郎は鬼じいさんを見て、「ほら、まだ、人の心を失ってません。躊躇、できるんですから。あなたは少し、冷静じゃなかっただけですよ、鬼じいさん」と呟きます。そして桃太郎は立ち上がり、壁沿いによろよろと歩きます。


 鬼じいさんは「ふん。愚かじゃなぁ、こんの、小僧がぁ!」と言って、桃太郎に向かって突っ込みます。そして鬼じいさんは腕を大きく振りかぶり、「これで最期じゃあ! 桃人間っ!」と叫んで、桃太郎に拳を突き出します。


 しかし鬼じいさんの拳は桃太郎に当たることなく止まりました。いえ、それだけではありません。桃太郎が腕を掴んで前に突き出した人、鬼奥さんにすら鬼じいさんの拳は触れていませんでした。


 桃太郎は言います「やはりあなたには人の心があります。奥さんを、人間を愛しているんですよ。違いますか、鬼人間」。


 鬼じいさんは一瞬戸惑いますがすぐに拳を構えなおし、「舐めるなあああぁ!」と叫びながら鬼奥さんごと桃太郎に殴りかかります。


 桃太郎は鬼奥さんを手放して刀を両手で持ちます。そして桃太郎は鬼じいさんの拳を刀で受け止め、外側に受け流しました。さらに桃太郎は鬼じいさんに走り寄り、刀を振りかぶって鬼じいさんの胴体に振り下ろしました。桃太郎の一撃によって鬼じいさんは地面に倒れます。


 鬼じいさんは「ぐぅ、く」と声を漏らしています。桃太郎は「鬼じいさん、今のあなたは紛れもなく鬼そのものでした。人の心を、鬼奥さんとの絆を捨ててしまったんですね」と言い、続けて「あなたを退治します。通り魔は責任を持って探しだします、必ず」と言いました。


 鬼じいさんは少し顔を上げると「ふふ、ふ。通り魔は、もうとっくに倒しちまったんよ。残念だったなぁ」と少し離れた場所に倒れている男を指差します。そして鬼じいさんは「はは、なんでかなぁ、どうしてかぁわからん。なんで、木尾の親父が嫁のやつを刺したのか……」と呟きます。


 鬼じいさんの言葉を聞いた桃太郎は驚いた顔で「木尾の親父、さん? え、それってまさか木尾 団子のお父さんですか?」と尋ねます。


 鬼じいさんは倒れたまま頷きます。そして鬼じいさんは「嫁の悲鳴ぇ聞いて駆けつけたんら、あの男、嫁に刃物を刺しとったんだ。娘と嫁を食った一味だろ、とな。わしぁ男をぶっ飛ばし、暴れて、今だ」と言いました。


 桃太郎は息を呑みます。桃太郎は、木尾 団子がなぜ鬼之巻島にいたかは知りませんでした。木尾 団子の母親については微塵も知りません。しかし桃太郎は、木尾 団子が食べられた、と確信を持っている人物に心当たりがありました。それは桃太郎の育て親、おばあさんです。


 桃太郎は考えます「団子さんは、数日は戻っていないのだから鬼に食べられたと噂されるかもしれない。でも、そんな曖昧な話で通り魔事件は起こさないと思う。おばあさんなら間違いなく僕が食べたと話すだろうけど。……おばあさんの勘違いで事件が? でも、僕と鬼じいさんはそこまで親しくないし」。


 鬼じいさんは苦しそうに言います「桃太郎、何を躊躇しておるんだ。わしを逃しゃあ、いつか復讐、するぞい。必ずなぁ」。


 桃太郎ははっと我に返ると刀を構えて目を閉じます。そして桃太郎は一歩踏み出し、「……ごめんなさい」と一言述べて、鬼じいさんを斬ります。桃太郎は鬼じいさんを退治しました。


 その時、遠くで見ていた町人たちが歓声を上げます。町の人たちは確かに見ていました、桃太郎が鬼を退治するところを。町人たちは喜び、あるいは泣き、桃太郎に賛美の言葉を送ります。町の人たちは「鬼の角って売れるかな?」「どんな鬼も桃太郎が敵地ごとやっつけてくれるぜ」「鬼が全部悪い」などなど口にしており、鬼にの恐怖から開放されたようでした。とはいえ、鬼がまだ生きている可能性もあるため、鬼や桃太郎に近づいて賞賛する者はいません。


 そんな中町人たちが「さすが桃太郎! 鬼之巻島を滅ぼした英雄だ!」と話しているのを桃太郎は耳にします。桃太郎が「え?」と疑問に思ったその時、木尾 団子とお供たちが駆け寄ってきました。


 木尾 団子は「そんなっ、鬼じいさんだったのね、暴れていたのは。……どうして」と驚き、そしてひざをついて涙を流します。


 桃太郎は、木尾 団子の父親が通り魔だったことを言い出せませんでした。知れば木尾 団子は今よりも悲しみ、心に大きな衝撃を受けるだろうと桃太郎は思ったからです。桃太郎には、わずかな間とはいえ共に語りあった仲間にそのような仕打ちはとても出来ませんでした。


 キジが桃太郎に言います「俺はこの鬼に会ったことはないけどよ。木尾が泣いてるんだ。鬼はいい奴だが、訳ありだったんだろ?」。


 桃太郎は「はい、鬼じいさんはいい人でした。そして最後は、いい鬼でした」と答えると、黙祷します。


 桃太郎は鬼じいさんとはそれほど会うことはありませんでした。しかし、桃太郎は鬼じいさんから学んだことはたくさんありました。町での決まりや異なる種族間の複雑な関係、あるいは世間についてなどを、おばあさんとはまったく違う観点で桃太郎に教えてくれたのです。


 桃太郎が黙祷をしていると、周りの町人たちがざわつき始めます「おおー、英雄親子のご対面かー?」。そして一人の人物が桃太郎一行の前へと現れます。


 それはおばあさん。おばあさんは桃太郎一行と鬼じいさんに交互に視線を移しています。そしておばあさんは言いました「お、鬼じいさんが死んでおるっ。……桃太郎や、一体なにが起こったんかねえ?」。


 桃太郎はおばあさんに顔を向けると「町で暴れていたので退治しました。僕の、この手で」と答えます。そして桃太郎はおばあさんに近寄り、小声で言います「団子さんには秘密ですけど、団子さんのお父さんが鬼奥さんを刺してしまって」。


 桃太郎は、ばあさんの話かなにかが事件のきっかけだと考えていました。しかし、もしそうならばおばあさんのきび団子への誤解を解かなかった自分に非があると桃太郎は考えます。桃太郎はおばあさんを傷つけないためにも、なぜ木尾さんが通り魔事件を起こしたかは言いませんでした。


 おばあさんは言います「木尾さんかい? へええ、あんな旨い鳥の旦那さんがねぇ。まあ昨日も、話の途中で急に怒鳴りおったからのぅ。物騒な男だったんじゃろう」。


 桃太郎は「旨い、……鳥の、旦那?」と何気なく聞き返します。そして桃太郎はすぐに驚いた表情で「旨い鳥の旦那! ま、まさか、団子さんのお母さんは鳥で、おばあさんが! まさかっ!」と叫びます。


 近くにいた木尾 団子が「えっ?」と顔を上げますが誰も気づきません。お供たちはおばあさんや桃太郎に気が向いていますし、離れた場所にいる町人たちは変わらずに喜び合っています。


 おばあさんは「おっと」と一瞬口元を塞ぎますが、すぐに首を振って話します「まあええじゃろう。木尾さんはもう死んだ。木尾 団子は後で食べる。話したところで誰も苦しむことはないからのぅ」。


 おばあさんはふぉっふぉっふぉと笑うと、親指で自分を指して言いました「木尾さんの奥さんは旨かったよ。このわしの舌にかなうほどにねぇ」。


 場は凍りついたような雰囲気になります。それは周りで鬼退治に狂喜乱舞している町民たちとはまるでかみ合わない空気です。


 そこで桃太郎が木尾 団子に視線を向けます。木尾 団子はそれはもうどんどんと涙が溢れています。そして木尾 団子の顔には怒りと悲しみと戸惑いを合わせたような、なんとも負を感じさせる表情をしています。


 桃太郎は叫びます「おばあさん! あなたは、あなたはそれでも人間と他の種族の平穏を願っているのか! おかしいでしょう! なぜ、どうして、平和に暮らしていた家族にこんな仕打ちをっ!」。


 おばあさんはなだめるように返します「まあまあ桃太郎や。それはそれ、これはこれじゃ。木尾の奥さんも木尾 団子も一度は鬼のものになった。そしてわしが二人を鬼から奪ったんだよ。わしのものをわしが食べようと、別にええんじゃないかねぇ」。


 おばあさんは口調を強めてさらに続けます「山の猪がうさぎをくわえておって、狩人が猪を狩ればうさぎも手に入るじゃろ。猪はうさぎに勝っており、狩人は猪に勝っておるからのぅ。……桃太郎や、わしがなぜ木尾さんの奥さんを食ったのかを問うたねぇ。それは、わしの腹が鳥肉を選び、わしが鬼に勝ったからだよっ」。


 桃太郎は言います「わかり、ました。…………おばあさん。あなたは町のどんな異端であっても認めることはできる。ですがっ! あなたには町の変わり者と、いえ、町人たちと平穏に過ごすことは出来ない! それどころか町に不幸と混乱をもたらします! 山に、どうか山にお帰りください!」。


 おばあさんは「ああ、帰るとも。桃太郎、お前の食べ損ねた木尾 団子を食ってからねぇ」と言って懐から包丁を取り出しました。おばあさんは包丁に舌を這わし、木尾 団子に目を向けて言います「本当は他の木尾 団子を食いに来たのじゃが、丁度いいのぅ! 桃太郎や、わしと一緒にそこの木尾 団子を食べよう! なあに、新しいのならまた調達してやるわい!」。


 おばあさんは木尾 団子に飛び掛り、包丁を振り下ろします。木尾 団子は顔を伏せたまま動く気配がありません。包丁の刃が木尾 団子へと迫ります。


 しかしおばあさんの包丁は木尾 団子に届く前に「がきいぃん!」という音を立てて止まります。おばあさんの包丁を止めたのは桃太郎です。桃太郎は刀で包丁を受け止めていました。桃太郎は言います「お、おばあさん、やめてください。彼女は、木尾 団子は、僕の仲間なんです!」。


 おばあさんは包丁で桃太郎の刀を払いのけ、鋭い目つきで桃太郎を睨んで言います「桃太郎や、わしはのぅ、もう二日もろくに食べておらんのじゃ。木尾 団子の肉を探しておったからねぇ。食べたのは、きび団子という同じ名前のお菓子くらい。鳥人間の肉とは思えん味じゃったなぁ。……桃太郎や、わしは、わしはなぁ、木尾 団子の肉を今すぐ食いたいんじゃよぉーっ! 邪魔するならちょっと早いが桃人間の肉から食っちまうぞぉっ! ええっ!」。


 桃太郎とおばあさんの様子を見て、町民たちは楽しそうに「お、喧嘩か喧嘩か?」「みんなー! 桃太郎とおばあさんの喧嘩よー!」「わははは、桃太郎! 誤ってばあさんを斬り倒さんようになー!」「まあ桃太郎の圧勝だろう」と盛り上がっています。


 キジは木尾 団子の服を引っ張りながら「木尾! 今は、今は泣いてないで逃げるんだ!」と説得しています。サルとイヌも少し話し合ってから、キジの手伝いに回りました。


 桃太郎は悲しそうな顔で言います「も、桃人間。そんな、まさかおばあさんは今まで食べるために僕を?」。


 おばあさんは首を横に振って言います「付属的(とってつけたような) 欲望(愛と善悪)、わしの本質がわかるかのぅ。わしはお前さんを愛しておったし、変人代表として町で活動して欲しかったよ。じゃがのぉ、食欲は本物の欲望。わしには、抗えんのじゃ……。うぅ、うううぅ、桃太郎やぁ、これが本当のわしなんじゃぁ。こんなわし、でも、認めてくれんかの、うぅっ」。


 おばあさんは涙を流しながら、桃太郎によろよろと近づいてきます。最初は刀を構えた桃太郎でしたが、 付属的(とってつけたような) 欲望(愛と善悪)というのは初めて聞いた話であり、過去幾多もあったおばあさんの奇行に説明のつく話でした。


 桃太郎は次のように思います「今まで誰にも話したくなかったおばあさんの秘密。おばあさんが変人たる所以。それこそが 付属的(とってつけたような) 欲望(愛と善悪)なんだ。おばあさんは今、自身のおかしさに苦しんでいる」。桃太郎は構えた刀を下ろしていました。そして桃太郎は刀を持っていない側の腕を広げ、目を閉じ、おばあさんが自らの胸中へと来るのを待ちます。


 おばあさんは桃太郎の胸にゆっくりと倒れこみました。手に持った包丁を、桃太郎に突きつける形で。おばあさんの包丁は、深々と桃太郎の体中へと沈んでいきます。桃太郎に包丁が刺さりました。。


 桃太郎は痛みを感じると同時に意識が遠のいていくのを感じます。そしてなにが起こったかを理解する前に、反射的に、桃太郎は刀を振り抜きました。桃太郎の一撃はおばあさんの胴を捉え、おばあさんを斬り払います。桃太郎はそのまま地面に倒れて動かなくなりました。


 桃太郎はこれまで、おばあさんから木尾 団子を受け取り、さらには街で暴れていた鬼を退治しました。桃太郎は町の人にとって紛れもなく鬼退治の主人公だったことでしょう。しかし桃太郎の活躍もどうやらここまでのようです。主人公は今、倒されたのです。


 離れた場所にいる町人たちは口々に言います「あ、あれやばくね?」「桃太郎もばあさんも死んだんじゃ」「不幸な事故だったのよ」「鬼の呪いに違いねえ!」。


 桃太郎に斬られたおばあさんは地に伏せています。おばあさんは顔を上げると桃太郎に向かって這っていき、うめくように言います「が、ああぁ。わしぁ、わしぁし、死なんぞぉ。 死ぬかぁ。 肉を食ってまだ生きるんじゃああぁ」。


 おばあさんは桃太郎の傍まで這い寄ると、両手で桃太郎の体を押さえつけて桃太郎を食べ始めます。最初は桃太郎の衣服に遮られてあまり食べられませんでした。しかしやがておばあさんは桃太郎の衣服をずらしてその胸元に噛み付き始めました。


 町人たちはその様子を見て、「おばあさんが桃太郎を倒して後悔している」「おばあさんが泣いている」

という者と、「おばあさんが桃太郎を食っている」という者、「なんかヒワイなことしてる」という者で意見が分かれていました。しかし誰も助けに行く町人はいません。しいていうならば「なんかヒワイなことしてる」と言った町人たちが、ちょっとずつおばあさんたちに距離を詰めているくらいでしょうか。


 おばあさんは桃太郎を食べていきます。おばあさんはよほど夢中で桃太郎を食べていたのでしょう、自らの背後に近寄る木尾 団子に気づく様子はありません。


 木尾 団子は立ち直っていました。桃太郎が最後、おばあさんを斬り飛ばしたときに我に返ったのです。そして木尾 団子は「私がおばあさんを倒すわ」と言い、お供たちに邪魔をせず黙っているように命じていました。キジやサルはすぐに黙って頷きましたし、イヌも戸惑っていましたが、おばあさんが桃太郎を食べ始めたため黙って頷きました。

 

 木尾 団子はおばあさんの後ろにある刀拾い上げます。少しばかりの金属音が鳴りますが、おばあさんの耳にはもはや届いていません。そして木尾 団子は黙って刀をおばあさんの頭上に振り下ろしました。


 木尾 団子の刀はおばあさんを通り、地面に突き刺さるまで振り下ろされました。木尾 団子の一撃はおばあさんに見事命中しました。そして木尾 団子は呟きます「お母さんの仇、討った、わ」。


 おばあさんは斬られてもなお、桃太郎を食べていました。しかしおばあさんの動きはどんどんと鈍くなっていきます。そして、おばあさんは桃太郎に覆いかぶさるように倒れました。一切背後に目を向けることなく、おばあさんは木尾 団子の一刀によって倒されたのです。


 町民たちはその光景を見ていました。町人たちは叫びます「おばあさんが斬り倒されたー!」「鳥人間が英雄桃太郎のおばあさんを斬ったわ!」「おばあさんが死んだ桃太郎を庇ったんだ!」「人以外は悪」「全然ヒワイじゃなかった!」。


 町人たちの叫びは、人以外に対する恐怖と不満の叫びでした。暴れる鬼、人を倒す鳥人間、これらは町人たちを脅かすには十分な出来事だったのです。町人たちから次のようなことが言われ始めます「人間以外の妖怪や人型生物、動物は追い出すべき」「それらに味方するものも追い出すべき」。


 そんな騒ぎをよそに、木尾 団子は桃太郎を担いで町の出口へと歩いていきます。お供たちも木尾 団子の後ろについていきます。イヌだけはおばあさんに視線を向けていましたが、最後には前を向いて歩いていきました。


 木尾 団子たちが近づくと、次々と町人たちは叫んで逃げたり、あるいは隠れたりしています。誰も行く手を遮れるものはいません。こうして桃太郎一行は町を離れ、山へと向かっていきました。


 桃太郎一行が去った後、町人たちは桃太郎を英雄として語り継いでいくことを心に決めました。そしてこのようなことが二度と起こらないよう、人間以外を追放するために団結します。


 その後、山のふもとの町では人間以外や変人、あるいはそれらに味方する者たちを追放するという騒ぎが起こりました。町を追い出された者たちは他の町に移ったり、山暮らしを始めたといいます。そして追放騒ぎは国中に広がります。国中の町には人間だけが住むようになり、動物などは食材としてしか町にいなくなってしまいました。


 同時に桃太郎の話も国中に伝わります。それは人へ人へと伝わるうちに内容を変えていきました。しかし人々は忘れないでしょう。桃太郎が鬼を倒したという事実を。内容がいくら変わろうとも、人々が目撃した桃太郎の鬼退治という部分は事実なのですから。


 最後に、桃太郎に関する小さな噂があります。騒ぎが国中に広がった頃、山のふもとの町ではこんな噂が流れました「山小屋に美人な鳥人間が住んでいる。美少年もいる」「美少年は墓に埋められた桃太郎の亡霊に違いない」。


 噂は数年後、「とてつもなく変わった美少女鳥人間と美少年の夫婦がいる」というものになってました。山には、おじいさんと一緒に住んでいる木尾 団子がいましたとさ。









@登場人物紹介@


名前「おばあさん」

特徴「勘違い、思い込み、 付属的(とってつけたような) 欲望(愛と善悪)

「物語前半の主人公であり今作のラスボス。とてつもない変人。主に川の洗濯で人並みはずれた身体能力を持つ。人に優しく、そして説教くさい一面を持っている。しかし愛や善悪には疎く、それらはほとんど付け焼刃ほどしか身についていない(知識としてはある)。よって彼女の欲望が高まると、他者を不幸に陥れてでも欲望を解消しようとする。その結果、相手を不幸にしようとも同情することはあれども悪いと思うことはない。人外や変人に優しいのは自身の過ごしやすい生活のため。


 今作を書くにあたって『きび団子と人名(木尾 団子)の勘違い』がテーマにありました。物語前半、おばあさんが主人公だったのも当初の予定の名残です。多分描写してなかった気がしますが、桃太郎視点のときに鬼退治したのは桃太郎だと町で言っていたのはおばあさんです」




名前「桃太郎」

特徴「勘違い英雄、ヒーロー気質、美少年」

「物語後半の主人公、今作全体の主人公でもある。そして町人たちにとっての英雄。おばあさんに引けをとらない強さと、おじいさんに引けをとらない美しさを持つ。人に優しく、悪には超説教くさい一面を持っている。人と人外と変人が手を取り合って過ごせる世界を望んでいる。しかし桃太郎自身にはアブノーマルな趣味はないため、変人に対しては理解に苦しむことが多い。常識人で苦労人。どうしようもない相手はきちんと倒せる正義感を持っている。説得重視のためスロースターターである。名前の由来は、桃から現れたから、そして子供に食べ物の名前をつけることが流行っていたから。


 桃太郎なのに桃太郎が鬼退治しないのはどうかと思い、物語後半の主人公に。他にもお供やらを追加していき、町人視点では原作に近くなるようにしました。説得からの戦闘シーン突入が難しかったです。多分、生きてたら山で静かに暮らしてハッピーエンドだったでしょう」




名前「木尾 団子」

特徴「鳥人間(翼だけ)、美少女、勘違いきび団子」

「物語中のヒロイン担当、そしてエンディング担当。鬼之巻島に囚われていた美少女。母親が鳥であることを気にしており、あまりそのことを人に知られないようにしている。鳥人間ではあるが町での評判は悪くなく、普段から普通に町を歩いていた。山のふもとの町において、子供に食べ物の名前をつける流行のきっかけとなった人物でもある。


 被害者。エンディングは『おじいさんと暮らして変人となった木尾 団子が、お供三匹と結婚する』パターンか、『おじいさんと結婚した木尾 団子が変人となる』パターンの二つを考えていました。どちらかといえばありえそうな後者になりました」




名前「おじいさん」

特徴「植物の精霊、美少年」

「おばあさんと山小屋に住んでいた植物の精霊。美少年でありとてつもない変人でもある。山のふもと周辺では美少年と山小屋に住む変人女性の噂が絶えない。


 真の元凶。とはいえ物語中でやったのは、エンディングで木尾 団子を変人化したくらい。よって退治されることもありません。サルの話に出てくる山の神は、おじいさんと同一人物、もしくは別人でも同類です。なお、サルの話どおり異性を惑わすので同性には全く無害だったりします」




名前「サル」

特徴「話が長い、よく喋る、役に立たない、不憫」

「お供の一匹。話が長いサル。飼い主からの入れ知恵により、古めの伝承や噂についてはそこそこ知識を持っている。


 役立たず枠のお供。でもお供の中では一番好きなキャラです。物語中でこそ役には立ちませんが、サルの話(もしくは町人の噂)を真に受ければおじいさんの行為に気づける可能性があります。おじいさんの悪行はサルに有用性を出すため追加された設定なのです」




名前「キジ」

特徴「熱血、行動的、木尾 団子への好意」

「お供の一匹。木尾 団子を支えるキジ。木尾家に住んでいる鳥の一匹で、いつも木尾 団子のことを気にかけている。


 恋愛枠のお供。鬼之巻島からの脱出ではイヌを見つけるという役目でした。木尾 団子になにかある度に反応させなきゃならないので扱いにくいキャラ」




名前「イヌ」

特徴「老紳士、穏やか、話が長い、おばあさんへの好意」

「お供の一匹。命の恩人であるおばあさんを探していたイヌ。山のふもとの町周辺を中心に航海をしていたため船を操ることが出来る。


 老紳士枠のお供。鬼之巻島からの脱出では小船で皆を送り届けるという役目でした。唯一、おばあさんに味方させるべきか悩んだキャラです」




名前「子食い甘鬼桃」

特徴「世界観分岐の割かれ目」

「桃型の植物妖怪。世界観の違いを冒頭から表しているキャラ。こいつとおじいさんのおかげで鳥人間とかの違和感を抑えてます。あとこいつのおかげでおばあさんの異常性が冒頭から出せたかと」




名前「鬼じいさん」

特徴「純愛、気前がいい、鬼奥さんがやられると人類の敵に」

「中ボスです。じいさんというだけあって鬼之巻島の鬼より強い。でもおばあさんや桃太郎には敵いません」




名前「鬼奥さん」

特徴「純愛、普通の人間、町娘、美人」

「被害者。おばあさん主人公の頃はやられる予定はありませんでした」




名前「木尾さん」

特徴「鳥に恋するナイスガイ」

「おっさん枠。被害者であり加害者。鬼奥さんを刺した情報をどのくらい出すかが難しかったです」




名前「旧星鳥」

特徴「美味しい、人に恋するナイスバード」

「食べられ役。名前の由来は急成長の字を変えただけ。ちなみに鬼たちもこっちは食べるつもりで誘拐しています」




名前「人ヶ海岸に倒れていた人」

特徴「なし」

「おばあさんの性格描写のために出しました」




名前「鬼之巻島の鬼たち」

特徴「暴力、強奪、誘拐」

「やられ役。おばあさんにぶつかった鬼はより酷い目にあったことでしょう」




名前「町人たち」

特徴「安全第一、野次馬」

「町人。今作だと変人よりちょっと嫌なイメージで書いてます」


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