粘土板の解読作業
ここまでの登場人物
「八坂」・・・主人公。オカルト研究会の部長で大学3年生
「柳玲奈」・・主人公の同輩女子。オカルト研究会の部員で人文学部の3年生
「弘崎和也」・主人公の後輩。オカルト研究会の部員で人文学部の2年生のマッシュルームヘアの男。
次の研究テーマも決まらないまま時だけが無駄に過ぎていく。早くも6月も半ばを過ぎてしまった・・・。
今年は近年稀にみる空梅雨であり、なおかつ異常に暑い。お陰でまだ6月だというのに、午後2時にもなれば部室は室温30℃を超えてしまい熱中症待ったなし。お陰でここ最近はの俺は、暑苦しい部室で一人汗だくでオカルト情報誌をチェックしながら、ルーピックキューブをグルグルと回すというアンニュイな午後を送るハメになっている。
外の室外機がブインブイン作動しているところをみると、隣のファンタジー研究会はクーラーの効きまくった部屋で快適なサークル活動をしてるんだろう。用事があるフリをして涼んでこようかな・・・などと考えていたある日の夕方、4限目の講義を終えた弘崎と柳が部室に飛び込んできた。
「興味深いニュースですよ部長!これ見てください」
そう叫ぶと弘崎はスマホの画面を俺に見せた。一瞬だけ「嫌味か?」と思ったガラケー使いの俺。だがそういうことではないらしい。弘崎に見せられたスマホ画面には、ポータルサイトが表示されており、そのトップニュースの一つに『古代バビロニア時代の粘土板。約10万枚が発見される』という刺激的な見出しが踊っているではないか。
「大量の粘土板が砂漠の下に隠されてたそうなんですよ!」
「おぉぉ〜砂漠の下に。ところでこれって・・・凄いことなの柳?」
「そんな事も分かんないの!?」
実を言うとオカルト研究会の部長でありながら、古代史については全く詳しくもない俺。正直『ふ〜ん』という気持ちが強い。人文学部で古代史を専攻している弘崎からの熱い説明を受けてもポカンだ。そもそもオカルト研究会なんだから、考古学的な話に用はないのだ。我々は「神秘的な」ものを求めねばならないのだから。
「これがですね部長。どうやら超自然的な記録が粘土板に記されているらしいということなんです。まだ噂なんですけれども」
「私達はこれを次の研究テーマにしたら良いんじゃないかなって思うの」
「これを?でも時間ないぞ」
オカルト研究会のテーマとするには、まだまだ解決しなければならない問題があるのだ。粘土板が発見されたところで、そのままではただの粘土板に過ぎない。解読されて初めて意味のあるものとなるのだ。しかしながら発見されたというニュースがあったばかりで、噂が先行してるだけで粘土板の解読作業は期待できていない。将来的に解読されたとして俺が卒業した後ではなんの意味もないし。
「あのですね・・・そこは我々で解読してみたら良いのではなかろうかと思いまして」
「解読・・・?冗談だろ」
「いや、真面目な話です」
「全力で却下!次のテーマは南九州の河童伝説に決定する」
「八坂くん!お願いだからもう河童はやめてっ!」
弘崎と柳の説明によると粘土板の発見チームは粘土板の写真をネット上で公開しているという。というのも発見された粘土板があまりに膨大であるがために、全容解明のために世界中の有志に協力を求めているらしい。要するに弘崎はオカルト研究会もこの解読ボランティア作業に参加すべきだと言うのである。だが俺は反対だ。
「だって解読したところで、宇宙人には会えないんだろ?超能力者はスプーンを曲げないだろ?普通に考古学研究じゃん」
「僕は・・・なんか行けそうな気がするんです!噂を信じましょう。きっと粘土板に神秘が隠されているはずですから」
それは見切り発車にも程があるぞ、と思いつつも。河童伝説を再調査するよりかは、実りある成果が得られるかもしれないと俺は考えた。
「仕方がない。次の研究テーマはそれでいい。ただし期間は2週間に限定しよう」
「ありがとうございます部長!」
「やっと河童から開放されるのね私達!」
とりあえず俺と弘崎はオカルト研究会ダンスを踊った。これは先輩方が宇宙人との交信を試みた時に編み出した踊りらしい。柳にも加わるように言ったが、あっさり断られた。
「やだ。その踊りって、恥ずかしすぎるもん」
残念ながら柳は加わらなかったが、次の研究テーマが見つかったことに我々は満足。そして俺はルーピックキューブを鞄の中に放り投げた。さあ仕事だ。
○○○
まず我々は誰もまだ手をつけていない部分の解読を試みることにした。ネットで公開されてる10万にも及ぶ膨大な粘土板画像の内、No.87704からNo.88000までの粘土板写真、約300枚を早速プリントアウト。(何故この部分を選んだかと言われると、まだ誰もダウンロードしていなかったからという理由意外にはないのだ)これから我々二人は蒸し暑い部室に篭り、徹夜で解読作業に没頭することとなる。この300枚の中に噂されているオカルト情報が記されていればいいのだが・・・いなかったら完全に無駄骨だ。こんな危険な大博打なテーマは俺が部長を引き継いで以来、はじめてである。
ところで「楔形文字の解読なんてお前らにできるのか?」と問われればできるのである。時大オカルト研究会の部員たるものこのぐらいの作業は造作もない。と言っても俺は初歩的なことしか分からないのだが・・・。弘崎と柳はその辺を大学で専攻してるようなので何も問題はないのだ。
ただ問題は解読のスピード。
「よっしゃあ1日で30枚終わり。いやー、はかどったなあ君たち。このペースなら順調に進よね」
「私が15枚解読して、弘崎君が14枚。そして八坂くんが残り1枚なんですけど」
「まあ、全体で上手く言っていれば問題ないよ」
仕方が無い。私は物理学を専攻する人間であり古代言語の解析などという作業は不得意なんだから。でも長ったらしい極座標形式シュレディンガー方程式なら記憶してるぞ。記憶してるだけで解いたことないけどな。とにかく餅は餅屋に。解読作業は人文学部の弘崎と柳に任せた方が効率が良いのさ。
・・・と解読も順調に半分が過ぎたところで、想定されていた問題がくっきりと浮かび上がってきた。粘土板の中身ときたら、解読してみれば実務的な記録ばかり。祭りの時に神に捧げられた牛の数とか。法律の話とか。暦の話とか。どこが神秘なんだ。どこがオカルトなんだ。
解読箇所を外したのか?いや、もともと10万の粘土板のどこにも超自然的な事など書かれてなかったんじゃないのか。これはこれで貴重な記録なのだろうが、我々が追い求めているものとは違う。大事な夏をこのまま楔形文字解読に費やしてよいのだろうか?楔形文字解読のスキルを上達させたら就職に有利になるのか?女にモテるのか?単位が取れるのか?いや何も得られないぞ!
「俺は一体何を調べてるんだ!牛の数とかもういいよっ!」
と思わず叫んでしまった夕暮れの部室。ああ、やはり河童研究を進めるべきだったと後悔しながら水無月は過ぎていった・・・。
○○○
解読作業も終盤に差し掛かり、時は7月3日になった。
今日も灼熱の部室での作業は続いた。相変わらず不毛な作業が続くと思いきや、この日は僥倖が我々を待ちうけていた!解析して10日目のことである。
「部長!ちょ••ちょっとこれを見てください!」
興奮した弘崎が、No.87795の粘土板の写真を俺に見せる。この頃には俺も楔形文字の解読に慣れてきている。
「3行目です。『運命を支配する神バグー』が都バビロンに出現したとあります」
弘崎はゆっくりと和訳メモを読み上げた。
「バグーとその僕は、前1715年にサムス・イルナが治めるバビロンに壊滅的な打撃を与えた。バグーの力によりバビロンの都は焼け落ち人口は100分の1にまで減った・・・そうです」
「凄いじゃない弘崎くん!大発見よ」
なんだか物騒な記録で、超自然の匂いがプンプンしてくる。でもあくまで慎重に進めたい。運命の神バグーという響きは強烈なのだけれど、実在性に関しては河童の骨よりも弱いよね。
「何かの物語っぽくないかなそれ?ギルガメッシュ叙事詩みたいな・・・。でなきゃ古代の戦争の話とかさ?」
「確かにその可能性も高いんですが・・・。もう少し読み進めてみますね」
次の粘土板解読に着手した弘崎。そして柳はNo.87795の粘土板を見ながらボトボトと独り言を呟いている。
「前後からの文脈からしても実務的な記録としての要素が強い気がするわ・・・」
しかし粘土板の解読を進めても決定的な証拠は見つかるまい。やはりこのミッションは最初から無理があったようだ。今更俺も何言ってるんだって感じだけど。
「部長また発見しました!ここに不吉な予言が記されてますので見てください」
「予言だって?」
続きの粘土板によれば『破壊者となりしバグーは、地上に再び現れることを約束して消え去った』と記されていたという。実に面白い話じゃないか、エンタメ的には。
「あれだな〜ノストラダムスの大予言的なヤツか。これは興味深いな」
「驚くべきことに、神が再び現れる日付も粘土板に記されてるんです。今からちょっと計算してみますね。サムス・イルナの即位から・・えっと・・」
彼は古代の暦を西暦に換算するためにホワイトボードを使って筆算を始めた。そして導き出された答えは・・・2017と7と3。
「計算してみたら西暦2017年の7月3日って出ちゃいました。あってますかね?」
「それって今日じゃね」
「うん、今日よね」
2017年が遠い未来であればオカルトロマンが炸裂してたはずだ。だが残念ながら予言された日は2017年の7月3日。それはつまり今日なのである。柳も検証してみたが、やっぱり予言される日とは今日のことなのだ。
「今日ってなんかあったか柳••?」
「えっとね。確かソフトクリームの日よ」
マジかよ。なんて当たりそもない予言なんだよ!ああ10日間に渡るロマンスを追い求める三人の努力は水の泡か。しかし諦めずに我々はもうちょっとだけ粘ってみたのであった。するとご親切になことに、バグーが再出現する場所まで予言されていることが判明した。これがさらに我々を、いや俺を困惑されることになるのだ。
出現場所は何故かクフ王のピラミッド中心部の座標を起点として記されている。我々は記されていた距離を現在の単位に換算し、運命の神が出現する緯度経度を割り出した。
「それにしても妙ね。やたら具体的な数字が記されてるわよ。普通、予言って言われてるものはもっと、ぼやかすものなのだけれど。これじゃピンポイントよ」
「本当に特殊な予言ですよね柳さん。こんな変わってるの、僕は見たことがありません」
いくら正確に計算したところで、もちろん誤差は生じるに決まってるはずだ。誤差を勘案しないなんて初歩的な間違いを犯してはならない。だからこの結果を信じるのは馬鹿げてると思った・・・。
「東経138度○○北緯35度××でパソコンに入力と。ポチッ。あれ?柳さん、これってもしかしてアレですか•••」
「驚いたな、場所は日本じゃないっ!もっと拡大してみて弘崎くん。これは結構近所よ」
「いや、嘘だろこれ」
パソコンの画面上に記されたポイントを、どんどん拡大していく。驚くべきことにこの大学近辺が表示されていく。限界まで拡大しきった地図上に指し示しされた地点。そこには「コーポレーション風嵐地月」という如何にも安アパート風の名前が記されているのだった。
「これって八坂くん。もしかして・・・」
「うん••俺が住んでるアパートだね」
「マジですか!?信じられない超展開ですね。ということは、この予言は本物・・・!?」
「そんな馬鹿な。もしや大家が運命の神バグーなんだろうか••」
ここまでピンポイントだと、この俺が予言の書に弄られてるとしか思えない••。想定外のストレスを受けた俺は、家から持ってきたルーピックキューブをカチャカチャと回し、動揺を鎮める。色合いが微妙に普段と違っていた気がするのだが、そんなこと気にしていられない。
こうして、物語の舞台は蒸し暑い部室から、さらに蒸し暑い俺の部屋へと変わるのであった。




