1章 ー邂逅ー 5話
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目を覚ますと、白い天井が見えた。起き上がって周りを見渡すと自分の部屋だった。窓からは、太陽がとても高いところにあった。
夢ではなかった。
あの後、気を失ったのだろうか?少しクラクラする。きっと誰かが部屋までわたしを運んでくれたのだ。今が昼だから、2、3時間眠っていたのか。
眼を手で覆い、息を吐く。
あれはなんだったのだろう?
小さい頃から人の感情が色で視えた。
だが、"色が溢れ出した"のは初めての経験だった。
それほど誰かの強い感情が、あの手紙には込められていたのだろうか?
強い憎しみの感情が。
手を顔から離し、眼を凝らす。
手は肌色。着ている服は真っ白なワンピース。ベッドのシーツは薄い紅色。
ちゃんと見える。黒じゃない。大丈夫。今は普通だ。
ベッドの上で膝を抱えてうずくまる。実体のない闇の恐怖が、まだ胸の中で燻っていたが、気分は落ち着いていた。寝起きだが、不思議と頭は冴えていた。大広間で父が震える声で読み上げたあの手紙の内容を思い出す。
あの黒く視えた手紙。
ゲアンが他国を侵略したという噂は、真であったのだ。
今まで、カイ大陸で国どうしの争いが無かったわけではない。だが、それぞれの国は少なからずの兵力と権力を持っている。戦は互いに大きな損害しか与えない。だから、三国の平和は保たれていた。
その均衡が崩された。
カイ大陸が戦火と混乱の世界へと化す。国政について無知なわたしでさえ分かる、明確な事実だった。
手紙の"色"は、わたしにそれを伝えたのだろうか……?
それとも、噂の"悪魔の力"だろうか?
ベッドから降りて部屋の外へ出ると、城内は騒がしかった。
きっと父が臣下を集め会議を開いているはずである。
『ゲアンからの申し出を受け入れるか
断って戦いを選ぶか。』
わたしには分かっていた。ゲアンは鉄鋼業が発展した工業文明の国であり、多くの武器を所持していると聞く。兵の数も国の土地もナキより遥かに大きい。戦うことを選べば必ず我が国ナキは負ける。そして、どれ程の使者と損害が出ることだろう。
この国に残された道は初めから1つしかないのだ。ゲアンの申し出を受け入れるしか。
我が王国には皇女はわたししかいない。
城内の慌ただしさも、目の前を急いで通り過ぎていく召し使いたちも衛兵も、
もはやわたしの目には映らなかった。
ただ呆然と立ち尽くしていると、父に呼ばれた。召し使いに手を引かれながら父の部屋へ行った。部屋には父しか居なかった。
言われる言葉は分かっていた。
父は玉座に座ったまま、わたしの眼を真っ直ぐ見つめ、言った。
「お前が嫁ぎ、ゲアンの申し出を受け入れることに決まった。」
父の目にはわたしではないモノが写っていた。
「お前の持つ常人にはない稀なその"力"で、この国を守ってくれ。」
父の声からは、何の感情も読み取ることができなかった。何も"視え"なかった。
"力"は欲しくて持っているものではない。こんな"力"欲しくなかった。
この"力"を持っているから誰も"わたし"を理解できない。わたしも"誰"を理解することもできない。
わたしはゲアンの人質である。
わたしの足場は脆く容易くそして狭いい。
父からの宣告を聞いた後、わたしは自分の部屋に閉じこもった。
誰にも会いたくはなかった。
侍女のセリの声も扉の向こうから聞こえることは無かった。
この頃のわたしは、これから未来への喪失感しか考えることができなかった。失望とやり場の無い怒り。
そして、"死"への切望。
そんな中、"彼女"は突然わたしの眼の前に現れた。