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第一話 四者邂逅

 水面が目を開くと、寂れた祭壇が視界に飛び込んできた。


次いで幾らかオープンな神殿様式の建築物の内部に居るのだ、と意識が認識を始める。

それと同時に、左右で呻くやや高めのアルトキーが新鮮味を帯びた音色を奏でた。

上体を起こしたまま固まり、幾度の瞬きを交えて、何度も周辺を眺める。


「……は?」


だが。

常人より幾分も常人離れしている水面であろうとも、この現状は例外中の例外であった。

若干の眩暈と突如として襲い掛かった不可解な現象に脳がダブルブッキングされる。


「(な、なんだこりゃ…!? 神殿!? 森!? ってか此処どこ!? 左右の美少女は誰!?)」


色素が薄く、太陽によってキャラメル色に色付く艶やかなショートカットの美少女。

その少女とは真逆に、太陽を浴びて尚黒々と漆黒の色を煌かせるロングヘアの美少女。


前者が癒月神那で、後者が如月美鈴である。

しかしながら、そんな事を知る訳もなく、唐突に訪れた謎展開に水面は仰天するばかりであった。


思考の無限ループに囚われ掛けた水面に、彼女は悠然とした態度を保ったまま声を掛けた。


「貴方が、海原水面さん、ですか?」


水面は視線をゆっくりとスライドし、寂れて壊れた神殿の奥からやってくる少女に目を向けた。


 まず目に入ったのは、風変わりなドレス姿であった。膝丈程度までばっさりと切り落とされたドレスは、しかしながら切れ先を優雅に遊ばせており、粗野な感じは見受けられない。端正な顔立ちに、そっと頬を緩めて笑う少女の姿は、両隣の美少女に勝るとも劣らないレベルである。


「……あんたは?」


「私はエリスベル。勿論、知っていますよね?」


「な…!?」


エリスベル。

宛先不明の迷惑手紙の差出人だ。


そして、水面が驚愕に顔面をやや引き攣らせているタイミングで、両隣の神那と美鈴が目を覚ました。


此処で一つ言っておくが、水面は所謂イケメンと呼ばれる筋の者ではない。

それどころか、目つきの悪さが印象的な、不良っぽさを醸し出す高校生なのである。


「「きゃああああああああ!?」」


幾ら二人が腕に覚えのある人間だとは言え、起き抜けに不良とご対面では当たり前の対応と言える。

その上、普段見せることの少ない引き攣った表情は、水面の不良然としたルックスに拍車を掛けていた。


「……あれ、何でだろ、視界がぼやけて…」


「涙を拭いて下さい、水面さん」


すっと差し出されたシルクのハンカチでそっと目元を拭い、相手に返す。

それと同時に自分が今自然に行った一連の動作の迂闊さに気づき、思わず後退する。


その間に恐怖の寝起きドッキリから開放された神那と美鈴は、水面同様に絶句しながら周囲を見渡した。


んん、とわざとらしく咳払いをするや否や、自信に満ち溢れた表情で、エリスベルが告げた。


「ようこそ皆様、魔法の世界、≪イリーガルノヴァ≫へ!!」


「「「へ?」」」


当然と言えば当然だが、ぽかんと口を開けて全く同じ反応を三名が零した。

エリスベルはその反応も計算の内なのか、恭しく礼をすると、自己紹介を始めた。


「既に水面さんにご紹介は致しましたが……。私の名前はエリスベル、あの手紙の差出人です」


「「!!」」


先程から水面が歩んだ軌跡を数分違わずに繰り返す二人。

エリスベルは口元を少し歪め、不適な笑みを浮かべながらも、質問を投げかけた。


「お二人が、癒月神那さんと、如月美鈴さんで宜しいですか?」


「如月美鈴…!?」


エリスベルが確認を取り、頷くのを確認すると同時に、水面は目を見張った。


 如月コンツェルンは世界的企業だ。元はベンチャー企業であり、その後実績を伸ばすと同時にあらゆる分野へと着手、たった五年で中堅規模の会社を世界規模にまで引き上げたのだ。敏腕社長として、如月王月は有名で、各界の有名人とも多数知り合いなのだとか。


その実子、娘が居る事は世間でも良く知れた常識だが、まさか御目に掛かる日が来るとは。

水面は呆然とした表情で黒髪の美少女、如月美鈴を眺めた。


 髪色と同じく、黒を基調としたゴシックロリータ。やや平均より低めの身長も相まってか、蟲惑的な妖しい色香を放っている。一変して淡雪を彷彿とさせる真っ白な肌は、透けて骨まで見えてしまいそうな程に白く、しかしながら病弱さを感じさせない薄い肌色の生気が宿っていた。


お膳立てがあったのが功を奏したのか、美鈴は先程の痴態を取り繕うが如く、盛大に咳払いをした。


「そ、そうよ、私が如月美鈴。如月王月を父に持つ、如月コンツェルン総帥の娘よ」


若干怯えた様子で水面を一瞥、その後癒月を一瞥し、エリスベルを睨み付けた。

エリスベルはこの現状に至った過程を知る者である。

その視線の意味する所を感じ取ってか、ふふ、と妖艶な笑みを浮かべてエリスベルは話始めた。


「皆さんお察しの通り、あの手紙は私が貴方方へ向けた手紙です。宛名が無かったのは、まぁ、単純に誰にどの手紙が行き渡るか分かりませんので、その上内容も似たり寄ったりですし、と、そんな感じの配慮です。実際、あの手紙が貴方方三名に無事届けば第一段階クリアでしたし」


「……あんたの口ぶりから察するに、ここはあんたの手紙の内容にあった異世界ってやつなのか?」


「あの手紙、読んだの?」


やや言葉足らずな言い回し、水面はすっと視線を這わせながら声の出所へと向けた。


 キャラメル色のショートカットと、何処か出掛ける予定でもあったのか、ピンポイントで派手な色を抑えたコーディネートのカジュアルな服装にミニスカートとニーソックス。美鈴より数センチ身長が低いのだろうが、スタイルが良いのも混じって少し大人びた印象を受ける。


ただ、独特な言い回しは幼さの現れかも知れない。


「あ、あぁ。まぁ、流石に届いて早々破くのはどうかと思ってな」


「……というか、貴方は一体何処の誰なのかしら」


「おお、悪い。俺は海原水面だ……えーっと、高校二年だ、……よろしく?」


「あらそう、まぁ、もう自己紹介したけど、如月美鈴よ。年齢は貴方と同じよ、海原君」


「私は癒月神那、美鈴と水面、よろしく。年、同じ」


「さてさて、親睦も深められたようですし、お話を前に進めるとしましょう」


エリスベルの一言で皆の視線が一挙に集結する。


「えー、水面さんの仰るとおり、此処が貴方方の認識上異世界である事は事実です。≪イリーガルノヴァ≫と呼ばれていまして、六つの大陸と数百数千の国家からなる巨大な惑星です」


「ちょっと待って。ごめんなさい、あまりにも話の展開が速すぎて理解が追いつかないのだけれど」


「まー、そうなるでしょう。少し時系列を追って説明しましょうか。まず、貴方方の下へ届いた一通の手紙、それは私自身が用意した巨大な術式システムの一環だったのです」


「それはどういう意味だ?」


「皆さん聞いたでしょう、術式展開ーとか、第一肯定クリアー、とか。あれはあの手紙、つまりは物体マテリアルに施した契約式━━要はあれをしたらこうなる、といった術式なのですが、まぁ、今回の場合は皆さんが手紙を≪破く≫ことで発動するよう契約式を組み立てましたので、≪手紙を破いたら契約式が完了≫するよう元より仕込んでおいたわけなのですよ」


「……すまん、俺は先程から何か根本的な部分がすっこ抜けてる気がするんだが…」


「はて、それは一体…」


エリスベルも思案顔を作り、説明の基幹となる部分の盲点を探し始める。

だが、数十秒もしない内に、あらぬ方向からその答えが投げかけられた。


「もしかして、魔法!?」


「あー!! 説明し忘れていましたね、これは申し訳ありません」


ぺこり、と効果音が出てきそうな勢いで腰を曲げる。

その言葉は一度は耳にしたことがあるが、一体今の現状を打開するに至る要素を持っているのか。

水面も美鈴も、いや、水面に関しては少しばかり違うが、美鈴は俗物的な観念を持ち合わせていない。


魔法が有象無象の比喩表現である、という格式ばった意味合いでしか受け取れないのだ。


エリスベルはその点も考慮してか、事細かに噛み砕いて説明を始めた。


「この世界、≪イリーガルノヴァ≫には≪魔法≫という技術が存在します」


「!!」


敏感に反応したのはやはり、神那であった。

目から輝きが零れるのではないか、という程その瞳には煌きが満ちていた。


「≪魔法≫が普及し始めたのは、約二十年前です。当時突如出現した巨大な樹木、今でこそ|≪ユグドラシル≫という名前こそありますが、当時は≪神聖巨樹≫なんて呼ばれて、偶像崇拝の対象になりまして。それとほぼ同時期に、≪魔法≫という技術が生まれたのです」


そう言って遥か向こうを指差したエリスベル。

釣られて三人共指差した方向へと視線を向けると、天を衝く勢いで生い茂る巨樹がそこにあった。


「な……!?」


「後々お話しますが、あの中には複雑な迷宮があります。その上近年その≪根≫が近隣諸国に猛威を振るっていまして……」


「≪根≫?」


「≪ユグドラシル≫は二十年経過した今も成長を続けています。根は急速に生え広がり、それと同時に吸収した栄養分を溜め込む仮借媒体、通称|≪タンク≫と呼ばれる小さな迷宮を生み出すのです。本物の比ではありませんが、それでも予備知識無しに突っ込んでは死んでしまう程度には危険なものなのです」


全く聞き覚えのない樹木の生態に、水面は━━いや、残る二名も絶句した。

樹が根を張るのは当然であるが、その根が迷宮を生み出すとは。本体の規模が窺い知れるというものだ。


エリスベルは御座なりではあるが、大体の説明を終えて、真剣な表情を一つ浮かべた。


「そこで、その点を含め、今後の生計を含め、未来・将来を含め、決断して頂きたいのです」


可愛いというより、綺麗と称する方が似合うのがエリスベルである。

鋭い眼光を携えた威厳のある態度、ごくり、と誰とも知れずに固唾を呑んだ。


「私と共に、あの≪ユグドラシル≫を攻略し、あの巨大な樹木を破壊してはくれませんか?」







◆      ◆      ◆







「全く、とんだ災難だな」


切り立った断崖に位置する神殿を後にしながら、ぼそりと水面が呟く。

水面ら三名を先頭に、後方で満面の笑みを浮かべているのは無論、エリスベルである。


「ほんとに……!!」


「脅迫、もしくは教唆、あるいは言質」


「い、幾らでも言っていいのですよ? もう、決まってしまいましたからねっ!」


じとっとした瞳で睨まれたエリスベルは、やや尻すぼみになりながらも、毅然とした態度を取った。


 結局、結論からして水面、美鈴、神那の三名はエリスベルの任務遂行の手助けをする事となった。ただ、そこに行き着くまでには多少の討論があり、無駄な労力を消費した上にまさかの下山。体力に自信が無いわけではないが、彼らとて別に好き好んで面倒な事はしたくないのだ。


「…まさか、帰る手段が無いだなんて」


「し、仕方がありませんでしょう…? この大規模魔術だって、その、私が頑張ってソロクリアした結果の恩恵ですし…」


「ぼっち乙」


「癒月、止めておけ」


「大丈夫だ、問題ない」


「いや、問題しかねえから!!」


水面の発言でエリスベルはひくっと頬を引き攣らせた。

神那は少し悪戯っぽく目元を細める。

美鈴に至っては最早呆れ果てて、何処か上の空だ。


━━呼び出すだけ呼び出しといて、帰る手段が無い。


その手段を得る為にも、迷宮を攻略しなければならない。

水面達は上手い具合にエリスベルの野望遂行に、人知れず一役買っていたのだ。


「てか、迷宮には魔物も出るんだろうし、何より≪魔法≫なんて使えないんだが」


居心地の悪い雰囲気から脱却すべく、水面は話題を強引に摩り替える。

神那も美鈴も、その点には興味があったのか、エリスベルに視線が集中した。


「大丈夫ですよ。貴方方には鍛えぬいた技があるじゃないですか」


「……え、何、それはつまり…お前らが暢気に後ろで魔法使ってる最中に、俺はあくせくと剣振り回して魔物を追っ払えとでも言うの?」


「お前ら……だなんて、そこの出来損ない風情と一緒にされるのは不愉快ね。こう見えて私、槍のスキルに関してはそれなりだと自負しているんだけど?」


「ちょっと待て、どういう状況だ」


「水面、美鈴、さらりと私をあんなのと一緒くたにしないで。私も戦える。殴るし蹴るよ?」


「……あの皆さん? 先程から私への風当たりが強すぎませんか…?」


「えーっと、つまり…」


水面はエリスベルを除いた二名を交互に見た。ついでにエリスベルの言は無視だ。

美鈴、神那、両名共に不敵な笑みと、言い知れぬ自信が見て取れる。

それを受けて、ややしょんぼりしているエリスベルに向き直る。


「…俺らが盾役、って事か?」


「盾、とは心外ですね。前衛職ですよ、前衛職。水面さんは剣、美鈴さんは槍、神那さんは拳、私は元より戦闘向きの≪魔法形態≫ではありませんから、皆さんの補助を買って出ましょう」


「…そう、か。いや、ならいいんだが」


先行き不安な感が否めなかったが、水面は少なからず安心した。

もしこれで水面を除く三名が後衛型の戦闘スタイルでは、流石に手に余る。


神那的な言い回しであれば、「物理で殴る」といった所か。


「魔物といっても、別に不死身じゃありませんし、魔法なんかより瞬間火力と殲滅速度の速い剣技とか、槍術とか、拳闘術でバコバコ削るほうが早いでしょう?」


「それなら、こっちの人間に頼めば良いだろ」


「━━それが出来れば、こんな事にはなってないでしょう?」


エリスベルの言葉を引き継ぐように、美鈴が言葉を繋いだ。

水面はその端的でありながらも、意味を集約させたたった一つのセンテンスに反論一つ出来ない。


「ええ。≪魔法≫の技術は確かに世界的な生活水準の向上、加えて≪ユグドラシル≫の出現によって≪ギルドシステム≫が形成されて、失職者の削減にも繋がりました。大きな国家では、貴方方と同じかそれより小さい年齢から≪魔法≫を学ぶ育成機関を設けていたり、と≪魔法≫無しでは生きていけない世界に徐々に変貌を遂げつつあります。その過程で、戦闘術は魔法一辺倒になってしまったのです」


「なるほどな」


エリスベルの少し寂しそうな表情は、何故だか無性に心に突き刺さる。

三名共同じような感情を抱いたのか、大して多くも無い口数は元の半分程度にまで抑制された。


そんな中、神那が流れを断ち切る為にこんな事を言い出した。


「それじゃ、私達も魔法、使えるの?」


先程の展開から察して頂きたいが、どうやらそういった空気を読めないのが癒月神那なのだろう。

水面は苦笑いを浮かべ、美鈴はそっぽを向き、エリスベルは━━━。


と、視線を向けると、そこには何故か満面の笑みを浮かべたエリスベルが居た。


「「(ええー!? もしかしてこいつ(あの人)、ドMなのか(なのかしら)!?)」」


美鈴と水面はエリスベルの新たな一面に驚愕した。

だが、どうやら結果として二人の考えは的外れだったようだ。


「んふふ、まぁ、勿体ぶるのもなんですし、ばばんと言っちゃいましょう!」


「うん…!!」


「貴方方に魔法は……!!」


「魔法は…!?」


神那の瞳に神々しい輝きが溢れる。

にこやかな笑みの裏に、やや禍々しい感情を時折見せるエリスベル。


そして。


「使え、ません!!!!」


━━━これより三日もの間、神那はエリスベルを居ない者として扱った。



エリスベルは≪魔術師≫ですが、他の方は≪魔法使い≫です。

後々、この違いについても説明していきたいと思います。

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