表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とびら  作者: 久乃☆
13/16

第十一話 幸せ

 数日後、敦のケイタイが鳴った。




『この間はごめんね。今夜、空いてる?』




 真央からのメールだ。




『空いてるよ』


『いつもの居酒屋で七時。今日は、私のおごりだよ』


『そりゃぁ、嬉しいね。で、体調はいいの?』


『お蔭様で、復活したわ』




 心なしか、メールの文面が弾んで感じられる。


 敦は嬉しく思いながら七時までには行くことを約束してメールを終わらせた。


 


 珍しく約束の時間に店に辿り着くと、真央が待っていた。




「珍しいわね、ちゃんと時間に来るなんて」


「せっかくのお誘いですからね」



 

 ネクタイを緩めながら、お絞りを手にする。

 

 注文をしながら、真央を見ると穏やかな笑顔を向けている。




「それで、この間ちゃんと話を聞かなかったから。夢の扉を開けたんだって?」


「あぁ、そうだよ。夢なのに、自分の意思が通用するところがさすが俺の夢だね」


「それは……凄いということで、扉の向こうはどうなっていたの?」


「白の世界」


「白の世界?」


「あぁ、真っ赤なバラの花びらが嵐の様に吹き付けてきたところで終わったんだけど。


二回目に見たときは白の世界だった」


「良く分からない」


「とにかく白いんだよ。今までは真っ暗だったけど、今度は真っ白なんだ」


「それはそれで嫌ね」


「まぁね」


「それで、その夢を見て何か起こった?」


「そうだなぁ……これといってはないな」


「やっぱり気にしすぎただけじゃない?」


「うん、でも。全く無いわけじゃない」


「どういうことよ」


「うん……」




 敦がつまみに手を伸ばしながら、一回目の夢を見たときのアクシデントについて説明を始めた。

 

それはどこにでもある、日常の話だった。




「ケイタイがさ、壊れちゃってね」




 そう言いながら、ケイタイをテーブルに置く。




「あら、新しくなってる」


「うん、前のヤツ液晶がボロボロになっていただろ。


これはもうだめだと思って、新しくしたんだよ」


「ふぅん、これって最新機種じゃない? 高かったでしょ?」


「俺も最新じゃなくてもいいと思ったんだけど、ポイントが溜まっててさ。


これ、買えたんだよ」


「良かったじゃない」




 真央がビールを口にする。




「あぁ、ラッキーだった。ところが」


「まだあるんだぁ」


「ケイタイが水没した」


「そりゃ大変だ」


「買ったその日に、水没だぞ」


「何でそうなったの?」




 隣の席に新しい客が通され、店内が大分にぎやかさを増してきていた。




「喜び勇んで友達に見せびらかそうと、飲みに行った」


「ふぅん」


「コイツはきっと、水泳がしたかったんだな」


「トイレにでも落したの?」


「そういうことだ」


「単なるドジ?」


「まぁ、そういえないことも無い」




 真央がため息を吐きながら、ビールのお替りを注文する。




「その後は夢見た?」


「あぁ、今日見たよ」


「真っ白?」


「うん」


「で、何か起こった?」


「いや、まだだ」


「っていうか、そのケイタイ事件は、”起こった”ことになるの?」


「微妙だな」




 真央が面白そうに横目で敦を見た。

 

 敦も又楽しそうに真央に視線を投げかけた。

 

 しばらく飲んだり食べたりしながらも会話が続いていたが、あまりの店内の喧騒に真央が店を変えようと言い出した。

 

 珍しいこともあるなと思いながら、居酒屋を出るとゆっくりした足取りで歩き出した。

 

 いつの間にか桜が満開の公園に来ていた。




「桜、綺麗だね」




 真央が桜を見上げて呟く。




「夜桜は特に綺麗だって言うけどね」


「これで屋台があったらいいのにね」


「屋台か、それもいいけど、どうせならおでん屋の屋台がいいかな」


「おでんだったら……」




 春風が桜の花びらを舞い上げ、音を立てた。




「え? 今なんて言った?」




 真央の唇が動いたのは分かったが、何といったのか聞こえなかったのだ。

 

 真央は笑いながら、「二度と言わないから良く聞いてね」と前置きすると、ゆっくりとちょっと大きな声で言った。




「おでんだったら、一生作ってあげるよ」




 敦の動きが止まった。




「それって、結婚してくれるってことか?」




 真央が笑って頷いた。

 

 徐々に喜びが体中を駆け巡り、喜びの噴火がタイミングを計ってやってきた。




「やったー!」




 思わず真央を抱き上げ、公園内で回転してしまった。




「敦、止めて。敦!」




 その声で我に返り、そっと下ろすと、じっと真央を見つめて「幸せになろうな」と言ったのだった。


 これが幸せというものなのだと、真央はしみじみと感じていた。

 

 二人の目が絡み合い、吸い寄せられる。




「キスする?」




 冗談のような本気のような真央の言葉に、大きく微笑むと敦が顔を左右に振った。




「しないよ」


「何で?」


「大事な人だからだよ。結婚するから、好きなようにするなんて勝手すぎるよ。俺は嫌だ」




 敦のこういうところが好感が持てるのだ。

 

 今まで三年間付き合ってきて、未だにキス一つ、肩の一つも抱かれたことも無い。

 

 一時期、自分に魅力が無いからなのか、あるいは敦が抱きたいと思える女性ではないのかと思い悩んだこともあったが。


 結局、それが敦のポリシーだと分かったときから、真央は安心して敦に寄りかかってきたような気がする。




「真央」


「うん?」


「いつ結婚する?」


「うーん……面倒だから、書類にサインするだけでいいかも」


「えー!」




 六月の花嫁に固執されるのも面倒だが、ここまで気にしないのも哀しいものがある。

 

 敦は情けない顔を真央に向けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ