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伯爵家の四男に生まれた俺は、寝てても勝手に家督が転がってくる長男と違い、いずれ自分の食い扶持は自分で稼がなければならない。
例え長男が何かの原因で死んでも次男がいる。続けて次男が死んでも三男が。その三男が死んで、ようやく俺が、と言いたい所だが、おそらく虎視眈々と我が家の財産を狙う叔父と従兄弟に、難癖を付けられぶん盗られるような気がする。立て続けに兄弟が死ぬのはおかしい、だとか何とか言って血味泥の家督争いにの後、呆気なく俺は死ぬか、身内殺しの汚名が漏れなくついてくる。
父?
基本的に自分に害が無ければ無関心。
母?
妹を生んだあとは役目を果たしたとばかりに愛人と別荘に行った。おかげで姉はともかく、甘やかす父親を止めれる者がいない妹は、とんでもない我が儘娘になってしまった。
長兄の隙を狙う次兄と違って、身内の骨肉の争いに嫌気がさしていた俺が家族に見切りをつけるのは誰よりも早かった。
そしてその他の名家の次男三男の定番をなぞるように、騎士への道を歩んだのである。
貴族の、それも伯爵家の息子たる俺が騎士になるのはそれほど難しくない。
一番手っ取り早いのが、伝を頼りに騎士の下へ騎士見習いとして徒弟奉公の後、十五の年の頃、その騎士の推薦で王立騎士団に入団するのである。
伝の無い、平民だとかは一般枠からの入団になるが、その入団試験がとにかく厳しい。
推薦ならば、試験も面談も一切なし、まさしく箔を付けたい貴族のボンボンのための措置であるのは言うまでもない。
十を過ぎたころで見習いに出され、俺が仕えた騎士は父親の知り合いという騎士だった。
父である伯爵とはそりが合わずに衝突ばかりしていた犬猿の仲だったらしいが、なにを企んだのか騎士の方から申し出たらしい。
俺がそれを知ったのは一人前になってからの酒の席で、なんでそんな相手の息子である俺を、見習いに引き取ったのかと聞いたところ、「あいつの息子を虐めたかったから」と傍迷惑な理由を言いながらゲラゲラと笑った。
通りで容赦がなかった訳だ。
さらに騎士は続ける。
「なのにこうして一緒に酒を飲んでるとか、あのイケ好かねーすぐに権力振りかざすボンボンの息子と。すぐに泣いて帰るぅって言うと思ったのによぉ、ととっ」
空になったグラスに酒を継ぎ足せば、「つまんねー、つまんねー」と言いつつもご機嫌に酒を飲んだ。
どうやら、それをダシに父親をからかう予定だったらしい。
そんな騎士だから当然、独身。本人は「モテすぎて選べなかった」と豪語しているが、間違いなく性格のせいだと俺は思っている。まったく、この人の優しさは人には分かりにくい。
そんな困ったオヤジでも、俺にとっては今では本当の父親よりも親父らしいし、また俺も本当の父親にするよりも、息子らしく孝行している。
当時は、もともと何もしなくても生まれが生まれなので、手順さえきちんと踏めば普通に騎士になれるはずだったのが、とんだ茨の道を選んでしまったと後悔したものである。その場合は間違いなくお飾りの騎士だったが。
しかし、王族の身辺を警護するにはお飾りでは話にならない。
理由はともかく、平民からの叩き上げ現役騎士にみっちりとしごかれた俺は、父親の身分も後押ししてトントン拍子に出世した。
騎士として、最も栄誉ある近衛騎士になったのである。
「そなたの護衛は謹慎させる」
「そ、そんな殿下、彼らは悪くありません! 私が抜け道を使って勝手に出たのです」
「わかっている。……そのほうが優しいそなたは堪えるからな」
そんな茶番劇の末に、栄えある近衛騎士だった俺とその同僚は謹慎処分となった。
え、なんだこれ?
思わず同僚と二人して顔を見合わせた。
ことの始まりは、立太子したばかりの若き王太子殿下がお忍びで城下に出た時の事だった。なんでも城下で面白い娘に出会ったらしい、という事だった。
それから殿下の不必要なお忍びの回数は増える。同僚とため息を付きながら護衛に勤めた。
決定的になったのは、その娘が実は男爵令嬢で、夜会に出席していた彼女を殿下が目敏く見つけてからだ。
殿下は周囲の反発もどこ吹く風、あれよあれよという間に彼女を城へと住まわせた。
周囲のやっかみが酷い彼女に、つけられる事になった護衛は二人。そのうちの一人が俺である。
途中で気配のしない部屋を不審に思った同僚と二人、意を決して部屋に入ったのが、このとんでもない1日の始まりとなった。
殿下から叱咤を受けるは、隅から隅まで令嬢を探し走り回るは、肝心の令嬢を見付けた時には別の男と笑顔で談笑してるは。怒鳴らなかった自分の自制心に、俺は手離しで喝采した。俺、えらい!
そんな顛末の、人生初の謹慎である。
「しかし、命じられた護衛対象を抜け道の存在を知らなかったとはいえ、城下までホイホイ脱走させてしまうとは、近衛騎士として何とも情けない」
「護衛には護衛対象の協力がいるんだなぁと、当たり前の事が身に染みたよ」
「うんうん」
「ホントホント」
と、謹慎を受けた者同士、近衛詰所で一杯交わしつつ友情を育んだ。
何事もなく謹慎期間を終えた同僚と違い、俺は反対に怒濤の日々を送る事になった。
家に呼ばれて久しぶりに帰ってみると、伯爵位を譲られたばかりの次兄が待ち構えていた。前々から王家に重用されていた俺に対し、腹持ちならぬものがあったらしい。魔族の首を取ったとばかりに、あれもこれもと引き合いに出され、あっさりと縁を切られた。
更には持ち上がっていた縁談も家に勘当されたと同時に白紙となった。
俺はあっという間に、家族と婚約者を失った。
職を失わなかったのが、不幸中の幸いである。
謹慎明けの俺に対し、同僚たちは一部を除き同情的だった。なにかと黒い噂の絶えない伯爵家の出だった俺は遠巻きにされていたのだが、これを期に同僚たちとの距離は一気に縮まったのである。
問題なのは、その一部。近衛副団長一派だ。
現在の団長は、当然ながら王から信頼厚い実力派の壮年の騎士だが、副団長は、公爵家の嫡男。王太子の従弟である。もちろん実力ではなく、コネである。団長の下で経験を積んでいずれは団長職を引き継ぐだろうが、今現在では完全にお飾りなのが現状だ。
その副団長一派の風当たりが少しキツイ。
噂では、公爵家の嫡男は例の男爵令嬢に惚れてしまったらしい。
そして彼女を危険に曝してしまった俺が許せない、と。
しかし、同僚も一緒に謹慎したのに、何故俺だけ目の敵? と疑問に思っていた所、謎はすぐに解けた。
男爵令嬢は迷惑をかけたから俺に直接謝りたい、と再三訴えているらしい。
あれ、同僚は?
その機会は案外、すぐに訪れた。




