種・その1 モノクロ少女
この世界は理不尽だ。
だって、そう思わないか?
努力した者が報われる?
そんなのごく僅かな事例だ。
逆に周囲の人は煙たがるのがオチ。
こっちは真面目にやってんのにさ。
あーぁ、ホントに不公平だよ。
大体、何で神様は世界を平等に作らなかったんだろう。
そうすれば、不幸な人もいなかったはずだし、皆幸せに暮らせるのに。
ね、こっちの方がよくない?
世界を創造すろ思考力持ってんのに。
案外神様ってのも間抜けなのかもしれないな。
……いや、人間の感情や動物、生きとし生けるもの全てをを作ったんだっけ?
人間は土からコネコネして作られたー、って何かの本に書いてあったし。
もしかして、わざと作らなかったとか?
ちぇ、じゃぁまんまと私はその策にハマってるって訳か。うん、そう考えた方が合理的。
あー畜生。自分で考えたのに、だんだん腹が立ってきた。
やめやめ。こんなこと考えるのはよそう。
どうせ、こんなことしたって、
私の元に幸せの使者が転がり込んで来る訳ないんだから。
☆ ☆ ☆
はぁー、っと少女─ユキは溜め息をついた。
学校の屋上に吹く春風は、突風と変わらない。彼女の腰まである髪は、風の遊び道具となっていた。
そんな中、彼女は何をしているのか。
──別に要件らしい要件は無いんだけどね。
整い気味の顔に無表情を張り付け、ユキは錆びて茶色になったフェンスに両腕をのせた。視線は意識をせずとも、下に行ってしまう。
今はヒルヤスミである。当然校庭では、沢山の児童達が、ジュギョウの鬱憤を晴らそうと夢中で遊んでいる。彼等の声は、屋上にいるユキの耳まで届いていた。
だが、彼女は羨ましがるどころか、
「うるせー……」
眉間にシワを寄せ、唸るように呟いた。
彼女は人混みが他の何よりも嫌いなのだ。
いや、正確に言えば、人間が嫌いなのかもしれない。
ユキだって、昔はこんな冷めた子供じゃなかった。いくら自分の肩身が狭くなろうとも、馴染もうと努力していた時代はある。
だが、いつからだろうか。そんな風に自分をねじ曲げてでも、他人と付き合うことが馬鹿馬鹿しく思えてきて、しょうがなかった。あの集団の中にいる理由が分からなくなったのだ。
だから、自分の本能に従って、彼等から距離をおいた。何にも執着せず、面倒なので表情を消した。笑うこと、泣くこと、怒ること、喜ぶこと全てだ。
しばらくすると、今までうるさいぐらいに周りにいたクラスメイトが、幼稚園からの友達が、担任の先生までもが、ユキから離れ始めた。誰も自ら、ユキと関係を作らないようになっていった。
ユキは完全に一人になった。
悲しい、とは思わなかった。やっとのこと解放された。そんな気持ちだ。
今、彼女はつい最近まで『友達』だった子供達を眺めるのではなく、見下ろしている。
そう、これが今の自分の立ち位置だ。
2度と変えられない、自分の選択の末なのだ。
──ま、変える理由もないけど。
嘲笑するような笑みが自然に浮かんだ。誰に向かってやっているのかは分からない。ただ、これが一番自分に似合う顔だと本気で思っている。
だがその笑みは、穏やかな温風とは程遠い、横殴りの旋風に消えた。
体の小さいユキはフェンスにしがみついて、これを耐えた。それでも突風は収まる気など毛頭ないようで、どんどん威力が増している。さっきまで見えていた景色が、土埃に埋まる。やれやれ、私はどうやら、天気にさえ疎まれる身の上らしい。
風が止んだ頃には、ユキは喋る気力すら流されていた。秋風に晒される落ち葉の気持ちが分かった気がする。大変だならあんたら。
グラウンドの児童達も同じ状態らしく、先程までの声が全く聞こえない。
そろそろ教室に戻ろう。あんなのは、出来ればもう食らいたくはない。
踵を返し、下の階へ続く鉄の(こちらも錆びている)扉と向かい合った時だった。
荒々しく、目の前の扉が人為的に開いたのだ。
ギイィイィィ!!と築30年のボロいドアが悲鳴をあげる横で、その寿命を縮めた張本人は、ニヤリと自分に負けないほど、嫌らしい顔を浮かべた。
「お前……こんな所に居やがったのか」
対するユキはあからさまに嫌悪感丸出しの顔で
「別に、私がどこで何をしようと、あんたには関係ないでしょ?」
と皮肉たっぷりの悪態とついでに白い目を投げつける。
ユキの目の前には、文字どおり、彼女が嫌と言うほど見慣れた少年が、仁王立ちしていた。
「で、あんた何しに来たのよ?」
「何って、お前を探してたんだよ」
「何で?」
「特に理由はない。」
10日程前まで15℃に届くか否かの日々で、どうやって焼けたのかは謎だが、小麦色の肌は健康的であり、短く刈り込んだ頭は野球少年のそれだ。
虫籠、網とセミの声が似合うであろうこの少年は、川名 篤人という。名前からして既に暑い。
ユキとは反対で、クラスの中心部に収まっている男子だ。
何故かは知らないが(知りたくもないが)、この少年は周りが放って置いてもただ一人、ユキに構ってくる。本当のことを言えば面倒だし、さっきの通り、心底ウザいと思っているのは相手も承知のうえだ。
ユキがこうして相手をするのは、このやり取りは暇潰しにもってこいだからだ。好意があって、などの感情からの行動ではない。その事を考えると、いくらユキが冷たいとはいえ、哀れだなーと思わないことはない。
自分の本心など露知らず、篤人は再びニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべたまま、こちらへ歩み寄ってきた。
「もしかして、また眺めてたのか?」
よっと、の掛け声と共にフェンスから乗り出すようにしながら、篤人はユキの隣でボヤいた。
「仲間に入れてって言えばいいのにさ。そしたら、こんなところでボヘーってしてなくてすむぞ?」
このまま突き落としてやろうかクソガキ。
頭の端で思ったが、しぶしぶその案は却下した。こんなことしたら殺人犯と変わらないじゃないか。
馬鹿馬鹿しい。
「もう、皆に合わせるのに飽きた。それだけさ。」
ユキは彼が現れ、まだ悲痛な叫びをあげ続けている鉄の扉へ足を進めた。
ドアノブに届きそうになったとき。
「ユキ!!」
篤人の声が響いた。
いつもなら無視するはずなのに、自然に手を止めて、後ろを肩越しに振り返る。何故自分がそんな行動に至ったのか。ユキにも訳が分からなかった。
篤人はユキの隣でしていたように、 フェンスから身を乗り出した体勢のままだ。
「皆、お前を心配してるから。」
普段、活発で無鉄砲な彼にしては珍しく弱気だった。それでも振り返らないと決めたのか、彼がユキの顔を確かめることはなかった。
「心配、ね……」
ユキはフン、と鼻をならした。
心配してるだって?冗談じゃない。
ユキは何も返さず、扉を抜けてその場を後にした。
ぼんやりとした、篤人を残して。