8――魔王サイド
勇者、と名乗る人間が幾度となく勝負を挑みこんできた。
その度に怨嗟の言葉を吐き出し、いかに魔王という存在が悪であるか。生きていけない命であるかという事を怨念をこめて吐き出す。
まぁ、当たり前だろうな。
特に利を得たいわけじゃなく、退屈しのぎに人界を半分程壊滅させたのだから。
「魔王様」
「……」
側近の魔族に珍しく物言いたげな表情で話しかけられ、俺は視線だけを軽く動かす。 人界や天界に攻め込む時さえも、こんな言いたげな表情は浮かべない。
「お客様がお見えになりました」
「……客? また勇者とかいう人間か?」
勇者はよく来る。
天界は人界程被害がないからなのか、俺の逆鱗に触れぬように魔界へ来る事はないしな。
「いえ……違います」
やけにもったいぶった側近の言い方に、俺の眉が微かにだが不機嫌そうに動く。
「女性……女王様です」
側近の言葉が、俺の耳に届いてからその意味を理解するのに、ほんの少しの時間を要した。
300年現れなかった女王。
俺の対であり、俺と肩を並べる存在であったはずの魔界の女王。だが、俺の力が強すぎるとかいうふざけた理由で、俺と同時に生まれなかったんだったな。
女王さえ生まれていれば、こんな退屈はしなかったのだろうか…?
そんな言葉が、幾度と無く脳裏を過ぎった。
その女王が現れた。
歓喜に、心が震える。
「そうか。女王か」
俺の、淡々としながらもその内に篭る感情に気付いたのか、側近たちが一斉に頭を垂れた。
「今回の神界への戦は無しだ。女王と遊ぶとしよう」
目に付くものもなくなってきた。
暇つぶしに、また神王と神女王と遊んでやろうかと思ったが、とりあえず保留にしておいてやる。
俺の対であるという魔界の女王。本当に、対なのか。それを確かめる方が重要だからな。
「女王様にはアスターニェが付き従っております」
「そうか」
「お供致します」
「許す」
普段は供など許しはしないが、女王と遊ぶにはあの側近が邪魔だ。そうなると、俺の側近をあてがった方がいい。
「適当に遊んでやれ」
俺の側近――キアースと女王の側近であるアスターニェの実力は互角。拮抗を保つ世界では仕方ない事。
「勿論です」
「……」
無表情を保ちながらも、何処か嬉しげなキアースを視界の隅に捉えながら、俺は地面につくような長い漆黒のマントを翻した。
負けない。けれど勝てない相手との勝負。
生まれてから初めてだ。
その時の俺は、今のキアースのような表情を浮かべているのか……さぁ、女王。試してみようか。