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スチャッとはりせんが宙をきる。
うん。振り回し具合はオッケー。調子はいい。どうやって測ったのかはわからないけど、私の手にこれでもかというぐらいに馴染むはりせん。
アスターニェに案内されながらたどり着いた魔王城の前で、私は腕を組んで城を見上げた。女王の城も広かったけど、魔王の城も広い。
小市民にとっては一生縁のない、場違いな場所。
けれど今日はそこに一歩足を踏み込み、魔王と対峙する。と思って気合をいれてみるけど、少し心臓がガタガタ言ってるかなー。
……どうしよう。色々とやばかったら。
頭の中で思い浮かべている魔王像といえば、RPGに出てきそうな感じの魔王。想像力が貧困とか言うな。多分、見た所美男美女が多いから、きっと魔王も美形だとは思うんだけどね。
だけど美形が全て目の保養になるかといえば、なるわけがない。
美形なのに目の保養から外されたアスターニェが私の後ろに控えているし。しかし、さっきから余裕だよね。アスターニェって。
魔王領の魔族からは何だこいつら?なんて眼差しを向けられているんだけど、それを軽く流している感じがするし。
「大丈夫ですよ。女王様に敵う存在はおりません」
「……魔王と引き分けだっけ? けど、力の使い方なんて知らないよ」
アスターニェの言葉に、首を横に振りつつも私の表情から笑みが消える事はない。小市民の心臓がガタガタ音をたててはいるけど、なんとなく安心感もある。
大丈夫。何とかなる、とかそういう女の感?
多分、女王だから、とかそういう単純な理由なんだろけど、どうにも害される気がまったくしないのよね。
「さぁ、行こっか!」
はりせんを振り回し、先を城へと向ける。
気合は十分。
書類の準備もおっけー。
さて、この詳細を聞きに行こうと足を踏み出した私のマントを、アスターニェが遠慮なく掴んだ。ズルリと転びそうになったのは私の所為じゃない。
おもいっきり後ろに引かれれば誰だって転びそうになると思う。
顔面強打の次は後頭部強打なんて洒落にもならない。私は重力に引っ張られる身体を、無意識に魔力で浮かせた。
それによって中途半端な体勢で宙に浮かぶ私の身体。
……魔族って空……飛べるんだ。
いやビックリ。
ちょっと憧れてたけど。
嬉しいけど。
浮かぶんだ。
「浮かびますよ。飛べない魔族はある意味希少でしょうねぇ」
「……」
人の感動をあっさりと打ち砕くアスターニェ。私が魔族の生態に慣れていない事は知っているのに、仕方ない女王様ですねぇ。何て嬉しそうに言いながら魔力で身体を浮かせる。
「……」
「どうかしましたか?」
どう見ても。角度を変えても魔力よね。宙に浮いてるのって…。
「羽で飛ばないの?」
蝙蝠の羽があるのに。
あぁ、でも。人を飛ばすにはちょっと小さいのかな。身長が180cm程なのに比べ、羽は広げたとしても50cmぐらい?
「もう少し形態を本性に近付けたら飛べますよ」
「…形態? 本性??」
「はい。それよりも魔力で飛ぶ方が楽ですが。慣れていますので」
「へぇ…」
やっぱ、見た目はほとんど人と変わらなくても魔族っていう種族なんだね。しみじみと実感しちゃった。
「…女王様」
「何?」
当初の目的を頭の片隅において、まじまじと蝙蝠の羽を見てたらアスターニェのちょっとだけ真面目な声が上から降ってくる。
そういえば、こういう真面目な声は珍しいかも。大体観察してるか、遊んでいるような声だけだったから。
「どうやら、女王様の魔力に呼応してくれたみたいですよ」
「……ん?」
私の魔力に?
「それって…」
ひょっとして。
と、言おうとして止めた。
階段を上がりきった場所に立っていた男性。
深い闇を体現したような男の人が、ただ口を噤んで私を見下ろしてた。
「魔王…」
まさかここまで出迎えてくれるなんて。
ちょっと、驚いちゃったかな。まぁ、やる事は何も変わらないんだけどね。