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案外リストはあっさりと渡された。元々手元にあったのか、それとも単に魔王の側近が頭を悩ませていただけなのか。
よくわからないけど、そんな事はどうでもいい。
気合を入れて腕まくりをしつつ、インク式のペンと紙を用意してもらう。勿論赤色のインクも用意済み。この紙は複製だっていうから、遠慮なく書き込めるね。
そう思ってリストの上からざっくりと見てみようと思ったんだけど、一行目から視線が釘付けになる。
何、これ?
いやいやちょっと待って。
「……これって」
羽ペンの先でクイッと一行目を指差す。ちなみに、あの蝙蝠の羽の偉そうな人は実際魔族の中じゃ偉いらしく、強制的に私の側近になった。名前はアスターニェとかいうらしい。
長いなぁ、と思うけど、私の身体に刻まれた名前の方が長いから何も言わないでおく。
人間、触れない方が良い事もあるって事で。
「それがどうかしましたか?」
「購入したの、先月なんだ」
「そうですね」
「魔族が、何に使うの?」
「さぁ。肩こりという人間が悩むものには無縁ですから。魔王様に聞いて下さい」
にこっと相変わらず無駄に色気を放つ艶やかな笑みで言い切る。しかし何でだろう。自分の中で脱観賞用容姿を果たしたアスターニェを見ていると、まったく心が揺れ動かないんだけど。
気分は触るな危険という感じ。
第一の側近だから毎日会うみたいだけどね。
「無縁なんだ。肩こり体質だったから嬉しい…じゃなくて、じゃ、次」
一行目はマッサージ機。異世界購入。
二行目はぶらさがり健康機。やっぱり異世界購入。
「ですから、魔族には無縁の…」
「もぅいい。次」
「女王様。人の話しは最後まで聞くべきですよ。でないと…」
「でないと何?」
「泣いてしまいますよ?」
小首をちょっと傾げて、輝かしい笑顔で言い切られた。
……非常に腹がたつのはなんでだろう。
「泣け。喚け。そして庭掃除でもしてろ」
思わず感情のままに、背景におどろおどろとしたものを背負ったまま言い切る。すると、アスターニェは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたけど、次の瞬間には愉悦を交えた表情へと変わる。
その変化は何だ?
まったく良い気はしないんだけど何でだろうねー。
「やれやれ。此度の女王様は口が悪い。塞いでしまいますよ…?」
愉しげに。本当に心底愉しげに顎をクイッと人差し指で持ち上げられ、ものすごくアスターニェの顔が近くなる。
「………庭のカエルとでもしてなさい」
数時間前まではうっとりするような観賞用美形だったのに…。
今は背筋に悪寒が駆け抜けるような対象になってしまったような。ちょっと勿体無い気もするけど、要因……敗因?はアスターニェの性格だろう。絶対。
「あぁ、本当に女王様は楽しい程口が悪い」
「それよりも、三行目のお取り寄せグルメって何? 魔族の食事は人と一緒?」
というか、異世界が好きね。本当に。
「つれないですねぇ。まぁ、今回はいいでしょう。
その件については種族ごと、でしょうか。人の食事も食べれなくはないですよ。好みさえ合えば。ただ魔王様、女王様については鉱石から発せられる魔力が一番の食事だという話しは聞いた事がありますが」
「へぇ…」
「保管する呪があるから、女王様が心配するような腐らせる――という事はありませんよ?」
「まぁ、腐らせるのも心配だったんだけどね。数が多いから」
尋常じゃなく。寧ろ買い物中毒患者だろう。魔王様というヤツは。
「側近に配ったんじゃないですか?」
「お歳暮か……そんな気遣いをするタイプ?」
それだったら、まだわからなくもない。と思っておこう。うん。私の心の平和の為に。そしたらちゃんとアスターニェが答えてくれましたとも。
満面の笑みで、心底嬉しそうに。
「いいえ。今の魔王様がそんな気遣いが出来るような方なら、天地がひっくり返っておりますよ」
「………へぇ」
その素敵笑顔。
無性にはりせんでぶん殴りたい。
美形なのになー。何でだろうねー。アスターニェだからかなー。