26
街を発展させましょう。
店はここ。道路はこうやって作って、民家も増やしましょう。消防署や警察署。治安にも関係あるからバランスよく街づくりをしていかないと、後々困ります。
昔やった街づくりのゲームを思い出してしまった私は、きっと悪くない。書類の文字の羅列を見ながらそんな事を考えた。コンビニに始まり、ショッピングモールやらなんやら。出店。拡大。洋菓子店、和菓子店。日本料理やら中華やら。ついでに電化製品を買うなら的な店の名前もある。
ここって日本じゃないのかな。ないんだよね。だって魔界だもん。
それでも馴染みのある店舗の名前に、頭を抱えたくなる。キィラが日本製品を沢山買っていたし、パソコンなんかもある。電気が通っているっていうのはわかったけど、ここまで地球化が進んでいるとは思わなかった。思い描いていたファンタジーの世界のイメージが、ガラガラと音をたてて崩れ落ちていく。
なんだろう、現実って。
あぁ、これが現実なんだよね。
赤字工場の事務所で、一生懸命仕事をしてた。今も女王として仕事をやろうとはしているけど、何もかもが違う。備品がなんといっても最新のものがズラリと並ぶ。
これって高いよね。パソコンやコピー機を見て思う。他にも色々とあるけど。持ってきたコーヒーメーカーは異彩を放つ事はなく馴染んでいる。後でカフェオレを淹れようかな。
それとお菓子の入った籠。これについては地球でもおなじようなお菓子ではあるけど、どうなんだろう。考え出したらきりがない。段々と慣れていくとは思うんだけどね。
馴染み深い電化製品が山ほどある執務室だから。
使い方もわかっているし。そんな事を考えながらパソコンを起動し、キーボードとマウスの位置を使いやすい場所までずらす。配置はこうかな。
たかが数センチだけど、これが結構大きい。
キーボードをわざわざ見たりはしないしブラインドタッチは、工場の誰もが出来た。自分の手に馴染む位置にキーボードを置かないと、押しミスをするんだよね。
「女王様は手馴れているんですね」
私がさっき見ていた事に気づいたのか、アスターニェがカフェオレを淹れてくれたらしく、マグカップからは湯気が立ち上っていた。あぁ、美味しそう。甘い匂いが鼻腔を擽る。うん、飲もうかな。折角いれてくれたし、喉も渇いたし。
カフェオレとお菓子をテーブルの上に置いてくれたアスターニェにお礼を言いながら、私は両手で包むようにマグカップを持つと、一口喉へと流し込む。
温かな甘みが喉を通って、身体全身を包む込むように暖めてくれる。これだけでほっとするって、自分では自覚がなかったけど疲れてたのかな。
確かに精神はガツガツと削り取られていたような気はするけど。なんといっても生まれて始めての戦闘というものを体験してしまったわけだし。
疲れて当たり前なのかもしれない。そんなふうに思いながら、アスターニェが用意してくれたお菓子にも手を伸ばす。とりあえずクッキーみたいなものを手に取り、それを齧ると同時に衝撃を覚えた。ものすごく美味しいクッキーだったのだ。甘みもサクサク加減も、私の好みピッタリ。
高級な味がするけど、あえて値段は聞かない。100円ショップで買ったクッキーも好きだけど、時々贅沢をする為に買う一枚幾らの高いクッキーも大好きだったりする。奮発するのは年に数回だけだけどね。
「美味しいね。アスターニェも、はい」
個別包装されたクッキーを、アスターニェにも渡す。すると、アスターニェは受け取ったものの、一向に食べようとはしていないから、首を傾げながら問いかけてみた。すると、答えはあっさりとは返ってきたんだけどね。
「別にいいよ。私一人じゃ食べきれないし。甘いの苦手だった?」
私専用のお菓子だとかなんとか。
お菓子は皆で食べたほうが美味しいよ。一人で食べるのもなんとなく抵抗もあるし。私の表情がわかりやすかったのか、アスターニェは観念したように袋をあけてクッキーを食べだした。
特に嫌そうな顔もしていないし、本人も嫌いじゃないって言ってたしね。
「それでさ、アスターニェ。随分地球化──人間が住んでいる星ね。それが進んでいるような気がするんだけど、私の気のせい?」
私の疑問に、アスターニェは一瞬考えるような素振りを見せたけど、その後はいつものくえない笑みを浮かべて、ゆっくりと、けれど簡潔に説明してくれる。
「便利だからですよ。魔力の干渉は可能ですが、電化製品は魔力の干渉が起こると不具合がおきます。わかりやすく便利で魔力は温存出来る。
まぁ、元は魔王様の買い物から始まりましたが、今では標準ですよ。これぐらいは」
「へぇ」
元はキィラからの買い物からなんだ。
リストを思い出してしょっぱい表情になっちゃったけど仕方ないよね。あの買い物はすごかった。リストが何処まであるのかつっこみたくなるぐらい、大量に買ってた。
あぁ、ハリセンでもう一回か二回ぐらい叩いておけば良かった。怖くて出来ないけど。
女王としての生まれたての私と、300歳のキィラでは経験値が違う。魔力は同じといえども、経験の差というものは中々縮まらないものだ。
だから仕方ない、なんて言う気はさらさらないけどね。後でアスターニェに相談する気ではいるけど。でも何がきっかけで流行るかわからないものだね。
脳裏に浮かぶのは、相変わらずキィラの買い物リストだ。
「魔王様の買い物も、ある意味新たなものを見せてくれましたから。退屈でしたし、興味を持つのも当たり前だったのかもしれません」
言葉を付け足すアスターニェに、へぇ、とだけ返した。
とりあえず、他に言う言葉が見つからない。確かに電化製品は便利だ。魔力がどういった事に使えるのかを、完全に理解出来てないから尚更そう思うのかもしれないけど。
もう一枚クッキーを食べて、カフェオレを飲む。少し冷めちゃったけど、それでも美味しい。
なんていうかつっこみ所がありすぎてどうしようか悩んでしまった書類に、もう一度目を通し始める。頑張れ自分。赤字工場の過酷な事務員だった頃の仕事を思い出すんだ。
現場のフォローの為にサービス残業だってした。
辛かったけど、それが今役にたつかもしれないんだ。
そう自分を奮い立たせる。
地球のものが流行っているのは逆にありがたい。そう思う事にして、書類に目を通していく。
ファンタジーの世界という事をあまり考えなければ、このラインナップはありなんだろうなぁ。まぁ、シミュレーションゲームは思い出すんだけどね。
そんな感じで次々に書類に目を通しながら、アスターニェにも相談する事は忘れない。最終的には地図を持ってきてもらい、説明を受けながら判を押していく。
建設計画なんて、外を見た事のない私がわかるわけがない。だからこの辺りはアスターニェに頼るんだけどね。魔力が馴染んだ頃には外に連れて行ってもらう気が満々だけど。
ちょっと楽しみなんだよね。それって。
随分地球化が進んでいるみたいだから、ひょっとしたらイメージとのギャップで頭を悩ますかもしれないけど。そんな事を考えつつ、一日分のノルマである書類を片付け終わった。
今まではアスターニェがメインでやってたみたいだから、特に問題もなく引き継げたと思う。これがどう結果に現れるのかはまだわからないけど。