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思いの他ぐっすりと眠ったなと思いつつも起き上がれば、誰もいませんでした。
「……うん。そういえばこうだった」
ぐるりと部屋を見回し、自分のものとは思えない程の豪奢な飾りで彩られた品のある部屋に、一体いぐらかを想像するのも恐ろしいぐらいの寝心地の良いソファー。
それらをうにうにと指先で押しながら、私は息を吐き出しつつも状況を整理する。
寝落ちしたら夢でした、が一番理想的だったけど、どうやら夢ではないらしい。
混乱しつつも、言葉を吐き出したら少しだけ冷静になれて、そしてアスターニェはいなかった。寧ろいなくて良かったな、なんて思いながら、ソファーから立ち上がる。
なんだろう、この手触りの良さと弾力。
弾む感じでありながら、しっかりと身体を受け止めてくれるソファーの寝心地は、癖になる程ヤバイ代物だ。ベッドもものすごく寝心地は良かったけど、このソファーも負けず劣らずといった所。
あまりの寝心地の良さに、そんな事を考えてしまった。思考をお馬鹿な方へと持っていこうとしているって自分でわかっちゃう所が、余裕がないのかどうなのか。
色々とあって、というかそんな気分だ。
忘れようとしても忘れられない、私が持っている記憶。
でも、今はそれに深く触りたくはない。まだ立てなくなる。受け止めきれない。それがわかっているからこそ、奥へ奥へと押し込めた。
私自身は勿論、誰にも触れられたくない記憶。
理由も何もかも考えずに、ただ奥へと押し込んだ。
「さて、と」
自分に気合を入れるように、腕を上げると同時に背筋を伸ばす。コキコキと音はならなかったけど、気分的には固まっていたものが解れたかのような錯覚を覚えてスッキリとした。
今も誘惑の手を緩めないソファーから離れると、アスターニェを呼ぶ前に一応乙女?の心得として、洗面台でチェックをする為に場所を移動する。確認に時間はかからない。なんといっても鏡に映るのは抜群に可愛過ぎて美少女過ぎてどうしようもない容姿を誇る、魔界の女王様。まかり間違ったとしても、目が半眼だったり、目やにをつけるなんて事はない。天然睫毛が凄いな。シミもそばかすも何もかもがない、純白の肌。
キィラもそういうのはなかったよね。
天使の輪が出来てたし。
なんと羨ましい体質なのか、魔族というのは。キィラには劣るけど、キィラの側近のキアースもアスターニェも、文句なしの美形だったし。タイプは違うけど。
この子も傾国の美女になるのは約束されているような美少女っぷりだし。
言葉で讃えるのが難しい美少女ってこんな感じなんだね、と鏡の中の少女が笑った。笑ってもびゅーてぃほー。あぁ、間抜けな声を漏らしたけど、その声さえも可愛いって死角なし過ぎるでしょ。なんてそんな事を言ったらついつい笑いが漏れてしまった。
むむ。どうやらちょっとテンションがおかしいぞ。
冷静になる為に、冷蔵庫から飲み物を取り出し、それをいっきにあおる。酒ではないただの清涼飲料水。冷蔵庫が普通にあるのは違和感を感じるけど、キィアの買い物リストを見れば、そういうものなんだと納得も出来た。便利だからいいし。あぁ、ついでに顔を洗って、これまた触り心地の良いタオルで水気をとる。
ここに、化粧水なるものは存在していない。
つまりは必要がないって事なんだと思うけど。
しかし、何もかもが高級感たっぷりで、どうしよう。いつ頃慣れるのかどうか。
本当に謎だわ、なんて漏らしながら、傍らに置いてあるハリセンを手にとった。純白に金の縁取りが美しいハリセンも、高級感たっぷりだ。
ハリセンだけど。
これがとんでもない攻撃力を発揮する。お供に欠かせないマイハリセン。
折角だから名前を付けようかな。
真っ白だから真白ちゃん。
なんて単純な名前の付け方だろうか。
いいんだ。単純で。いいじゃないか真白ちゃん。可愛くて。
「よろしくね、真白ちゃん」
キィラを張り飛ばした時のように、どんどんと叩き飛ばしてね。そんな思いを込めて、真白ちゃんを撫で撫でと撫でまわす。これも手触りがものすっごく良いんだよね。一体何で出来ているのか。
キィラを叩き飛ばしても、キィラの攻撃を受けても無傷な真白ちゃん。その材質が気にならないわけでもなかったけど、言われてもきっとわからないだろう。
だからいいかと、真白ちゃんを置こうとした時にソレは起こった。
いきなり真白ちゃんが輝きだしたのだ。なにこれファンタジー!? 年甲斐もなくテンションが上がりまくる。この一日で十分過ぎる程ファンタジーは経験したと思っていたけど、どうやらそれは勘違いだったらしい。眩すぎる光を放ちながら、真白ちゃんはゆっくりとその形を変えていく。
膝まである真っ白なゆるふわな髪。
目は金に縁取られた紅玉の輝きを放つ。
しかもその身体はナイスなボディ。ボン・キュ・ボン。まさしくそれ。
同性としても羨ましくなるような抜群のスタイル。
つり目がちな瞳は自信に溢れ、口角を上げて微笑を浮かべる美女。
迫力が半端ないけど、この一日で随分と耐性をつけた私は、声には出さない程度の驚きで済んだ。たった一日。されど一日という事を心底理解した。
けれど、その後が問題だった。
突然現れた傾国な美女さんは、何故か膝をつけたのだ。流石にそれには吃驚して、わたわたと所在なさげに両腕を動かす。
「お姉さんちょっと待って立ち上がって下さい!!!」
とりあえず先に立ってもらわなくては。
私がそういえば、お姉さんは騎士の挨拶のように私の手を取り、うっとりとした恍惚の表情を浮かべて私に向かって言葉を紡ぎ出した。
「初めまして。私のアリアフィナール様。
私は真白です。我が君。我が主よ」
なんとっ。
真白が人化?しちゃったよっっ。
これって魔界の日常茶飯事なの!?