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魔界の女王のお仕事という事で、一体何をやるんだろうと思っていたら、普通のお仕事だった。内心身構えていた事が徒労に終わったけど、それはそれで良かったと思う。
何処の街に何を作るとか、魔光石と呼ばれる石を取る為の発掘場をどうするかとか。
基本的に報告書を読んで、印を押すだけ。
種族毎に治める土地があって、そこのトップが私に報告書を提出する。女王はここにいるだけで国を安定させる。それがメインのお仕事らしい。
うーん……暇。報告書だって種族のトップがまとめて作成したものだから、女王がアレコレ言う事ってないんだよね。
それぞれの街を見て回ろうかな。そうすれば街の特徴も解るし。ガッツリと資料を作れば、報告書の内容も解ってくる。印を押すだけの仕事でも、内容を理解出来そうな気がする。
先にそうした方がいいかなぁ。なんといっても、300年間の間、女王が不在でも大丈夫だった国だし。つまり、それぞれの統治者がしっかりしていたんだよね。そう思うと、キィラの所も治安が悪いとは思えない。行く時は見る余裕がなかったけど、帰りにちょっと見たら女王領の所と大差があるようには見えなかった。
聞くだけでも、数十回戦争があった国なのに。
ちなみに、キィラの国はカナディアル。私の国はランドディア。長ったらしい名前の最後に国名がついてる。
種族毎で街を作り、それら全てを纏めたものを国と呼ぶ。
……あぁ、そういえば、魔界に攻め込まれたわけじゃなく、攻め込んだんだっけ。魔王が強いと、その国の魔族も強くなるらしい。
規格外の魔王の元で暮らす魔族の人たちは、すごく強かったんだろうと思う。
戦争の資料を読みながら、そんな事を考える。
それにしても、子供の癇癪って本当に手に負えない。この300年間でキィラがした事って、買い物と戦争だけじゃない。
溜め息を吐き出したいのをグッと堪え、私は目を通し終えたキィラに関しての資料を机の上に置いた。これは天界の人たちと1回話し合いの場を設けた方がいいのか。天界はまだ話し合う余地はありそうだけど、人界は無理っぽいなぁ。
天族は魔族と同じで、余程の事がない限り、死なないらしい。
核がある限り再生するとか。
だから実質、死亡者は0だったのか。
それに比べて人界はねぇ……。
戦争の末路を知っている私としては、これは笑えるわけがないし、今更話し合いが成立するとは思えない。
私がいる限り攻めません──…という私の言葉を、信じる事が出来るのか。正直に言って、無理だと思う。
これだけ被害者がいるとなると……ね。それに伴い、その都度召喚された異世界の勇者。
私はそこで思考を止めた。
魔界の女王だけど、精神はまだ地球にある日本という国の国民なんだ。自然と眉間に皺が寄るけど、その瞬間皺の寄った眉間をアスターニェが人差し指で抑え付けた。
「女王様にそんな表情は似合いません」
何?とばかりの視線を向ければ、そんな事を言われた。
アスターニェってこんな表情も出来るんだ。吃驚。ただの変態かと思ってた。
「女王様。今、失礼な事を考えていませんでしたか?」
「何も考えていないですよ」
どうして心の中の事が解るの?何て余計な事は言わずに、軽く返事を返した。
「……」
「そうそう。アスターニェ。報告書に印を押すのも大切な仕事だとは思っているんだけど、折角だから自分の目で街を見て回りたい。報告書だけ読んでも、引き継いだ記憶がないから分からないし」
話を変える意味もあったけど、これは元々言おうと思っていた事を言う。
「街を……ですか?」
少し困惑したアスターニェの表情と声。どうしたんだろう。
「うん。現場を見なきゃ解らないし」
そうして赤字を見つけたんだ。狭い工場だったから、皆で見つけて赤字を減らしていった。今回は赤字発掘の旅じゃないから気が楽だし。
「そうそう。先日も聞いたけど、1ヶ月の女王の給料って幾ら?」
聞いたのは2度目だったのに、その言葉にアスターニェは持っていた書類をばらまき、何故か床と仲良しになっていた。
え……と。何か変な事を言ったでしょうか??
アスターニェをツンツンと突いてみるけど反応はなし。自分よりも体格のかなり良いアスターニェを、魔力でも運ぶのが面倒だったからそのままにしてみた。倒れたのなら布団をかけるけど、立ったままだったから特に必要ないかな。
でも邪魔だなぁ。どうしよう。他に誰かを呼んだ方がいいのかな。アスターニェの対応に困りながら、私は溜め息を吐き出した。