14──アスターニェ視点
魔王様が笑った。女王様は知らないが、今まで魔王様が笑った事なんて1度もなかった。
側近のキアースも驚いた表情を隠しもせず、魔王様を見つめていた。その気持ちは解る。女王領の私ですら驚いた事だ。魔王領のキアースが驚かないはずはない。
貴方は何者ですか?
…と、生まれたての女王様に聞いてみたい。歴代の女王様の記憶は全く受け継いでいないのは、何も知らない様から何となく解っていた。それでも女王様は私が仕えるべき相手なのは間違いない。
凍り付いていた魔王様の心を溶かした女王様。
女王様にしか溶かせなかった魔王様の心。あっさりと溶かしてしまったが。魔王様の心はそう簡単に溶けるものではなかったはずだ。300年間独りでいた魔王様。女王領にいる私達は勿論、魔王領のキアースにも手も足も出せずに、魔王様の気晴らしの為だけに戦争を仕掛けていた。
それだけ、魔王様の闇は濃かった。誰にも、何も出来ない程に。
清々しいまでに魔王様の空気を読まずに突っ込んでいった女王様。流石です。それしか言えなかったというのが本音ですが。
魔力の使い方も知らずに無傷で済んで、尚も魔王様に問いかける。今までにない事態に、誰もが言葉をなくした。
「じゃあ指きりしましょう」
…暴走中でしょうか?
それとも空耳でしょうか?
まさか本気で言って……。
「小指をこうやって、嘘ついたら何にしよう」
「嘘をついたら?」
「そうそう。私を通さずに買ったら、お城の掃除でもする?」
「城の掃除か…」
「それでいい?」
「あぁ。アリアを通さずに買ったら、だろう?」
「うん。嘘ついたらお城の掃除。指切った」
「こんな約束方法があるんだな」
「口約束だけどね。破ったら必ず掃除してもらうけど」
「わかった」
……本気で言ってましたか。どうしましょうか……。
キアースに視線を向けたら顔面蒼白でした。そうでしょうね。
私も吃驚し過ぎて、何を言えば良いのか。ここはあえて無言を貫きましょう。キアースの縋るような眼差しを向けられていますが、勿論無視です。
お願いはしませんが、私を巻き込まないで下さい。すると、キアースの眼差しが段々と座ってきました。その眼差しの意味する所は、『お前の所の女王様だろうが。そろそろ止めろよ。後々俺は何を言えばいいんだよ』と押し売りの如く強い眼差しを向けられました。
そうですよ。私の所の女王様ですよ。
個性的で面白いですよね。羨ましいだろうと視線を返せば、更に険悪な眼差しが返ってきた。
キアースも中々やりますね。流石実力は私と拮抗する魔族です。
ただ、魔王様も女王様も、どちらも個性的過ぎるのは間違いないです。
魔王様の買い物癖も相当なものですよ。その魔王様に約束を破ったら掃除しろ──という女王様も負けていませんけどね。
このまま放置していると、私にまで火の粉が飛びそうな気がします。どうしましょうか。正直、私にも女王様を止められる自信は全くありません。
寧ろこの場でとめたほうが実害がありそうな気がするので、もう少し見ていてもいいんですけどどうしましょうか。
「一応ここにサインしてね」
「うむ」
…サインですが。やはりしっかりしてますね。
「そっちでも保管しててね」
複写付の紙でしたか。それ、何処に持っていたんでしょうか。それとも魔力で作り出したんでしょうか。恐らく後者だと思いますが。
「うむ」
「ん。それじゃあ今日は帰るね。またね」
「…あぁ、また、な」
…今、魔王様……デレっとしませんでした?
ちょっと頬を赤く染めて……。
え? これはなんていうか。乙女ですか? 魔王様がそっちですか?
「よし。アスターニェ。帰ろう!」
そして女王様はこうですか……。