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「流石は対、というべきか。まさか俺が吹き飛ばされるとはな」
無傷で戻ってきた魔王の邂逅一番のこの台詞。どれだけ好戦的なんだか。
しかしまったく話しが進まない。それどころか、このままで行くとカーンと第二ラウンドの鐘がすぐさま鳴ってしまうのは火を見るより明らか。
それより先に私はというと、ハリセンをビシィィっと効果音が聞こえそうな程勢いよく魔王へと突きつけた。
勿論、魔力は込めていない。そんなものを込めようものならば、自分で開始の合図をしてしまうようなもの。そんな怖い真似なんてしたくはない。
「ほぅ。やる気だな」
だから声を弾ませるのはやめてください。
怖いから。
物騒だから。
平和で行きましょうよ。ソレが一番でしょいいよね平和って!
じゃっかん頭が混乱してきた感も否めないけど、私は好戦的な魔王の言葉を右から左へと流すと、ハリセンと同じく大事に持っていた帳簿を瞳の前へと突きつけた。
ハリセンよりも近い位置に。
「なんだこれは?」
魔力で攻撃をしかけるわけでもない私を訝しんだ魔王は、帳簿を即座に消し炭にする事はなく、ただの数字の羅列を見て微かにだけど首を傾げる。
「なんだって、貴方の無駄遣いの記録です」
「…俺の?」
「このリストに心当たりがないとでも?」
なんでしょう。
その初めて見ますよ的な表情は。
「ないな」
まさかなぁ、なんて嫌な予感がした私の耳に、魔王のあっさりとした言葉が届く。実にあっさりとし過ぎていて、思わず聞き返しそうになった私は至極真っ当な精神のはずだ。
「ん? もう一度言ってごらん?」
けれど聞き取り調査をした所、おそらくこれに間違いはない。つまり、魔王でさえも覚えていない無駄遣いの数々。
ただ買っただけ。それだけの話で魔界を赤字財政に追い込んだと?
そんな思考にいきついた私は、頑張って笑顔を形作る。
頬がぴくぴくと引き攣っていたけど、その辺りはご愛嬌。この身体は美人さんだから、こんな引き攣った表情もきっと綺麗なはずだ!
鏡は見ないけどね。
「……だから俺は」
「ん?」
「そんなものに」
「そんなものに?」
にっこにこと表情全体で浮かべる笑顔。
でもなんでだろう。ちょっとこめかみの辺りがピクピクするよね。
「…そんなものには……」
心当たりはない。
その一言が口から吐き出される直前、私の笑顔が更に濃くなった。
「………仮に、俺が買ったからどうだというんだ?」
何故か魔王は、口元を引き攣らせて逆に私に尋ねてきた。
仮をつける所がなんというか。セコイというか、危険を感じ取ったと褒めるべきか。
「赤字」
けれど、感覚はおかしい。
赤字をそのまま放置しておかないでよ。
ギリッと苛立ちのまま奥歯を噛み締めてみれば、どうしてか魔王が一歩後ろへと下がる。
「魔界の赤字の歴史を、どうして魔王が知らないのかな?」
けれど距離が離れた分を縮めるように、私は突きつけていたハリセンを下へとおろし、その代わりとばかりにもう一冊帳簿を魔王へと突きつけた。