桃姫
ーーこの話は、あなたが知ってるようで知らないおとぎ話ーー
ランプの精霊・ジンは、木こりの娘・アンの料理修行の旅に付き合わされています。そんな二人の旅に、剣の腕が立つ家出姫・ローズと、眠ったままの王子・アクアの心が入ったシロネコを加え、河辺で休息していました。
「アンの作る料理は旨いな。こんなあり合わせで美味しいもの、城のコックでもなかなか作れないだろう。凄すぎるよ」
ローズがそう言うと、アンは真っ赤になりました。
「お前、まだ褒められ慣れてないのか?」
ジンが呆れた調子で言います。
「“美味しい”って言葉は、何回言われても嬉しいものなの!」
アンは、少し頬を膨らませます。
「それに、ジンは一度も“美味しい”って言ってくれたことないしね」
「そうなのか? だったら、この精霊は味覚障害だな」
「何だと!? 俺はグルメなんだよ! アンのためにも、簡単に“美味しい”なんて言えるか!」
ローズとジンは睨み合います。この二人、何だか似ているところがあるな、とアンはぼんやり思いました。
そんな中、「モラハラ」とポツリとアクアが言ってましたが、皆聞こえてないようです。
「アクア様のお口にも合いましたか?」
「私も、ローズ姫と同じように、アクアと呼んで下さい」
「わかりました!」
「それと、私も素直に、とても美味しいですよ」
「……ありがとうございます!」
「おいおい、王子様もかい? もっと、食を極めた方がいいぞ」
「それも良いですね。ですが、私はここ何年も、鼠や鳥を生でしか食べていなかったので、とても手料理が嬉しいのです」
アクアは爽やかに言いましたが、三人はギョッとしました。
「あっ、ジン! 何か川から流れてくる!」
アンが指差す川上の方から、大きな桃がどんぶらこっこどんぶらこっこと流れて来るのでした。
「でっかくて、みずみずしい桃だな!」
ローズが桃を引き上げ、アンの前に置きます。早速アンは包丁を出しました。そして、振り上げます。
「ちょと待て、アン! 何か、嫌な予感がするから慎重に……、ゆっくり上の部分だけ割ってくれ!」
ジンの発言にアンは不思議そうにしましたが、言われた通りに割りました。
すると、中には小さな美しい女の人がいました。
4人はポカンとしました。
「わらわは、この地域に住む鬼を懲らしめに月から遣わされた姫である」
小さな女の人は、桃から出ると、たちまち人の大きさになりました。
「さて、わらわは腹が減っておる。きびだんごを所望する。持ってまいれ」
「はあ? きびだんごですか?」
アンが首を傾げると、女の人は呆れたようにため息をつきます。
「なんだ、知らぬのか?」
「調べてきます!」
アンはハッとし、ジン達が止める暇もなく、慌てて駆け出しました。
近くの民家に行くと、優しいおじいさんとおばあさんが作り方を教えてくれ、台所を貸してくれました。
アンは早速作っただんごを渡します。
「だんごとか、今まで見たことも聞いたこともなかった……」
姫はだんごを口に運びます。
「うむ。これはだんごとしては不味いな。こんなもの、わらわに食べさせるとは……」
アンの顔が青ざめます。
「おい! 桃姫! アンは、初めて作ったんだぞ! 得体の知らないお前のために!!」
ジンは怒鳴ります。
「……今、何と言った?」
「は?」
「桃姫と? よくも、そんなセンスのない名前を!」
「桃から出てきて、姫と名乗るんだ! 桃姫で充分だろ!? だいたい、何様のつもりだよ! アン、行くぞ!」
怒っているジンを見て、ローズは微笑みました。逆にアンは、ジンが怒っているのに、不思議そうです。
「待て、猿」
「猿!?」
ジンは桃姫を振り返ります。
「それと、雉」
「私のことか!?」
「お前は犬だな」
「いえ、猫ですが?」
「これから鬼退治に行く、わらわのお供の任につかせよう」
桃姫の言葉にまたしても、4人はポカンとするのでした。
桃姫は、歩き出しました。ジンとローズは放っておく気でしたが、アンがその後をついていこうとするので焦りました。
「アン、そんなやつ放っておけよ!」
「うーん。それも考えたんだけど、どうしても、ちゃんとしたきびだんごをマスターしたいから、桃姫には無事でいてほしいんだ。鬼退治って、危険なんでしょう?」
「別に、こいつじゃなくてもいいだろう? 俺が食べてやるよ」
「いや、だって、この人が食べたいって言ったんだよ?」
ジンはため息をつきます。
「……。わかったよ。じゃあ、俺達がついてくから、お前は戻ってくるまでに完成させろ!」
ジンの提案に、ローズとアクアは驚いていたが、何も文句は言いませんでした。
「よくぞ言った、猿! 娘、期待してるぞ」
桃姫はそう言って、ジンとローズとアクアを連れて、鬼ヶ島に向かいました。
一行は鬼ヶ島に着きました。
「なぜ桃姫は、月からこの鬼ヶ島の鬼退治に来たんですか?」
アクアの問いに、桃姫は不敵に笑います。
「月で少々罪を犯して、罰として鬼退治になったのだ」
「退治する鬼は、ここの鬼と決められてたんですか?」
「いや。だが、鬼ヶ島には確実に鬼はいるだろう?」
「ここの鬼は悪さはするんですか?」
「鬼だからしてるんじゃないか?」
いい加減な征伐に、三人は言葉を失いました。
「おや? いらっしゃい! この鬼ヶ島に、お客人なんて珍しい!」
赤鬼が、鍬を持ってやってきました。
「ここはオイラ達が、畑を耕してるだけで何にもねぇ田舎だが、ゆっくりしていってくれ。向こうには、茶屋もあるからな」
赤鬼はニコニコしながら、示した方には畑を耕す鬼達と、それにじゃれつく犬や小鳥達がいて、とても平和そうでした。
「出たな、鬼! 征伐……」
「ストップ! これ、ただのイジメだから!!」
刀を抜こうとする桃姫を、三人で抑え、鬼ヶ島から急いで出ました。
鬼ヶ島から出ると、もうすっかり辺りは暗くなり、月が出ていました。すると、月から宙に浮く牛車がやってくるのが見えました。
「姫、お戻り下さい」
牛が言いました。
「長老達が反省しております。姫を地上に降ろしたら、地上の者に多大なる迷惑をかけると……」
「まったくだよ……」
ジンはため息をつきました。
「申し訳ありません。さあ、姫! 一刻も早く……」
「嫌じゃ」
桃姫は言い切ります。ジン達はウンザリした表情をしました。
「桃姫、早く帰られた方が……」
「だって、あの娘がわらわのために、きびだんごを作ってくれているのだろう? それを食べてから帰る」
牛は不思議そうにしていましたが、ローズは苦笑し、ジンは真面目な表情でうなずきました。
桃姫達が戻ると、アンはきびだんごを完成させていました。
「さっき作り方教えてくれた、おじいさんおばあさんにも協力してもらっちゃった! さあ、桃姫、今度はお口に合うでしょうか?」
桃姫は一つ食べると、満足そうにうなずきました。
「旨い! よくやった! 礼を言うぞ」
桃姫はそう言って、アンから残りも奪い取って、さっさと牛車に乗り込み、月へ帰っていきました。
アンは首を傾げます。
「あの人、なんだったのかな?」
「さあ? お月さんでの罪人らしいが……。それにしても、食い意地のはった奴だな。まあ、とにかく良かったな。旨いって言ってもらえて」
アンはうなずきます。
「次は、ジンに言ってもらわなきゃね」
ローズがそう言い、ジンは慌てます。
「アンを天狗にさせないために……」
「少しは、桃姫の素直さも見習った方が良いかもしれませんね」
「王子さんまで?」
「うん。ジンに美味しいって、言ってもらうのが私の目標なんだ!」
アンは晴れ晴れした表情で、歩き出しました。




