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便利だから作っているだけです。──説明書の通りにお使いください  作者: 白瀬 いお


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9/13

第9話:書きやすくしたいので

※本作は連作短編です。

どの話から読んでも成立します。

 紙を重ねた状態で筆記した時、下の紙に筆記跡がついてしまったり、裏面にくっきりとした凹凸がついてしまうことが、小さなストレスとして感じてしまう者もいる。

 スライムに転生してから、好奇心の赴くままに便利さを求めた結果、自作の紙やノートブックを製作してきた彼女は正にそのような性格をしていた。


 筆記面に不要な凹凸があると、書き心地にも大なり小なり影響を及ぼす。

 前世では使いやすい道具を当たり前のように扱ってきた彼女であるからこそ、小さな不便というものに意識が向いてしまうのかもしれない。

 地下工房の棚に半液体状の格好でへばりついていたスライムが、どろ、と流れて床へと伝う。


「やっぱり、下敷きは欲しい。ノートに書くなら尚更。筆記体で書くと、裏面に凹凸がつきにくくはあるけど、でもゼロじゃないし。見た目もちょっと悪いしねえ」


 床を這って部屋の中央にある作業台に近づき、崩れたゼリーのような姿から薄ら色の着いた透明な円柱へと姿を変え、呟いた。

 スライムには口も声帯もないため、周囲の空気を震わせているだけなのだが、彼女にとって独り言は思考整理の一環なのだろうということが窺える。


 作業台の上には新品のノートブックが数冊積まれており、近くに鉛筆と消しゴム、つけペンとインク瓶が置かれていた。どれも、彼女が自作したものだ。

 体から細い触手が複数伸びて、器具棚と素材棚へと向かう。しかし、戸を開いたところでぴたりと動きが止まった。


「……下敷きって、プラスチックでできていたわよね? でもそんなものないし、作り方も知らないし。うーん……あ、そういえば、硬い下敷きよりちょっと柔らかい……ソフト下敷きだっけ? そっちの方が書きやすかったような気がする。プラスチックは無理でも、ソフト下敷きっぽいやつなら、工夫次第でなんとかできそうだし、そっちの路線でいきましょう」


 自身の体の一部を硬くしたり、柔らかくしたりしながら呟いたあと、一人で納得したのだろう、頷くようにスライムの上部が揺れる。

 再び動き出した触手が、器具と素材をいくつか取り出し、作業台の上へと並べた。

 素材として置かれたのは、彼女が自ら鞣した革が六種類と、そのコーティング剤として使用できそうな液体が五種類。


 化学薬品の入手がほぼ不可能であり、かつ生の皮を保存する技術もない中で、試行錯誤しながら作り上げたお手製の革。

 それをそっと撫でてから、触手で革をカットし、体の中へと取り込んだ。続いてコーティング剤も触手から吸い上げ、圧を強める魔術を施行しながら、革へと染み込ませる。

 スライムの中で一気に乾燥までを行い、作業台の上へと置く。同時に三十通りの試作品を作り上げた彼女は、その上に紙を乗せて筆圧を変えながら鉛筆とつけペンを使い、実際に筆記して、その結果を別紙へ実験記録として書き留めた。


 しかし、革にコーティング剤を浸透させるというやり方では、彼女が望むような革下敷きを作ることはできなかった。

 それに対して不満をこぼすでもなく、想定内だというような様子で、淡々と次の作業へと移る。

 浸透させてダメなら、表面に塗り重ねを行う。それも上手くいかなければ浸透させた上で塗り重ねをし、コーティング剤の配合を変え、素材ごとの残存魔力量に合わせて込める魔力量を調整し、革の厚さも変えた。

 ──だが、彼女が満足できるほどのものには、中々届かない。


「うーん……、革はできるだけ下敷き向きっぽいのを選んだんだけどなあ。別な革を試す? いや、生の皮を仕入れるには時間がかかるし、かといって自分で狩るのも無理だし。それに、この革たちも全くダメってわけじゃないのよね。惜しいところがあるっていうか……もう少し、粘ってみよう」


 触手が持ち上げた試作品の革下敷きは、表面が硬く滑らかすぎてむしろ書きにくくなってしまったものと、硬さは程よいものの表面の凹凸が目立つせいで文字がガタガタになってしまうものだ。

 どちらも同じ革を使っているが、コーティング剤と加工方法が異なっている。性質が全く違うコーティング剤二種は、少量でも混ざると小規模な爆発を起こすので、混合して使うことは難しい。


 顔のないスライムから表情を読み取ることはできないものの、ぷるぷると小刻みに表面を震わせたあと、平坦ながらもどこか楽しそうに聞こえる音で呟く。

 六種類のうち一種類の革だけを残し、他を素材棚に戻した。どのコーティング剤を使った場合でも、革下敷きに適しそうな革は、この一種類だけだったためだ。

 コーティング剤は、既に作っているものを使用するのではなく、一から調合することを選んだのだろう。容器に入った分は素材棚に戻して、その素材となるものを代わりに作業台へ置いた。


 革──雨穿牛(あまうがちぎゅう)の皮を鞣した雨穿革は、油よりも水への親和性が高い。そのため、コーティング剤も自然と水性のものか、同じく水への親和性が高いものが中心となる。

 彼女はどんな素材でも所持している、というわけではないため、限られたものの中で試行錯誤をしていった。

 小数点以下でのグラム調整だけでなく、混ぜる回数や速度を変えたりと、ひたすらに試行回数を重ねて実験記録を取り続ける。


 少しずつ候補を絞っていき、行き詰まってはまたコーティング剤作りからやり直して、また吟味するという地道な作業を重ね──やがて、作業台の上には三枚の革下敷きが乗るのみとなった。

 鉛筆書きに適したものと、つけペン書きに適したもの。そのどちらでも使えるが、特化型に比べると少し物足りないもの。

 この三枚を作るまでに積み上がった失敗作と、実験記録を書き留めたノートブックの山が床を埋めつくしている。


「やっぱり、どんなペンや鉛筆にも適した下敷きは作れなかったなあ。もっと色んな素材があれば、もっと良いものが作れるんだろうけど……そうなると、生産コストも馬鹿にならないしね。下敷きは消耗品だから、替えること前提って思えば、まあ、良い出来かな?」


 革下敷きの失敗作と最後のページまでぎっちりと埋まっているノートブックの隙間を縫って広がるスライムが、ふるふると揺れた。

 人間ならば上半身を机に預けるように、体の半分を作業台にでろん、ともたれかけた彼女は、小さく「下敷きの改良は、どこかの誰かが勝手にしてくれるでしょ……」と力なくこぼす。

 疲労を感じないスライムの体であるものの、その姿は疲労困憊といったように見えた。


 それほどまでに気力を奪った革下敷きを触手で持ち、パタパタと自身を扇いでいるので、風に吹かれた水溜まりのように、スライムの表面が波打つ。

 今うちわ代わりに使っているつけペン用革下敷きは、紙の裏面へ凹凸がつかないギリギリの柔らかさがあり、力を入れずともインクがきちんと紙に乗るので、長時間の使用に向く。ただし、速記には適さない。

 対して鉛筆用革下敷きは、表面が程よく硬く、滑りが良い。紙が引っかかりにくいので、消しゴムを使う際に皺ができにくく、比較的速記にも適性がある。ただし、手の疲労蓄積を軽減できる効果は薄いので、長時間の使用には適さない。


 長所と短所がはっきり出た二枚の中間に位置する残りの一枚は、つけペンでも鉛筆でも使用することができるものの、目立った良い点がないため、無難に落ち着いた。

 つけペンと鉛筆のどちらも使用するという場合は、この革下敷きが一番適しており、三枚の中で最も速記に適性がある。

 しかし、つけペン用革下敷きで鉛筆を、鉛筆用革下敷きでつけペンを使わえないわけではないので、最終的には好みによるだろう。


「ノートに記録取る時は鉛筆用、それを纏めて清書する時はつけペン用を使おうかな。どっちも使えるやつは……暫くお蔵入りね。いつか日の目を見ることもあるでしょう、多分」


 半液体状に広がったまま、触手がつけペン用革下敷きに清書用の紙を置き、別の触手がつけペンを握って纏め作業と取扱説明書の作成に取りかかる。

 生の皮の鞣し方から、使用した素材の名称、量、取り扱い時の注意点、配合、作業手順など、彼女が自分で決めた書式で書き連ねていった。

 最後に革下敷きの処分方法まで書き終えて、つけペンの先からインクを吸い出し、べしょん、と片づけておいた床に広がる。


 三日後、人間の女性へと擬態した彼女は、地下工房の上に建つ立派な屋敷の貴賓室で、屋敷の主である王国交易監査伯へ三種類の革下敷きとそのレシピ、そして取扱説明書を差し出した。

 伯爵は興味深そうにそれらを受け取ると、ゆっくり表面を撫でて、他の革製品とは異なる手触りを楽しむ。


「スライム様、これはなんでしょう? まるで薄い木の板のような……この見た目は、雨穿牛の革ですかな」

「そう、雨穿牛の革で作った下敷きよ。紙の下に置いて使うの。テーブルの上で書くより書きやすいから、おすすめ。青い方がつけペン用、薄緑色の方が鉛筆用、薄灰色のがどっちにも使えるけど、特化型よりは書き味が劣るもの」

「紙の下に、ですか? 不思議な道具ですね。ですが、少しでも書き仕事が楽になるのなら、有難いことです。何せ毎日のこと、手が疲れてしまいますからな。何にせよ、一度使わせて頂きましょう」

「ええ。四代目くんの一存で、誰に渡すかも決めていいわよ。作り方も渡しておくから、好きな工房にでも製作を割り振って頂戴」

「よろしいのですか?」

「取扱説明書もセットで売るのなら、貴方の良いようにして良いわ。これ、作るの疲れるし」

「ははは、なるほど。歳ですかな?」

「あ、そういうこと言うんだ。お嬢さんに教えちゃお」

「……妻に伝えるのはどうかご勘弁を、あねさま」

「よろしい」


 その後、スライムお手製革下敷きは、〝筆記補助用下敷き〟──通称革下敷きという名で、王国交易監査伯愛用のノートブックと共に王侯貴族から重宝されることとなる。

 革下敷きは、製作工程の複雑さから熟練の職人を必要としたため、長らく王国交易監査伯領の特産品として扱われた。

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