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便利だから作っているだけです。──説明書の通りにお使いください  作者: 白瀬 いお


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第12話:課題、追加

※本作は連作短編です。

どの話から読んでも成立します。

 契約において重要なのは、双方が信用を保つ努力を行い、契約内容の遵守をすることだろう。

 個人間の口約束だとしても、そしてその内容がどれだけ些細なことであろうとも、契約を破るという行為は、信用を失墜させる──積み上げるには難く、失うには一瞬なのだから。


 前世では、雇用契約から賃貸契約、給与受取用の口座開設における契約など、様々な契約を当たり前に行ってきた彼女にとって、契約書の控えを保管するというのは、当たり前の行為だった。

 しかし、スライムに転生した今の彼女が暮らす王国では、契約書の原本は領主が保管することとなっており、契約者双方にその写しが渡されることはない。

 契約内容の確認をしたければ、原本を提出する前に、自身で書き写しておかなければならないのだ。


 後々、契約を破った破ってないの言い争いになると、領主へ契約書原本の確認申請を出し、どちらの言い分が正しいのか、裁判で争わねばならない──時間も費用もかかるため、基本的には立場が弱い方が泣き寝入りすることになる。

 では、事前に契約内容を書き写して置けば良いかといえば、それでも争いは起きる。

 契約書の内容を手書きで書き写さなければならないので、誤字や脱字があったり、片方が勝手に契約内容を書き換えていたりということがあるので、結局は裁判沙汰になるのだ。


「一々裁判起こして、契約書の原本確認して、ってのが手間なのよね。時間もかかるし。うーん、複写式用紙、作ってみようかしら。コピー機作るより現実的だし、契約内容の改竄もしにくいでしょう」


 裁判記録を纏めた紙を触手で捲りながら、溜息を吐く代わりに体の表面を震わせ、スライムは独りごちる。

 つい先日、取引先の商会が契約内容を破っていたことが発覚したものの、「うちは契約を破っていない」と相手側が言い張ったため、一歩も引かない彼女は、商会と揉めた末に、裁判を起こした。

 結局、契約書の原本を確認した結果、彼女の言い分が正しいことが証明されたため、取引を白紙に戻した上で、賠償金請求をすることで決着が着いた。


 商会側も意図して破ったわけではなく、契約書を写した時の誤字と脱字のせいで起こってしまったことだったが、彼女から商会へ対する信用が地に落ちたのは仕方のないことだろう。

 冷たい石床をずるずると這い、スライムは部屋の中央にある作業台へと移動する。

 半液体状から固めのゼリーのような固形に姿を変え、みょん、と縦に伸びると、器具棚と素材棚へと触手を伸ばした。


「ただ、複写式用紙って、ある程度の筆圧かけながら書かないと、意味ないのよね。しかも、控えは二枚要るし。いっそ印刷した方が早い……ん? 印刷?」


 棚を漁っていた触手が、ぴたりと動きを止める。

 スライムの体内が不規則に蠢く姿は、何かを考えるために思考し続けているようにも見えた。

 やがて「そうよ、それで良いのよ」と平坦な声ながら、どこか弾んだ様子で彼女は体を揺らす。


「コピー機は無理でも、版画みたいなやつならいけるじゃない? 彫刻刀で彫るんじゃなくて、鉛筆っぽい形のペン先で表面に書くと、裏面がそれに合わせて凸凹になる。そこにインクをつけて、判子みたいに紙に当てれば写る、みたいに」


 当初の目的であった、複写式用紙からズレたところに思考が着地しながらも、スライムがぽよんぽよんと跳ねている様子から、突破口を見つけたのだろうということが分かる。

 実験記録用ノートブックに鉛筆の先端を走らせながら、素材棚から(つづ)の木の樹液が入った瓶と、貝の一種である水棲花塊(すいせいかかい)の外殻を取り出した。

 スライムお手製消しゴムを製作する際に使用した材料であるこの二つは、混ぜ合わせると天然ゴムに似た弾力を持つようになる性質がある。


 花弁のような形をした水棲花塊の外殻を砕き、乳鉢で粉末状にする。一定の速度で乳棒を動かすことで、青色の綺麗な粉が出来上がった。

 同時に、別の触手が消しゴム製作時の実験記録を引っ張り出して、材料比率と混ぜ合わせる際の工程のページを開く。


 消しゴムとして作った際は、成形後も摩擦で削れるくらいの柔らかさになる配合だったが、今回は削れてしまうというのは不都合になるだろう。

 彼女が求めているのは、表面に文字を書くと裏面に凹凸ができ、それを判子のように紙面へ押し当てることで、印刷に似たことができるようになることだ。


 水棲花塊の粉末を続の木の樹液へ混ぜ、配合比率を調整しながら、薄いシート状に伸ばしてゆっくり水分を抜くと、一見水色の下敷きのようなものが出来上がる。

 配合を変えたとしても、必ず当てたペン先が沈むので、下敷きとしては全く使えないものだが、今回に限っては都合が良い。


 出来上がったものから順に、表面へ適当な一文を書き、裏面にどの程度の凹凸が現れるかを確認する。

 裏面の凹凸が浅すぎてもダメ、表面のペン先にかかる抵抗が強くてもダメ、そのどちらも合格点に達していたとしても、紙に転写する際に凹凸が平らに戻ってしまってもダメ。

 成形時の厚みを変えたり、新しく繋ぎとなるような素材を追加してみたりと、スライムの触手はいくつもが器用に動く。


 時々ボール状に成形したものをぐにぐにと揉み、「あ、これゴムボールみたいな感触」と脱線しつつも、彼女の感覚では版画に近いもの──言うなれば、版画もどきの製作へと戻る。

 失敗作が詰まった木箱が三箱、部屋の隅へと積まれている──だが、彼女が求める結果には中々辿り着かない。


「うーん、使用後凸凹を平らにして、また再利用……っていうのは欲張りすぎたわね。改竄防止を考えると、後々書き加えができないように形状固定する方が良さそうだし、そっち方面で試作を続けましょうか」


 失敗作の一枚を触手で摘み、ぴろんぴろん、と揺らしながら呟く。

 再利用が可能であることが良いこと、というのは、あくまでも彼女の前世での話──改竄防止という観点で見れば、不変であることの方が、余程良いことだと考えたのだろう。

 スライムの端っこをリズミカルに動かす姿は、顔がなく表情は窺えないながらも、楽しそうに見えた。


 一度失敗作と切り捨てた試作品を、木箱の中をひっくり返して、もう一度仕分ける。

 固形にならなかったもの──失敗、木箱行き。

 シート状にはなったものの、かなり厚みのあるもの──失敗、木箱行き。

 弾力がありすぎて凹凸を作れないもの──失敗、木箱行き。

 少し厚めではあるものの、くっきりと凹凸ができるもの──再検討、作業台行き。

 厚みは少ないが、できる凹凸も浅いもの──再検討、作業台行き。


 三箱分の再仕分けを行った結果、再検討品として作業台の上に乗ったのは、二枚の試作品だけだ。

 だが、彼女はそれに対して不満を抱いている様子はなく、むしろ妥当である、と言わんばかりに縦に揺れる。


「六法全書並の厚いやつで嵩が増してただけで、試作品の量自体はそんなになかったわね。そういえば、この国にも六法全書みたいなのあるのかしら? そのうち王城の資料館へ忍び込んで……じゃなくて、まずはこっちだった。薄いのと厚めのやつねえ、薄い方は書く時に力がそんなに要らないけど、凹凸も浅いのは微妙。厚い方は書く時に力が必要だけど、凹凸は深い」


 ふるん、と大きく揺れてから、「よし、良いとこ取りしましょう」と方針を決めた。

 実験記録の中から、再検討品の配合や製作工程を綴ったページを探し、この二枚の配合比率を上限と下限に定めて、その中間の配合比率で再度試作品作製へと取りかかる。


 さほど時間がかからず、彼女が望むものに近い結果が得られた。

 程々の厚みがあり、速記はできないものの強い力がなくても背面にくっきりとした凹凸ができる、版画もどきの水色の板──手触りやペン先を置いた時の感触は、柔らかなゴム製品に近い。


 次に取りかかったのは、形状固定させるための薬剤作りだ。

 続の木の樹液と水棲花塊の外殻の性質から逆算して、湿布することによって固めることができる素材を選べば良い。

 これについては、十七回目の実験で成功したため、特に紆余曲折や試行錯誤はなく、彼女もまた感慨はあまりなさそうに見えた。


 自作した革下敷きとも違うそれを、彼女は満足そうにぴらぴらと振った後、作業台に置く。

 鉛筆型の金属ペンを触手で握り、版画もどきに適当な一文を書く。

 この金属ペンを使うことで、つけペンを使用するよりも、抵抗が少なく、くっきりと凹凸がつけることができる──つけペンは、紙への筆記に特化しているので、当たり前ではあるのだが。

 裏面の凸がきちんとできているのを確認してから、固定化薬剤の湿布に移る。


 馬の鬣から作られた刷毛で、塗りムラがないように裏面へ湿布。三十分ほど放置すると、十分に乾燥する。

 表面への湿布はしてもしなくても良いので、薬剤の節約のため、彼女は裏面だけに塗った。


「よーし、あとはこれを判子の要領で……あ、スタンプ台、ないや。いや、バカでかいスタンプ台とか、あっても邪魔だしそれは良いんだけど。うーん、普通のインクでもいけるかしら?」


 裏面の凸部分に触手を使って筆記用インクを乗せ、作業台に置いた紙へとゆっくり板をひっくり返す──が、インクがボタボタと落ちてしまったため、判を押す前に紙を汚損してしまった。

 筆記用のインクは、スタンプ用インクよりも粘度が低い。そのため、代替品にしようにも、こうして垂れてしまう。


 こうなることを予想していたのだろう、「あー、まあ、そうよね」とだけ呟き、スライムの上部は縦に揺れる。

 前世でスタンプ台のインク補充を何度もしていた彼女は、粘性の違いについても、専門的な知識はないものの、知ってはいたのだ。


「これは、あれね。スタンプ用インクを作らなきゃ、使い物にならないわ」


 使用済み実験記録用ノートブックを纏め、製作手順書を作製しながら、「スタンプ用インク、要開発」と書いた付箋を版画もどきの板へと貼る。

 契約書の控えを入手するまでの課題が、一つ増えた。

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