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便利だから作っているだけです。──説明書の通りにお使いください  作者: 白瀬 いお


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10/11

第10話:予定を確認したいので

※本作は連作短編です。

どの話から読んでも成立します。

 やるべきこと、やりたいこと、やらなければならないことが多いほど、先々の予定を上手く組み立てる必要がでてくる。

 前世では経理事務員として働いていた彼女にとって、日付単位、時間単位で行うべき業務を把握しておくことは、当たり前であり必要なことでもあった。

 しかし、スライムへと転生してからは、予定を立てて仕事をするという必要がなくなったため、スケジュール管理からは自然と離れている。

 便利なものであっても、生活の中で必要としなければ、その存在ごと忘れてしまうというのは、珍しいことではないだろう。


「この国、カレンダーがないのよね。前世に比べて人の移動も連絡も、即時にできるものではないから、厳密なスケジュール管理は必要ないんだろうけど。でも、四代目くんがスケジュール帳持ってたら、様になるんじゃないかしら」


 とろみのついた水が坂をゆっくり流れ落ちるかのように、水平の床を蠢き移動するスライムは、体の周囲の空気を震わせ、そう呟いた。

 四代目くん──王国交易監査伯の現当主である四代目の顔を思い浮かべているのだろう、声は平坦ながらも、ふるふると小さく揺れる姿は、どこか楽しそうにも見える。


 半液体状から硬めのゼリーのような固形へ形を変えながら、床を這って部屋の中央に備えられている作業台へと移動した。

 石造りの地下工房の真ん中で、みょん、と上部を伸ばして円柱のような姿になったスライムは、思考しているのか、メトロノームのように左右へゆっくりと揺れる。

 暫くしてぴたりと動きを止めると、体から触手を何本か伸ばし、器具棚と素材棚の戸を開けて、試作に使用するものを取り出していく。


「スケジュール帳に使うのは、紙とカバー、インクよね。フォーマットはどうしようかな……細かな時間管理は執事や従僕がやってるだろうし、見開きで七日区切り? マンスリーよりウィークリーの方が、説明も楽そうなのよね」


 器具と素材を作業台に並べながら、「月間計画とか年間計画って、ほぼないも同然みたいだし」と呟いた。

 きちんと計画を立ててから動くことが重要だった前世とは違い、季節と天候によって柔軟に動きを変えなければならないこの国では、むしろ細かな時間管理は無駄でさえある。

 スライムに転生した彼女にとっても、基本的に詳細な時間確認や実験計画を必要としていなかった。それは新しい人生──スライム生を謳歌している証とも言えだろう。


 紙の素材を全て体の中へと取り込み、スケジュール帳の素体となる無地のノートブックを作成した。紙を綴るのではなく、初めからノートブックの形に成形するため、この時点で厚みとページ数が決まる。

 慣れた動きで、ページ数の異なる無地のノートブックを五冊作成し、作業台の上側へと置いた。

 手前のスペースには、表紙に〝実験用メモノート〟と書かれたノートブックを開いて置くと、鉛筆を持った触手が、スケジュール帳のフォーマット案をいくつも書いていく。


「覚えている限りのフォーマットを書き出したつもりだけど……正直、手帳系って毎年同じものを買ってたから、あんまり詳しくないのよね。結局色々冒険するより、使い慣れたものをリピートするのが一番だったし。何より使ってたの、マンスリーだったし。うーん、どれが良いのかしら」


 ノートブックの見開き一面に書き出したフォーマット案を眺めるような格好で、スライムは独りごちた。それから、「誰にでも合うフォーマットって、ないのよね」と続ける。

 地下工房を無音が満たす。呼吸音さえない部屋の中で、すっかり動きを止めていた彼女が、ぐにゅん、と体の上部分を作業台から持ち上げた。

 試作品に使用するものが決まったのだろう、細い触手が、いくつか並んだフォーマット案の中から、五つに丸をつける。


 基本の形はどれも同じで、左ページに四日、右ページに三日プラス一日分のメモスペースがあるものだ。

 いずれも一時間単位の目盛りはつけず、一日を二等分する線を引くだけに留めた。細かな時間管理よりも、ざっくりとしたものの方が、この国の貴族にとっては使いやすいだろうという配慮なのだろう。


「原型はこれで決まり。使ってるうちに、自分たちで最適化していくでしょ。さーて、あとは……曜日って、この国にはないのよねえ。七日ごとに休息日があるから、うーん、月曜始まりの形で良いかな。曜日は書かないで、休息日の日付だけ赤にすれば分かりやすいわよね?」


 独り言をこぼしながら、先に作っておいたスケジュール帳の素体を一冊引き寄せた。

 元々開いたらほぼ水平になるノートブックを流用しているものの、みょん、と伸びた触手がページの左右をしっかりと押さえ、ページが真っ直ぐになるように調整する。

 同時に、他の触手が薄青灰色のインクが入った瓶と絹糸を用意し、絹糸をインクに浸してからピンと真っ直ぐに張って、そっと紙面へ乗せた。


 角度を変えて線を引き、水分を抜いて乾燥させたらまた引く、という動きを繰り返して、五十ページ分の枠線を引いた。

 彼女の前世とは異なり、一年は三百五十日なので、それに合わせて月と日付をひたすら書いていく。休息日にあたる日は赤いインク、それ以外は黒いインクに色分けされているので、視認性も良く感じた。


「うん、かなり順調。こんなにサクサク進むの、いつぶりだろ。あとは空白ページをどうするかだけど、スケジュール帳っていったらメモスペースが要るわよね。愛用してたやつには冠婚葬祭のマナーだかなんだか書いてあったけど、あれ、結局必要だったのかしら? 少なくとも、これには要らないでしょう。なら、もういっそ全部メモスペース。案外あると便利だし」


 腕の代わりに触手を組み、上部を縦に振ってから、ページ数の異なる五冊をパラパラと捲る。

 ほとんど即決といった速度で選んだのは、三冊目と四冊目だった。一冊目と五冊目は、作業台から下ろされ、紙系の失敗作入れになっている木箱へと収められる。


「一冊目はページ数足りなくてスケジュール帳って呼べないし、二冊目はメモスペースが少なすぎ。逆に五冊目は半分以上がメモスペースになっちゃったのよね。流石に多すぎだから、これも没。三冊目と四冊目は、もう好みでしかないから、これを渡しましょう」


 鼻も喉もないスライムは、周囲の空気を震わせ鼻歌をうたう。

 ほとんど物が置かれていない床を、体の端がリズムに乗るようにぺしぺしと叩く姿は、機嫌が良いことを雄弁に語っていた。


 素材棚へと伸びた触手が、二枚の革を取り出す。彼女が自ら鞣したものであり、この地下工房にあるものの中では、特に品質が良く、価値も高いものだ。

 スライムとなった彼女にとって、普段は金銭的な価値などあまり気にするものではないのだが、伯爵が使うものを安物で済ませるわけにはいかないということも、よくよく理解している。


 二枚の革がスライムの体の中でスケジュール帳より一回り大きく切断され、不要な分は触手によって素材棚へと戻された。

 スケジュール帳の中身だけ入れ替え、革のカバーは取り外し可能にするという選択肢もあったが、彼女は迷わず革をスケジュール帳へ貼ることを選んだ。

 伯爵が革のカバーを付け替えて使っているというのは、貴族社会では陰口に使われる可能性がある──彼女は、社交界の陰湿さを理解している。


 背表紙部分の革と本体の間に栞用の細いリボンをつけ、四隅を金具で補強。

 この金具は、彼女が自らの体を即席の炉として使い、魔術を併用することで溶かし、成形したものだ。


「よし、完成! スケジュール帳、ページ数以外失敗なしだったんじゃない? 実験用ノートも一冊しか使ってないし、ものづくりに慣れてきた証かな」


 仕上げに彼女が製作者であると分かるよう、表紙の端へ金色のロゴを小さく入れた。

 時折ペラペラとスケジュール帳を捲っては、自画自賛の独り言をこぼしつつ、取扱説明書の作成へと移る。


 二日後、地下工房の上に建つ立派な屋敷の貴賓室で、人間の女性に擬態した彼女が、屋敷の主である王国交易監査伯へ、スケジュール帳二冊とその取扱説明書を差し出しす。

 伯爵は、ノートブックとは異なり本のように革が貼られたそれに、興味津々といった様子で受け取った。


「これは……ノートとは、また違うものですか?」

「そう。スケジュール帳っていってね、一日ごとの大まかな予定を書けるようにしてあるの。日記代わりにもなるし、あとから何日に何をしたかっていうのを振り返ることができるから、結構便利よ」

「なるほど、スライム様は面白いことを考えますね。その日の予定は朝に執事から聞いていますが、好きな時に過去の動きを確認できるのは、確かに便利かもしれません。使わせて頂きます」

「ええ、取扱説明書はちゃんと読んでね」

「勿論ですとも」


  その後、スライムお手製スケジュール帳は、〝定型日記用冊子〟──通称過去帳という名で、王国交易監査伯愛用の品として、王族や高位貴族の間で広まっていく。

 彼女の意図とは異なり、予定を確認するためのものではなく、過去の出来事を遡って確認するためのものとして長らく使用されることとなる。

 なお、王国全体に広がるには、百三十七年の月日を要した。そして、彼女が本来想定していた使い方がなされ始めるのも、これと同時期となる。

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