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便利だから作っているだけです。──説明書の通りにお使いください  作者: 白瀬 いお


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第1話:冬は寒いので

 幼少期の刷り込みというのは、後々まで尾を引くものだ。三つ子の魂百までとは、よく言ったものである。

 百までどころか、スライムに転生した今なお続いてるじゃないか、と、彼女は地下工房で独り言ちた。その力なく床に半液状で広がる姿は、薬品を零した後にも見える。


「あ。そういえば、監査くんが冬は手が悴むって言ってたっけ」


 液体の一部が、まるで顔を上げるかのように持ち上がった。声は平坦で、顔がないのでそもそも表情は分からない。しかし、半液状からゼリーのような半透明の固形に形を変えたので、動く意思はあるように感じる。

 石造りの地下工房の床を、スライムが緩慢な動作で這う。部屋の中央に置かれた作業台に寄ると、今度は縦方向にみよん、と伸びた。何かを考えるようにプルプルと左右へ揺れたあと、ピタリと止まる。


 スライムから細い触手がいくつも伸びて、各々器具棚と素材棚へと向かった。それから、何も置かれていなかった作業台の上に、丁寧に器具といくつかの素材を置く。

 開いた棚の戸をしっかりと閉めてから、触手は一度引っ込んだ。また少し、沈黙が地下工房を満たす。


「冬の必需品といえば、カイロ。懐かしいわね、靴の中に敷くカイロとか、よく使ってたわ。あとは背中に貼ったり……でも、一番使ったのは、貼らないタイプのカイロなのよね」


 口も声帯もないスライムは、それでも空気を揺らしながら独り言を呟く。同時に、再び伸ばされた触手が少しだけうろ、と迷う仕草をした。

 それから、鉄粉、塩、水、炭を少量ずつ取り、容器へそれぞれ入れる。浅いビーカーのような形をした四つの容器の前で、彼女はまた黙り込む。


「確か……カイロって、鉄の粉と、塩水と、炭を使うのよね? 他にもあった気がするけど、覚えてないから、いつも通り試行錯誤しましょう。塩水は……うーん、水に対して塩を一パーセントからやるのが良いかしらね。それじゃあ、えーっと。炭を粉にして、塩水作って……」


 呟くのと同時に、触手が動く。塩水を作るために二本、炭を粉状に砕くために二本、計四本をそれぞれ動かしながら、スライムは小さく揺れる。

 乳鉢と乳棒で細かく砕かれた炭の粉を入れた容器には〝炭粉〟と書いた紙を貼り、同じように塩水や鉄粉にも貼っていく。後で中身が何か分からなくならないようにという、彼女なりの工夫だ。


 塩分一パーセントの塩水の中に鉄粉と炭粉を入れながら、細いガラス棒でクルクルと混ぜる。スライムは熱にも強いので、ビーカーもガラス棒も触手を直に触れさせていても問題はない。

 暫く混ぜていると、ビーカー越しに熱を感じ始める。ただ、ほんのり温かいかも、程度であったので、カイロにするには物足りない。しかし、カイロ以外にも使い道があるかもしれないから、と、材料それぞれの分量と制作過程、温度などひたすら細かく紙に書き込んで行く。


「方向性は合っていそうね。塩分濃度、鉄粉と炭の粉の量を調整して……全部試して……」


 ブツブツと呟きながらも、触手の数をどんどん増やしながら、いくつもの配合を同時に試していく。そして、その内容と結果を事細かく紙に記録した。びっしりと文字が書き込まれた紙は、白よりも黒いインクの割合の方が高い。遠目から見れば、黒い紙に見えるだろう。


「うーん、粗方試したけど、何か違うのよね。まあ、地球と異世界じゃ、全く同じ作り方になるわけないし。次は魔力量も計算して……あ、そうだ。熱保石(ねつほせき)を砕いて入れてみようかな。あとは、炎月草(えんげつそう)も試そう」


 熱保石は、その名の通り熱を蓄える性質を持つ石だ。火山帯が主な産出地で、魔力を篭めると石の内部で熱に変換される特性を持つ。ただし、自ら熱を発することは出来ない。

 一方、炎月草は満月の夜にだけ葉が発火する性質を持つ。燃えている間に採取することで、炎は消えるが、可燃物に触れた際に熱を放出する特性へと変化する。


 鉄粉、塩水、炭粉、熱保石、炎月草。配合割合を変え、混ぜる順番を変え、容器を変え、混ぜる時間を変え、ひたすら試行錯誤を続けていく。そして、その全てを事細かに紙へ書き記した。

 時折発火したり、小規模な爆発を起こしたりはしたが、その度に瞬時にスライムの体で覆うことにより被害は最小限に抑えられている。彼女にとっては発火も爆発もいつものことなので、淡々と処理をするだけだった。


 何百、何千通りもの試作を重ね──それでも、納得できなかった。

 だから、今度は材料を変えて、とひたすらに実験と記録を繰り返す。不眠不休で、納得できるまで、延々と。

 地下工房には、陽の光が届かない。時計もないので、時間感覚も曖昧になりやすい。しかし、彼女にとっては大した問題ではなかった。満足するまで試作をし、これだという配合が決まったら、今度は入れ物の製作に取りかかる。こちらも、当たり前のように総当りだ。


「保温性が高くて、でも熱を通しすぎず遮断しすぎず……。うん、探すより作る方が早いわね」


 室内にある袋や布は一通り試したものの、どれも彼女の要求を満たすことはなかった。ならば、作る。頷くような動きをしたスライムが、一度肩から力を抜くかのように床へべしゃりと広がってから、また縦にみょん、と伸びた。

 スライムが持つ前世の記憶の中にあるカイロの袋は、不織布だ。しかし、不織布を作れるほどの技術は、彼女が知る限りではこの世界にない。


 ないなら作ればいい。そう呟いて、触手を伸ばす。素材棚からリネン生地を必要な分だけ切り取り、袋の形へと縫い上げる。同時に別の触手では、リネン生地のコーティング剤を作るため、ビーカーといくつかの素材を取り出した。

 五種類のコーティング剤を作り、リネン生地の切れ端をそれぞれに浸す。暫く染み込ませてから取り出し、スライムの体で水分だけを吸収することで乾かした。

 吸い出した水分は、別の容器に纏めて吐き出す。


「んー……、成程。熱を通しやすいのは三番と五番。保温性が高いのは四番。一番は熱を冷気に変える……これはこれで面白いから、夏用カイロに転用出来るわね。二番は熱を増幅させる。これも面白いけど、人間の皮膚だと絶対火傷するからカイロには合わない」


 少しの沈黙のあと、スライムは溜息を吐くようにぷる、と揺れた。


「三番と五番なら、五番ね。これと四番を混ぜて、調整しましょう。素材同士の相性も悪くないし、魔力反発を起こす可能性も少ない。まあ、取り敢えずやりましょうか」


 魔力反発は、有機物や無機物が持つ魔力がぶつかり合うことだ。これが起きると大抵の素材はダメになってしまうので、扱いには専門的な知識が求められる。

 四番と五番のコーティング剤を、少しずつ配合を変えながら混ぜて新しいコーティング剤を作っていく。彼女自身の魔力で素材ごとの魔力を中和することで魔力反発を制御しつつ、効能を高める。最も神経を使う作業のため、大抵の者は魔力中和剤を使用するのだが、彼女は敢えて自分の魔力を使っていた。


 実験と記録を同時にしながら、触手は忙しなく動き続ける。出来上がったコーティング剤にリネン生地の袋を入れ、しっかりと染み込ませる。ビーカーから取り出したら、水分は先程と同じように吸い取ってから別の容器に吐き出す。

 出来上がった袋の中に中身を入れて、上部を縫い合わせると、スライムお手製カイロが完成した。この状態では、カイロから熱は感じない。そうなるように作ったので、ここまでは彼女の狙い通り。


 触手の先が人間の手の形になり、袋越しに中身を軽く揉む。おおよそ十三秒後、じわじわと熱を発するようになり、二十秒が経過すると、温度上昇が止まった。

 温度計で測ってみると、お手製カイロの表面温度は四十三度。人間の肌に長時間触れさせることには向かないが、貼らないタイプのカイロとしてなら、最適な温度だろう。


「よし、じゃああとは、これがどのくらい持続するかの検証ね」


 同じ材料、同じコーティング剤で同様のお手製カイロを五つ作り、再現性があるかの確認と、熱の持続時間を測る。併せて、布の上に置き続けた時、発火しないかもチェック項目に入れた。

 その検証を、百回繰り返す。執拗なほど、条件を変えて、何度も何度も。そしてその全ての過程と結果を記録し、ひたすら纏めていく。

 実験内容と結果を纏めたら、今度は数字の間違いや誤字脱字誤用がないかを細かくチェックして、時間を空けて三回見返してから、頷くようにぷるんとスライムの体を揺らした。


 持続時間と安全性を確かめたら、今度は処分方法についての検証にかかる。燃やす、溶かすの両方を試した結果、お手製カイロは魔力分解液に漬てから乾かし、それから燃やす、というのが最も安全な処分方法だと彼女は判断を下した。

 それから、お手製カイロの取扱説明書の作成へと取りかかる。目次から始まり、想定利用条件、危険性、処分方法、やってはいけない使い方まで、ひたすらに書き込んで行く。

 何度も読み返し、分かりにくいところは訂正を重ね、重複した内容は削る。気の遠くなる作業を、スライムの体は疲労を感じることなく淡々とこなした。


 やがて、羽根ペンの動きが止まる。びっしりと文字で埋め尽くされた紙の束を、スライムは満足そうに頷く──ように、ぷるっと縦に揺れた。

 器具や素材、備品は全て片付け、再び空になった作業台の上にスライムが半液体に広がる。その姿は、事務仕事に疲れて、机に突っ伏しているようにも見えた。


 翌日、スライムは人間の女性へと擬態し、地下工房を訪れた顔馴染みの男にスライムお手製カイロとその取扱説明書を差し出す。

 二十代後半から三十代前半に見える男は、暫しの沈黙のあと、それを受け取った。


「……スライム様、これは?」

「カイロ。冬場は手が悴むって監査くんが言ってたでしょ? 書類仕事する時は、手を温めた方が良いわよ」

「私はニヴェル・フェディナです。……この取扱説明書、目次だけで二ページありますけど」

「知ってるわよ。そりゃあ、取扱説明書だからね」

「……分かりました。内容を確認してから、使用してみます」

「ええ。あとで使用感を纏めて頂戴」

「はい」


 その後、スライムお手製カイロは、〝冬季用温熱袋〟──通称カイロという名で、王国交易監査伯の領地内で、書類仕事をする者たちを中心に広まって行く。

 カイロが王国全体に広がったのは、それから数年後のことだった。

読んでいただきありがとうございます。

本作は「長編の皮を被った連作短編」として、一案件=一つの道具・魔導具を軸に進んでいきます。

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