最強おっさんの凱旋
――――故郷の街は変わり果てた姿になっていた。
マンティコアの襲撃は俺が思っていた以上に深刻なものだったようだ。
街のいたるところに建物の残骸が転がり、人々の顔には疲労と絶望の色が浮かんでいる。
「こりゃ、ひでぇな……」
俺が事務員として働いていたギルドも一部が破壊されていた。
すぐにでも倒さなければ。
そう固く決意した俺は躊躇することもなく、夜中にマンティコアを急襲し、そして人知れず撃滅した。
朝、人々が起きて営みが始まってから、マンティコアの死骸が見つかった。
人々は狂喜乱舞していた。
「なあ、聞いたか? マンティコアは王都のS級冒険者が解決してくれたらしいぜ」
「でも、S級冒険者って王都にはいないんじゃ」
「そんなことどうでもいいだろ」
人々の生活に平穏が訪れた。
(これでいい)
俺の存在は知られない方がいい。
そう考え、ただ残されたマンティコアの死骸を一瞥すると速やかに立ち去った。
だが、街を出る――――そのタイミングで事件が起こった。
「おい! 大変だ……大変だぞ! 今度は黒竜が現れた!」
「ま、マジかよ! どうなってんだよ、この街は⁉」
「黒竜とかマンティコアよりも厄介だろ」
「終わりだよこの街も」
冒険者たちの会話を耳にし、俺は眉をひそめた。
次から次へと忙しいな。
このまま立ち去ってしまっては、引き続きこの街に被害が出るだけだろう。
(ついでに黒竜も倒しておくか……)
そんなことを考えていると、遠くから凄まじい咆哮が聞こえてきた。
「ギャアアアア! 黒竜だ!」
「た、助けてくれええええ! 逃げろぉ!」
「嫌だああああ! 死にたくない!」
人々が悲鳴を上げながら、逃げ惑う。
俺は咆哮が聞こえてきたほうへと向かった。
「うほー、こりゃデカいな」
街の広場に巨大な黒い影が立っていた。
それは漆黒の鱗を持つ、巨大な竜だ。
その威圧感は俺がこれまで討伐してきたどんな魔物よりも強大だった。
だが、俺は怯まなかった。
「ついに来たか、黒竜……」
俺は右手に魔力を集中させる。
俺の体から放たれるオーラは周囲の空気を震わせた。
「――――な、なんだ、あいつは……?」
冒険者たちが俺の存在に気づき、驚きの声を上げる。
彼らは俺がただの事務員だったことしか知らない。
そのとき、俺の司会に1人の男が映った。
「あ、ああああアルバート……⁉」
それは俺を追放した張本人、リチャードだった。
彼は黒竜の圧倒的な存在感に、震え上がっていた。
ズボンは濡れており、小便を垂れ流していたようだ。
「お、おおおお前……! なんでここに……⁉」
「お前が作った地獄を、救いに来たんだよ」
俺は冷たい声でそう言った。
「くっ……! お前みたいなただのおっさんなんかに黒竜は倒せない! 俺でも無理だったんだからな!」
リチャードはそう言って、俺を置き去りにし、逃げようとする。
おそらく、俺を黒竜の生贄にして、その隙に逃げ延びるつもりなのだろう。
「相変わらず品性が終わっているというか――――おい! どこへ行く、リチャード!」
俺は逃げようとするリチャードの背中にそう声をかけた。
彼は一瞬足を止め、振り返った。
「クソっ、お前なんかに構っている暇はないんだ! 俺は……俺はギルドマスターなんだぞ!」
リチャードはそう叫びながら、再び逃げ始めた。
俺はその情けない背中をただ静かに見つめていた。
――――所詮、こんなものか。
俺はそう心の中で呟き、黒竜へと向き直る。
「さあ、始めようか……」
俺がそう呟くと、黒竜は俺に向かって、炎のブレスを吐き出した。
俺はそのブレスを軽々と避ける。
そして、一瞬で黒竜の懐へと飛び込んだ。
「ッッッ……!!」
俺は黒竜の心臓めがけて、渾身の一撃を放った。
「ええ⁉ あ、あのおっさんめちゃくちゃ強いぞ!」
「一瞬で鱗を貫きやがった!」
「化け物だ……」
俺の一撃は黒竜の分厚い鱗をいとも簡単に貫き、その心臓を打ち砕いた。
黒竜は断末魔の叫びを上げ、その巨大な体を地面に叩きつけた。
――――街に静寂が訪れた。
人々はただ呆然と、黒竜の死骸とその前に立つ俺を見つめていた。
「……倒した……のか?」
誰かがそう呟いた。
やがて、人々の顔に安堵と歓喜の色が浮かび始める。
「こ、今度こそ救われたんだ!」
「や、やった。これで解放された!」
彼らは俺に向かって、感謝の言葉を口々に言った。
「あんたが……この街を救ってくれたのか……」
「ありがとう、おっさん……!」
「誰だか知らないけどお前は俺の恩人だ!」
俺は彼らの言葉にただ静かに頷いた。
そのとき、俺の背後から、声が聞こえてきた。
「アルバートさん……!」
それはギルドの受付嬢ティナの声だった。
彼女は涙を流しながら、俺のもとへと駆け寄ってきた。
「アルバートさん、ごめんなさい! わ……わたし。ギルドマスターに逆らえなくて……! なのにみんなの生命を守ってくれて……」
ティナは俺に謝罪した。
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「気にするな。お前はなにも悪くない」
俺はそう言って微笑んだ。
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その後、俺は国王からの呼び出しを受け、王城へと向かった。
「そなたがこの国の危機を救ったアルバートか」
国王は俺を慈しむような眼差しで見ていた。
「そなたとこの国に多大なる混乱をもたらしたリチャードはギルドマスターから解任された」
今度はあいつがクビになったのか。
……あっけないものだな。
だが、クビになってもなお自分は悪くないと主張し続けているようで、ついには国外追放の可能性もあると国王の口から告げられた。
「そなたには多大な褒美を贈ろう。そして、正式にS級冒険者として、我が国に仕えてはくれないか?」
国王の言葉に俺は首を横に振った。
「ありがたきお言葉ですが、お断りいたします」
「なぜだ? そなたほどの才能があれば、国に大きな貢献ができる。名誉も権力もほしいままだ」
確かにS級冒険者の肩書があればなんでもできる。
なんならもっと大きな国に仕えることだって可能だ。
そして、貴族に取り立ててもらうという順風満帆な人生もありうるだろう。
だが――――。
「俺は下から這い上がっていくと決めたんです。F級からE級へ。一歩一歩、自分の力で昇格していきます」
俺の言葉に国王は微笑んだ。
「そうか。そなたのその心意気、見事である。では、そなたの希望通り、E級冒険者に昇格させるようにギルドマスターのミアに言っておこう」
俺、国王に深く頭を下げた。
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王城をあとにし、俺は再び王都のギルドへと戻った俺。
王都ギルドの事務員や受付嬢、そして冒険者たちはすでに黒竜の討伐の報せを知っているようで、歓迎ムードの中、俺はギルド内部へと入っていった。
「やれやれ……歓迎されるのも疲れるな……」
そんなことを思っていると聞き覚えのある元気な声が耳に入ってきた。
「おじさん!」
ギルドの入口でミアが俺を待っていたのだ。
彼女は俺の無事な姿を見て、安堵の表情を浮かべた。
「おかえりなさい! 無事でよかったわ!」
ミアはそう言って、俺に飛びついてきた。
「お、おい! ギルドマスターがおっさんに抱き着いたぞ!」
「クソ……俺も竜を討伐すればギルドマスターと……」
「いや、それは無理だろ」
彼女の大きな胸が俺の顔に押しつけられる。
「おい、ミア。なんか当たってる……」
「よかった……」
俺は戸惑いながらも、彼女を優しく抱きしめた。
「よかった……本当によかった……」
ミアはそう言って、俺の胸で静かに涙を流していた。
「そんなに心配してくれたんだな。ありがとう」
ギルドで事務員をやっていたころはこんなにも誰かに心配されて、感謝されるなんてことはなかった。
あのとき、クビになったのはやっぱりムカつくところもあるが、追放されたおかげで今の現実があるとすれば、あの瞬間は俺にとっての転機だったのかもしれない。
――――俺の新しい人生はすでに始まっているのだ。
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