アルバートを追放した代償
アルバートが王都で新たな生活を始めたころ。
彼を追放した故郷の街では、少しずつ異変が起こり始めていた。
「なぁ、最近S級の依頼が解決されないよな?」
「ああ、いつもなら貼り出されて数日後には剥がされてるはずなんだが……」
「なんでなんだろうな」
冒険者たちがギルドの掲示板の前でささやき合っている。
彼らが話しているのはアルバートが実は裏でこっそり解決していたS級依頼のことだ。
彼がギルド事務員を辞めてからは誰もその依頼に手を付けられずにいた。
「王都のS級冒険者も、最近は忙しいらしいぜ」
「ま、俺たちには関係ねえけどな」
「王都の冒険者なんてエリート中のエリート。俺たち田舎者には関係ないや」
彼らはそう言って笑っていた。
――――まだ、自分たちの身に危険が迫っていることに気づいていなかったのだ。
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ギルドマスター室。
リチャードは山積みの書類を前に頭を抱えていた。
アルバートという名の無能を追放したことで、ギルドの運営はうまくいくはずだった。
――――だが、現実は違った。
アルバートが担当していた事務作業は彼が思っていた以上に多岐にわたっていた。
書類の整理、依頼の入力、備品の管理……。
しかも、若い事務員では到底こなせない量だった。
「クソっ、あいつ。まさかあんなに仕事を抱え込んでいたなんて……!」
リチャードはイライラしながら、机を叩いた。
彼が知らないのはアルバートが裏でS級依頼までこなしていたことだけではない。
アルバートは毎日降りかかる膨大な量の仕事の大部分をさばいていた。
そして、彼を追放した今、そのしわ寄せが残ったギルド事務員にやってきているのだ。
「ギルドマスター! 大変です!」
慌てた様子で若いギルド員が部屋に入ってくる。
「なんだ、騒々しい。少しは落ち着け!」
「それが……街の東にある森に、巨大なマンティコアが現れたんです!」
――――マンティコア。
それはA級冒険者でも手こずるような危険な魔物だ。
「すぐにS級依頼として貼り出せ! どうせ王都のS級冒険者が解決してくれるはずだ!」
リチャードはそう指示を出し、安堵の息をついた。
これまでの実績から、S級依頼は誰かが解決してくれるものだと思い込んでいたのだ。
――――だが、その依頼はいつまで経っても解決されなかった。
「な、なぜだ……? もう1週間も経っているのに……」
リチャードは青ざめた顔で掲示板を見つめていた。
マンティコアの被害は日増しに拡大し、街は混乱に陥り始めていた。
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俺は王都でF級冒険者としての充実とした日々を送っていた。
「ふむ、この依頼なら、俺でも受注できそうだな」
俺が受けたのは薬草採取の依頼だった。
F級冒険者向けのごく簡単なものだ。
地味だが、こういうコツコツと成果を積み重ねていく仕事は俺の性に合っている。
「おじさん、またそんな依頼受けてるの?」
「おお、ミアか」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くとギルドマスターのミアが立っていた。
相変わらず端正な顔立ちをしている。
サラサラのあの金髪……なにを食ったらあんなにサラサラになるんだろうか。
「――――F級なんだからこれくらいの依頼しか受けられないだろう」
「でも、おじさんならS級だって余裕でしょ? わたしと模擬戦したときだって、全然本気出してなかったじゃない」
ミアはそう言って、頬を膨らませた。
彼女はあの模擬戦以来、俺にやたらと懐くようになっていた。
「俺は下から這い上がっていくと決めたんだ。それに目立つのは苦手でな」
「もう! おじさんったら、もったいないわ!」
そう言いながらもミアは嬉しそうに俺の隣を歩き始める。
「そういえば、最近、東のほうにある街が大変らしいわね」
ミアの言葉に俺の足が止まった。
「マンティコアが出たって話よ。街の冒険者じゃ手に負えないらしくて、S級冒険者の派遣を要請しているみたいだけど……」
ミアはそこで言葉を区切った。
俺は続きを促した。
「王都のS級冒険者は今は全員、国外の依頼で出払っているの。だから、誰も助けに行けないのよ」
その話を聞いて、俺は故郷の街の現状を理解した。
俺が抜けたことで街の平和を維持するシステムが崩壊したのだ。
――――そして、その原因を作ったのは、リチャードだ。
俺は心の奥底で、リチャードの自業自得だと思った。
「まあ、わたしでも行けないわけじゃないけど……」
ミアは困ったような顔で言った。
A級冒険者である彼女でも単独でマンティコアを討伐するのは困難なのだろう。
「それにわたしが他の街に行くとなると、このギルドの運営が……」
ミアはギルドマスターとしての責任感から安易に街を離れることができないでいた。
そのとき、俺の脳裏にリチャードの顔が浮かんだ。
『お前はもう用済みだ』
あの言葉とともに……。
(恨みだってある……だが)
その瞬間、俺は自然と身体が動いていた。
「俺が行ってくる」
俺の言葉にミアは目を丸くした。
「え? お、お願いしてもいいの?」
「ああ。俺は以前、あの街のギルドにいた。知り合いもいるし、道も詳しい」
俺はミアの目をまっすぐに見つめた。
「それに俺はS級依頼をこなせる」
俺の言葉にミアは息をのんだ。
彼女は俺の強さを知っている。
だが、まさかS級冒険者だとは夢にも思っていなかったのだろう。
「おじさん……本当に?」
「ああ。行ってくる。街の人たちを助けて、ついでに俺を追い出した連中に少しだけ嫌な思いをさせてくる」
俺はそう言って、にやりと笑った。
「わ、わかったわ……健闘を祈ります」
いつになく真剣な表情を見せてくれるミア。
なんだか新鮮な気分であった。
しかし、そんな真剣な面持ちは一瞬で崩れる。
「あ、あの……!」
「な、なんだ――――ええ!」
ミアは俺の腕を掴み、大きな胸を俺に押しつけた。
「もし、もしよ……無事に帰ってきたら、わたしとご飯、行かない⁉」
ミアは顔を真っ赤にして、そう言った。
俺は少し照れながらも、頷いた。
「ああ、わかった」
「やったぁ!」
ミアは子どものように飛び跳ねて喜んだ。
「行ってくる」
俺はミアに別れを告げ、故郷の街へと向かった。
心は静かに燃え上がっていた。
リチャード。
お前が俺にした仕打ち、忘れてない。
だが、お前の作った地獄を俺が救ってやる。
その代償は……高くつくかもしれんがな。
俺は故郷の街へと続く道をただひたすらに歩き続けた。




