追放される世界最強のおっさん
勤続年数、約30年。
役職はヒラの係長。
昇進の見込みはない。
真面目さがだけが取り柄。
――――そんな俺の名前はアルバート。
しがない地方都市の冒険者ギルドで、事務員として働く52歳の男だ。
今日も朝から、冒険者たちが持ってくる依頼書にサインしたり、依頼書を掲示板に貼り出したりしている。
「うわー、若いな。俺も冒険者になっていたらあんな人生だったんだろうか」
若い冒険者たちが冒険譚を自慢げに話しているのを耳にしながら、俺は黙々と仕事をこなす。
彼らにとって、俺のような老いぼれ事務員は視界の端にも入らない存在なのだろう。
――――そんな平穏な日々がある日突然終わりを告げた。
「アルバートさん、ギルドマスターがお呼びです」
「あいつが?」
「はい」
受付嬢のティナが少し遠慮がちに俺を呼ぶ。
彼女は俺に唯一、敬意を払ってくれる若いギルド員だった。
「はぁー、嫌な予感しかないぞ」
俺はマスター室の扉を叩き、中に入ると、同期であるギルドマスターのリチャードがふんぞり返るように椅子に座っていた。
「おお、来たかアルバート。座れ」
リチャードは俺とは対照的に脂の乗った貫禄のある男だった。
同期組だが、彼は順調に出世し、今はギルドマスター。
対して、俺は万年事務員。
立場は天と地ほど違う。
「どうしたんだいきなり俺を呼び出し――――」
「単刀直入に言う。この度、我がギルドでも自主退職制度を導入することになった」
リチャードの言葉に俺は眉をひそめた。
――――自主退職制度。
それは聞こえはいいが、要は人員整理だ。
人件費の高いベテランを穏便に辞めさせるための上にとって都合のいい制度。
「それは個人的に反対だ、リチャード」
俺はきっぱりとそう言った。
「なぜだ? ギルドの運営のためだぞ?」
「なぜって? 有能な人間から辞めていくからだ。外の世界でも通用するような優秀な人材はこの制度をきっかけに転職してしまう。ギルドに残るのはしがみつくことしかできない、俺のような普通の人間だ」
俺の言葉にリチャードは鼻で笑った。
「その通りだ――――だからこそ、お前のような人間には辞めてもらう」
リチャードの言葉はまるで鋭いナイフのように俺の胸に突き刺さった。
「どういう意味だ?」
「いいかアルバート。今の時代、52歳の事務員なんて必要ないんだ。お前にはもう能力もないし、なによりコストがかかる。若いヤツらなら、お前の半分の給料で倍の仕事をする。お前は自主退職者、という形でギルドを去れ。これは決定事項だ」
俺は何も言い返せなかった。
頭の中が真っ白になる。
長年勤めてきたギルドをこんな形で追い出されるなんて。
「自主退職といいながら、強制か……」
「そういうことだ。お前はもう用済みなんだよ、アルバート――――あとな、アルバート。お前は普通じゃなくて、『無能』な。自己評価が高すぎるんだよ!」
「クっ……」
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その日の夜、俺は行きつけの酒場で1人、酒を飲んだ。
リチャードの言葉が頭の中でこだまする。
『お前はもう用済みだ』
クソっ、冗談じゃない。
言っていることはもっともらしく聞こえるが、まったく納得できない。
確かに事務員としては、まあ平凡だろう。
だが、俺にはもう1つの顔があるんだ。
このギルドの誰にも知られていない、秘密の顔が……。
――――それは、俺がS級冒険者だということ。
いや、正確には違う。
俺は正式にS級冒険者として登録しているわけではない。
このギルドではS級依頼が掲示されることがごく稀にある。
それはこの街の冒険者では絶対に達成できないような、危険度の高い依頼だ。
誰も受けられないから、俺が依頼書を掲示板に貼り、危険性を周知する。
そして、しばらくして依頼が解決されないと判断したら、裏でこっそりその魔物を俺が討伐し、また自分で依頼書を剥がす。
誰も知らない。
事務員のアルバートがこの街の平和を守っているなんて……。
冒険者たちは王都のS級冒険者が解決してくれたのだろう、と勝手に納得している。
……それでいいと思っていた。
目立つのは昔から苦手だし、事務員の仕事に満足していたから。
だが、リチャードの言葉は俺の誇りをひどく傷つけた。
無能だと?
用済みだと?
冗談じゃない。
お前たちが安全に仕事ができているのは、俺が裏で汗をかいているからだ。
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次の日の朝、俺はいつも通りギルドに出勤した。
だが、俺のデスクはもうなかった。
そこには若い男の冒険者が座り、コーヒーを飲んでいる。
「――――アルバートさん……」
ティナが困ったような顔で俺に言った。
「ギルドマスターがお部屋を用意しましたから」
ティナに案内されたのは窓もない薄暗い部屋。
いわゆる『窓際族』だ。
「ふっ、窓のない窓際族か……笑えねぇよ」
俺は今日からこの部屋でただ時間を潰すだけの存在になった。
同僚たちも俺を避けるように視線をそらす。
リチャードが裏で手を回したのだろう。
「要するに早くやめろ、ってことか」
このままここにいてもいい……。
いや、いられるはずがない!
俺はこの侮辱を決して許すことはできない!
――――いいだろう。
望み通り、退職してやる。
だが、お前たちはその選択を必ず後悔することになる。
俺はそう決意し、退職届にサインをした。
そして、ギルドマスター室の扉を叩く。
リチャードはニヤニヤと笑いながら、俺の退職届を受け取った。
「ご苦労だった、アルバート。もう顔も合わせることもないだろうが、まぁ第2の人生楽しくやってくれ」
その言葉を聞きながら、俺は心の中で誓った。
――――この屈辱、必ず晴らしてやる。
「無事、俺は無職と……だが、俺の人生はここから始まると言ってもいいだろう」
俺は30年ぶりに冒険者として生きることを決意した。
この街ではやりにくい。
だから、俺は王都へ行く。
52歳にしての上京だ。
傍から見れば、滑稽な男だろう。
だが、俺の心は決して折れていなかった。
荷物をまとめ、長年住み慣れたアパートを出る。
「世話になった」
振り返ることは決してしない。
俺は前だけを見て歩き始めた。
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