紅き刺客と槌姫の誓い
蒸天塔・蒸天見物台。
透き玻璃の床から見下ろせば、江戸の市中は赤々と燃えていた。
遠くには**紅鉄塔**が炎に照らされ、二本の巨塔が夜空を裂くようにそびえている。
「ここが江戸の頂か……だが、地獄の景色じゃ笑えねぇな」
刺客が短刀を舐めるように撫で、目を光らせる。
「新吉! 下がって!」
瑠璃が前に出る。銀の髪が蒸気を浴びて輝く。
「槌姫が守る!」
刺客の双刀が閃き、瑠璃の鉄槌とぶつかり合った。
火花が散り、衝撃が床に伝わる。
「ひいっ……!」
お絹が子どもたちを抱き寄せる。
透き玻璃の床にひびが走り、真下に燃える江戸の街が見えた。
「やめろ! 床が砕けちまう!」
俺は叫ぶ。
だが刺客は狂気じみた笑みを浮かべる。
「面白ぇじゃねぇか。落ちるのは江戸の街か、お前らか――!」
同時に、背後から蜘蛛脚の自律人形が這い上がってきた。
紅い目を光らせ、金属脚で床を叩くたび、透き玻璃が悲鳴を上げる。
「三拍後に脚のロックが外れる! 瑠璃、右脚だ!」
俺は“目”に奔る符号を読み取り叫ぶ。
「了解!」
槌姫の鉄槌が炸裂し、蜘蛛脚が爆ぜる。
だが衝撃で――床に大きな亀裂が走った。
ガラス越しに、燃える江戸が迫る。
庶民の叫び、夜鴉の笑い、紅鉄塔の影。
すべてが割れ目の下に飲み込まれそうだった。
「新吉兄ぃ……!」
お絹が涙をにじませ、俺の袖を掴む。
そのとき、瑠璃が声を張り上げた。
「――槌姫が誓う!
この床も、江戸も砕かせはしない!」
鉄槌が閃光のように振り下ろされ、刺客の双刀を弾き飛ばす。
蜘蛛脚が砕け、火花と蒸気が吹き荒れる。
透き玻璃の床は、悲鳴を上げながらも――割れずに踏み止まった。
亀裂の上に立つ三人と、倒れ伏す刺客。
「新吉……」
瑠璃が振り返る。
「あなたの選んだ正義を、わたしは打ち続ける」
俺は喉が詰まりながらも頷いた。
炎と蒸気の中で交わした誓いは、何よりも確かな鎖となった。