からくり迷宮の罠
蒸天塔の内部は、炎と蒸気に満ちた機械仕掛けの迷宮だった。
歯車の回廊が軋み、通路は勝手に組み替わり、まるで塔そのものが生き物のように俺たちを試している。
「こいつぁ……塔が生きてるみたいだ」
お絹が息を呑む。
「違う。生きてるんじゃねぇ」
俺の“目”に符号が奔流のように押し寄せる。
「江戸OSを喰った“家斉ゴースト”が、ここを迷宮にしてるんだ」
鉄壁が落ちて背後を塞ぎ、赤い目を灯した蜘蛛脚の自律人形が群れをなして迫る。
蒸気を吐き、金属脚を振り上げる。
「来るぞ!」
瑠璃が槌を構える。
俺は符号を読み取る。
「左脚、三拍後にロック外れる!」
「了解」
槌姫の鉄槌が炸裂し、火花と共に機巧が崩れ落ちる。
だが、次の瞬間――。
「よう、ネズミども」
霧の中から現れたのは、夜鴉連の刺客。
黒羽織に赤い三枚羽の紋を背負い、双刀を逆手に構える。
「塔の罠だけじゃ飽き足らねぇ。直に血を浴びさせてもらうぜ」
鋭い眼光は機械よりも冷たく、人間の殺意そのものだった。
「新吉、下がって!」
瑠璃が前に出る。
だが刺客は電光の速さ。短刀が閃き、火花が散る。
背後からは自律人形、前には刺客。
迷宮は、罠と人の刃で俺たちを挟み撃ちにしていた。
必死に戦い抜き、通路を突破した先――
視界がぱっと開けた。
そこは江戸を一望する高台、**蒸天見物台**だった。
庶民が「入場料が高すぎる!」と嘆きながらも憧れる展望の地。
だが今は透き玻璃の床から見下ろせば、赤い炎に包まれた江戸の街が広がっていた。
「……地獄の景色だ」
俺は声を失った。
刺客が嗤う。
「高ぇ入場料を払って、見せてもらえるのがこれとはな。江戸も哀れなもんだ」
その時、瑠璃が遠くを指差す。
「新吉……見える?」
夜空の向こうに、もう一本の塔が赤く浮かび上がっていた。
鉄骨を組み上げたような古き巨塔――紅鉄塔。
炎に照らされ、江戸の空を二分するようにそびえ立っている。
「蒸天塔と紅鉄塔……江戸の空は、二本の塔に割られている」
俺は思わず息を呑んだ。
刺客が口元を歪める。
「どっちの塔も入場料がべらぼうに高ぇ。だがな――二つの塔が並び立てば、江戸の空は裂ける。
俺たち夜鴉が狙ってるのは、まさにそこよ!」
紅く燃える江戸、二本の塔、暴走する機巧と刺客の刃。
迷宮は展望台に至ってもなお、牙を剥き続けていた。
「新吉!」
瑠璃が鉄槌を構える。
「ここで踏ん張らなければ、江戸そのものが墜ちる!」
俺は頷いた。
お絹も子どもたちを背に、必死に立ち上がる。
三人の決意が、蒸気に満ちた夜空へと響いた。