炎上蒸天塔突入
蒸気と炎に包まれた蒸天塔。
江戸の象徴にして制御中枢は、黒煙を噴き上げ、夜空を赤々と染めていた。
「新吉兄ぃ、ほんとに入るのかよ!」
お絹が顔を歪めて叫ぶ。
「止めなきゃ江戸が灰になる」
俺は歯を食いしばる。
瑠璃は静かに頷いた。
「槌姫が道を拓く。炎でも鎖でも、砕いて進む」
塔の内部へ足を踏み入れると、そこはまるで生き物の体内だった。
歯車が唸り、蒸気管が裂け、赤いランプが迷宮の通路を照らす。
足元の鉄板は脈打つように震え、壁の符号が俺の“目”に流れ込む。
【再構築プロトコル】――江戸OSの中枢に侵入した痕跡だ。
「……江戸そのものが、乗っ取られてる」
俺の背筋を冷たい汗が伝った。
「おう、ようやく来やがったか」
煙の奥から姿を現したのは、鳥打ち帽に片眼鏡の男――嘉六(からすめの嘉六)。
その背後には、夜鴉連の紋が刻まれた機巧台座が赤く脈動していた。
「ここはただの塔じゃねぇ。江戸を繋ぐ心臓部を、俺たちが掴んだのさ」
嘉六の声は嘲笑と誇りに満ちていた。
「蒸天塔は夜鴉の巣。
お前らが踏み込んだ時点で、もう逃げ場はねぇ」
その瞬間、壁の歯車が轟音を立て、通路がせり上がった。
床がずれ、無数の蒸気管が噴き出し、塔の内部は刻一刻と形を変えていく。
「まるで……迷宮だ!」
お絹が蒼白になる。
嘉六の笑い声が響く。
「迷ったネズミは潰れるだけよ!」
蒸気の霧の中、俺の“目”に更なる符号が走った。
【政務アルゴリズム:家斉】
【状態:稼働】
「……まさか」
それは将軍家斉。とっくに没したはずの十一代将軍の名前だった。
「お上は死んじゃいねぇ」
嘉六がにやりと笑う。
「ゴースト将軍のアルゴリズムが、この塔の奥でまだ江戸を食い続けてるのさ!」
「新吉兄ぃ!」
お絹が俺の袖を掴む。
「ここはおかしいよ……! あんたまで焼け死んじまう!」
だが瑠璃は鉄槌を構え、まっすぐ前を見据えていた。
「鎖はここにある。
夜鴉連の影も、家斉ゴーストの鎖も――砕かなくちゃならない」
俺は息を呑み、拳を握る。
逃げ場はない。江戸を救うには、この迷宮を抜けねばならない。