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鉄の同心、暴走

御制番が砕け散った夜から、まだ一刻も経っていない。

長屋には湯気と煤の匂いが残り、庶民は不安げに顔を見合わせていた。


「……これで終わりなのかい?」

婆さんが蒸気釜の残骸を見つめてつぶやく。

だが俺の耳には、遠くから同じ鉄靴の響きが幾重にも迫ってくるのが聞こえていた。


「新吉兄ぃ!」

呼ぶ声に振り返ると、駆け寄ってきたのはおおきぬ

幼馴染で、隣の長屋に住む仕立屋の娘だ。

俺と同い年、幼いころから泣き虫だったが、今では近所の子らの面倒をよく見る世話焼きの姉貴分になっている。


そのお絹の顔が青ざめていた。

「子どもたちが……! ぜんまい猫を取り上げられた子らを庇ったら、同心が暴れて……!」


俺と瑠璃が駆けつけると、路地には赤い目を光らせた同心が三体。

御制番のような重装ではない。だが、その目は一様に紅く染まり、制御を失っていた。


「違反者……長屋ごと処罰……」


冷たい声を繰り返しながら、庶民に鉄腕を振り下ろす。

長屋の子が泣き叫び、お絹が必死に庇っていた。


「やめろぉぉぉ!」

俺は飛び出すが、鉄の腕は重く、押し返せない。


「新吉!」

お絹が俺を見て叫ぶ。

「こんなの、町方が従う掟じゃないだろ!」


胸が詰まる。

掟と人情。どちらを取るか――

答えは、もうわかっている。


瑠璃が前へ出た。

銀の髪が蒸気に舞い、白磁の瞳が赤い光を映す。


「槌姫が問う。

 掟に従う鉄か――人を守る鉄か!」


鉄槌が振り下ろされ、暴走同心の胸を砕いた。

蒸気が逆流し、赤い目が暗闇へ沈む。


お絹は子どもたちを抱きしめながら、震える声で言った。

「……ありがとう、瑠璃ちゃん。

 でも、江戸中で同じことが起きてるんだよね?」


俺は頷く。

庶民を守ると誓った俺と瑠璃。

だが長屋一つを救っただけじゃ済まない。

江戸そのものが、赤い目に覆われようとしている。


そのとき、お絹がちらりと俺を見た。

「……新吉兄ぃ。

 あんた、あの子のこと……どういうつもりなのさ?」


胸がひやりとする。

庶民の不安と同じくらい、幼馴染の問いが重たく響いた。

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