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機械規制令(からくりぎせいれい)

長屋の軒先。

子どもたちが集まって、ぜんまい仕掛けの猫を追いかけていた。


「にゃーにゃー!」

ブリキの猫がちょこちょこと走り、笑い声が響く。


茶屋の婆さんは湯気を立てる蒸気釜を撫でながら笑った。

「これがあるだけで、お湯を沸かすのも楽になったよ。ほんに、ありがたい機巧さまだねぇ」


庶民の暮らしは、こうした小さな機巧に支えられている。

それが、俺には愛おしく見えた。


そのとき。

街角の高札場に、黒衣の同心たちが御触れを打ちつけた。

赤い印がぎらりと光り、人々がざわめく。


【機械規制令】


一、贅沢なる機巧品の所持・使用を禁ず。

一、機械人形は奉行所にて没収。

一、夜鴉連と通じたる者、死罪。

一、違反者は町ごとに処罰す。


老中・水野忠邦コード


「ぜんまい猫まで贅沢品だと!?」

「湯釜がなけりゃ飯も炊けねぇ!」

「人情まで取り上げる気かよ!」


怒号と泣き声が入り混じる中、奉行所の手勢が長屋へ踏み込んだ。


その先頭に立つのは、黒鉄の装甲をまとった巨大な同心――

胸部には「水野忠邦コード」の印が刻まれている。

改造同心・御制番ごせいばん


「規制令により、機巧を没収する!」


がしゃん、と鉄靴の音。

婆さんの蒸気釜が引き剝がされ、地面に叩きつけられた。

子どもが抱えていたぜんまい猫も乱暴に奪われる。


「やめろっ!」

俺は飛び出したが、鉄の腕に押さえ込まれる。


「下っ引き新吉。町方なら掟に従え」

御制番の赤い目が冷たく光った。


「……新吉」

背後から瑠璃の声。

白磁の指が震えていた。

「これは改革じゃない。ただの切り捨てだわ」


俺は唇を噛む。

庶民を守ると誓ったばかりだ。だが掟は目の前にある。


腹を空かせた子どもたちの泣き声が耳を刺す。

それでも町方として従えというのか。


「……俺は、庶民を斬れねぇ」


絞り出すように言ったとき、瑠璃が俺の前に踏み出した。


「なら――わたしが打つ!」


銀髪が蒸気に舞い、腕から鉄槌がせり出す。


轟音。

鉄槌が御制番の腕を叩き砕き、赤い目が一瞬で沈黙した。

巨体は崩れ落ち、なお口からは途切れ途切れに御触れを読み上げる声が漏れた。


「……規制令……違反者は……処罰……」


それは掟の亡霊のように夜へ溶け、静かに消えた。


庶民の悲鳴は歓声に変わる。

子どもらがぜんまい猫を抱きしめ、婆さんは涙を拭った。


「槌姫……!」

誰かがつぶやく。


炎と蒸気の中、瑠璃が振り返る。

玻璃はりのような瞳がまっすぐ俺を映していた。


「あなたが守りたいものを、わたしが守る」


その声は、掟を砕いた鉄槌よりも強く、長屋の闇を照らしていた。

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