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第9話 砂漠に咲く女神たち

焦土と化した村を後にし、夜を越え、灰狼旅団とその仲間たちは砂漠のオアシス都市カラムを目指す。

そこはかつて、火と鋼を操る武器屋兼鍛冶屋ザフィーラが構えていた、灰狼旅団の数少ない“味方の拠点”だった。

しかし、そこに行ってみるとそこは妖艶な踊り子二人がいるパフォーマンス舞台になっていた。


 東の地平に、かすかな朱が差し始めていた。


 夜の闇が砂の大地から引いていくその光景を、誰もが無言で見つめていた。


 焦土と化した村から逃れた灰狼旅団の生き残り、そして守られた村人たち。

 身体には傷と砂がこびりつき、顔には疲労と緊張がにじんでいたが、それでも皆立っていた。


 レオン・ヴァルグレイが、砂の上に布を広げ、地図を展開する。蒼井レイモンドとエリック・モーガン、カイル・マクレガーも近くに集まっていた。村人たちも輪になり、夜明けの寒気に肩を寄せ合って話を待っていた。


「よくここまで来た!ここから東へ、大体十キロ!」


 レオンの声はよく通った。静けさの中で、それはまるで剣のように真っ直ぐだった。


「オアシス都市カラムがある。補給ができる。……まだ残っていれば、な。」


 その言葉に、どこか空気が揺れた。誰もが“希望”と“懸念”の間で反応を飲み込んだ。


 蒼井が小さく頷く。


「騎士団に焼かれていなければ、だが……いずれにせよ、進むしかないか。」


「進むんだよ。どのみちここにはもう戻れねえしな!」


 そう言ったのはカイルだった。背の大剣を肩に軽く揺らしながら、彼はぽつりと呟いた。


「……《カラム》か。懐かしいな。おばさん、元気かな。」


 それを聞いたレオンが、わずかに顔を伏せた。ほんの数秒の沈黙。


 その間に、蒼井とエリックが目を交わす。エリックが低く声を落とす。


「騎士団の連中がそうそう諦めるはずがない。

先回りされてる可能性がある。」


「……ああ。」


 レオンはやがて顔を上げ、村人たちに視線を送る。


「出発する。足の悪い者は中央に、子どもたちは旅団の護衛の後方に。……今から、太陽が上りきる前に、街の外縁には着く。」


 兵ではない村人たちが、緊張の面持ちで立ち上がる。

 傷ついた旅団員もまた、何も言わずに砂を払って動き始めた。


 まだ冷たい朝の空気が、背に刺さるように感じた。

 だが確かに、彼らの前に太陽が昇り始めていた。


----


太陽が昇りきる前の時間帯、灰狼旅団と村人たちは静かに東の砂漠を進んでいた。

 空は淡く白み、風が砂を撫でるように吹いていた。焼けたような戦いの余韻が残る中、それでも一歩ずつ彼らは前へと進んでいた。


 先頭を歩くレオンのすぐ隣に、蒼井とエリック、そしてカイルが並ぶ。小さな集団の周囲には数人の旅団員が警戒を続けていた。


「カラム……行くのは何年ぶりになるだろうな。」

 レオンが独り言のように言うと、カイルがふっと笑った。


「俺がガキの頃、いつも通ってたんだ。ザフィーラおばさんのところにな。あそこでいろんなもん教わった。剣の持ち方、言葉の選び方、人との向き合い方……。今の俺、半分くらいは、あの人に作られてるようなもんだ。」


 レオンは少し目を伏せたまま答えない。蒼井がふと横目でカイルを見る。


「どんな人なんだ?」


「うん、酒場やってるが、騎士団から隠れて武器屋、鍛冶屋をやってる。

しかも強えんだ。

……なんつーか、すげえ人だったんだよ。ちょっと口が悪くて、笑い声でかくて、怒ると怖い。でもあったけぇ人だった。」


 カイルの声には、どこか子供に戻ったような素直さがにじんでいた。


「武器を選ぶ目も、戦い方も……俺、全部、あのおばさんに教えてもらった。」


 その言葉に、レオンが小さく口を開く。


「ザフィーラは、そういう人だった。俺も……あいつにはいくつも恩がある。」


 不意にエリックが口を挟んだ。


「そのザフィーラという人……今もカラムに?」


「そうだな…威勢のいい姉ちゃんだ。居ると思うぞ。」


 いつものレオンらしくない歯切れの悪さ、誰もが感じた。風が、急に冷たくなったようだった。


 数分後、見晴らしの丘を越えると、遠くに白い石造りの建物群が姿を現した。

 それが、オアシス都市カラムだった。


「見えてきたな。奴らはここからだといないように見える。」


 蒼井が低く呟いた。


 レオンは静かにカラムの街を眺めながら、部下に言った。


「……騎士団共は居なさそうだが。

念の為お前達、先に行って様子を見てきてくれ。」


----


偵察の結果、街に騎士団はいないようだ。


街の入口で目にしたのは、どこか場違いなほど華美な建物だった。

 白砂の街並みにひときわ目立つ赤と金の装飾、垂れ下がる絹の幕、空に揺れる緞帳旗――その建物は《サンド・ローズ》という名の娯楽施設だった。


「……ここが、あのおばさんの……?」


 カイルが唖然と立ち止まる。記憶の中にある鉄と火花の匂いは、どこにもない。

 レオンは沈黙したまま、重い扉を押し開けた。


 目に飛び込んできたのは、紅と琥珀の光に満ちた広間だった。

 白砂を敷き詰めた舞台、その中央に二人の少女が立っていた。


 金の短髪が、灯火の中で焔のように揺れる。

 褐色の肌にきらめく銀の装飾が浮かび上がり、鍛え抜かれた肉体が空を裂くように舞う。

 鋭く、しなやかに――それは獣のようでいて、ひと振りの刃のような美しさ。


 その隣には、流れる水のような蒼の長髪を持つ少女。

 衣装は氷の糸で編んだかのように透明で、だが冷たくはない。

 彼女の動きはまるで風に溶ける剣術。静かでありながら、空気そのものを斬るかのような美しさがあった。


 二人の舞は、まさに戦場と祝祭が交錯する幻想のようだった。

 音楽が高まり、砂を払うように足が運び、光がその軌跡を追うたびに、観客の目は奪われる。


 歓声も、口笛も、掛け声も……その圧倒的なパフォーマンスに誰一人として上げられなかった。

 その舞は、ただ“観る”ことを許される“神事”のようだったからだ。


 レオンですら、無意識にただ魅了された。

 カイルは拳を握り、ただ目を見開いていた。



「……あれが、“オアシスの女神”……」


 誰とも知れぬ客が呟いた言葉が、確かにそれを言い当てていた。

 それは剣と舞踏と魂が交じり合った、祈りにも似た舞だった。


----


舞台が静まり、余韻がまだ空気に残る中で、二人の少女は舞台からゆっくりと降りてきた。


 金髪の少女――ライザが、足を止めて観客席に立つレオンたちに視線を向ける。

 その瞳には、炎のような揺らぎと、どこか楽しげな輝きがあった。


「へぇ……こんな朝っぱらから、ずいぶんと渋い顔が揃ってるね。」


 その声に、カイルが思わず前に出る。


「……あんたたち、もしかして……ザフィーラおばさんの関係者か?」


 隣の少女――水色の髪をたなびかせたシエラが、穏やかな口調で答える。


「ええ。私たちは、彼女に拾われた孤児よ。ここで育ち、ここで学び、そしてここで生きてる。」


 金髪の少女がにやりと笑って腕を組む。


「名乗っておこうか。あたしはライザ・ヴァレリア。《刃を信じる者》さ。ザフィーラおばさんの拳と刃で鍛えられた、踊り子にして戦士!」


 水色の髪の少女が一歩前に出て、軽く一礼する。


「私はシエラ・アルティナ。知識と理と静謐を継ぐ者。ここでは舞を、裏では刃と情報を扱っているわ。あなたたちのような旅団とは、少し違う立場だけど……目的は似ていると思う。」


 蒼井がわずかに目を細め、エリックが小声で漏らす。


「……この二人只者じゃないぞ、見た目に似合わず強そうだ…。」



 カイルが前に出て二人に聞いた。

「で、おばさんはどこにいるんだ?」


 その一言に、空気が変わった。


 ライザがゆっくりと表情を落とし、シエラも、静かに視線を伏せた。


 そして――ライザが語り出す。


「ザフィーラおばさんは……この街に火を灯した偉大なる魂だった。

 だけど、その火は……二ヶ月前に消された。神と法を名乗る刃に、な。」


 カイルの目が見開かれる。


「……えっ……?」


 シエラが補足するように、言葉を選びながら続ける。


「政府の命令で騎士団が動いたの。彼女が“政府や騎士団に隠れて、傭兵団やテロリストに武器を売り、装備を調達していると疑い、正式な“検査”を装って、店に踏み込んだ。」


 ライザは感情を抑えきれず、叫ぶように続けた。


「奴らは言ったのさ! “武器を供給しろ、私達二人を我々によこせ。そうすれば命は助けてやる”ってなッ! でもザフィーラおばさんは勇敢に笑って答えた。

あたしの鍛えた刃は、穢れた喉を裂くためにあるって……!」


 沈黙が場に落ちた。


 カイルは呆然としたまま拳を握りしめた。声が出ない。言葉にならない。


 そのとき、レオンが、低くつぶやくように言った。


「……そう、か……。

 ……殺されたのか……。」


 その声に、エリックと蒼井が眉をひそめる。


「……レオン?」


 カイルがゆっくりと振り向く。


「……知ってたのか?」


 レオンの目が動く。だが、顔は動かない。


「いや……ザフィーラとはお前も知ってる通りも会いに行ってないだろ。

知らなかった…。残念だ…。」


シエラは続けた。

「彼女は公開処刑された。……見せしめとして。」


 カイルが目を伏せ、小さく息を吐く。


「……そうか。殺されたのか。」


 皆の空気が沈黙を受け入れたように黙った。



ライザが沈黙を破り、顔を上げた。


「そうだ、あなた達武器装備を揃えに来たんだろ?

ボロボロだし。」


「まだやってるのか?騎士団共に潰されたか奪われたものだと…。」

レオンが驚いたように口を開く。


ライザとシエラは笑顔を取り戻し、お互いに腰を手に回し寄り添った。


「なんてったってザフィーラのおばさんの全てを私達は受け継いだんだ。

こんな国でもただ一人優しかったザフィーラおばさん。

殺された後、騎士団の連中が武器屋と鍛冶場を奪おうとやってきた時、私達は徹底的に奴らを皆殺しにした。

それ以来、今日までの二ヶ月間奴らが嫌がらせや襲撃に来るたびに殺した。

何もしてくれなかった神を貶し、政府や騎士団を殺し尽くすことを誓い、そしてザフィーラおばさんが大事にしてた武器屋と鍛冶場を守る事を誓ったの。」


レオンはライザとシエラの強い怒りと憎悪に言葉が出なかった。


「それじゃあ、武器屋と鍛冶屋は君達が今もやってるのか?」

レオンの後ろにいたエリックが聞いた。


「ええ、やってるわ。ここでは踊りを披露して、裏では武器屋兼鍛冶屋よ。

案内する、こっちに来て。」


シエラがそう言うと店の裏に案内された。


----


店の奥、重い扉をくぐると、そこには地下に広がる隠された鍛冶場跡と見事に鍛え上げられた武器が飾ってあった。


 火は消え、炉は黒く冷えていたが、壁には今も図面や文字が刻まれている。

 それはまるで、ザフィーラの意思そのものだった。


 ライザがその中心に立ち、静かに目を伏せる。


「……ここは、あの人の“魂の火床”だった。鍛えるために、戦うために、そして誰かを救うために……この場所で刃が産まれていた。」


 シエラが、奥から小さなランプを灯すと、光がふっと広がり、薄闇を照らした。


 その時だった。

 カイルが、背中の大剣をそっと下ろした。


「俺の剣も、あの人が作ってくれたんだ。俺がまだガキだった頃。戦える日が来たら使えって、渡された。」


 その言葉に、ライザとシエラが一瞬、固まる。


 そして、ゆっくりと、ライザがその剣に近づいた。

 指で柄をなぞり、刃をわずかに浮かせ、研ぎ澄まされた目でその全体を見つめる。


「……嘘だろ。これ……。」


 驚愕ではなく、感動のこもった声だった。


「これ、ザフィーラおばさんが鍛えた一振りだ……! 鍛造の跡、火入れの癖……全部があの人の“仕事”そのまんまだ……!」


 シエラも静かに歩み寄り、目を凝らして確認する。


「仕上げがなぜか甘い。意図的に……“使うたびに鋭くなるように”設計されてる。

 これは、育てる剣……そして、信じる剣。あなたにしか渡せないものだったのね。」


 ライザが、ゆっくりとカイルに振り向く。


「……あたしが渡そうと思ってた剣なんざ、いらねぇな。

 これが、お前の刃だ。ザフィーラおばさんが、お前に託した魂だ。」


 そして、ライザとシエラ二人で刃をぐっと持ち上げると、宣言するように言った。


「なら、私たちがやることは一つだ。鍛え直す。

 あの人の火を、お前の中に灯したまま、今の戦場にふさわしい“魂の剣”にする。

 ――今の、お前のための刃に!」


 カイルはゆっくりと頷いた。

 その背で、小さな火がまた灯ったような気がした。


9話は本当はもっと長くなる予定だったのですが、長くなりすぎるのでここで終わっています。

次回はすぐに書き上がると思います。

ここまで拝読ありがとうございました!

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