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第8話 罪と誓いの狭間にて

この咎華の世界観は設定資料集のようなものを自分用に書いて、それをもとに物語を書いています。

咎華は私の中の社会への怒りを表現していますが、このエピソードは皆、ようやく束の間の休息が出来る回です。

焦げた空気と煤けた石壁が、狭い地下トンネルの中にも漂っていた。


火と血のにおいを背後に残しながら、蒼井レイモンドは一歩ずつ、鞘に納めた剣を杖代わりに地下通路を進んでいた。


先ほどまで父と剣を交えた手には、まだ熱が残っている。

だが心の中は、不思議なほど静かだった。

 


「ふぅ〜……ようやくか。」


低く、聞き慣れた声が響いた。


蒼井が顔を上げると、半壊した石壁の向こうに、エリック・モーガンが背を預けていた。


「エリック……」


蒼井は思わず足を速める。

エリックも壁から離れ、笑うでもなく頷くでもなく、ただ近づいてきた。

 


「派手にやったな、レイ。……よく、生きてたな。」


「お前も上手くやったな、エリック…。」


 

ほんの数歩の距離が、妙に遠く感じた。


互いに深手こそ負っていないが、傷は多く、呼吸も乱れている。

けれど、顔を見ただけで確信できた。


――この男は、俺の“味方”だ。



蒼井は、自然と口元にわずかな笑みを浮かべた。


「俺たちは……まだ、終わっちゃいないな…。」


「終わるどころか、ここからが地獄の始まりだろ。

……けど、ま、それが俺たちの選んだ道だ。文句は言わねぇよ。」


エリックはそう言いながら、肩を貸してくる。


「立てるか?」


「まだ、平気だ…。お前の言う通り、戦いはここからだ。」

 

二人は言葉少なに並び、脱出路の奥へと歩き出す。

灯りのない闇を照らすのは、自分たちの足音だけ。


----


脱出路の奥、足元の岩と土が砕けている。

先へ進むほど、空気が変わった。息苦しさの中に、人の匂い――血と汗、焦げた布、そして土臭さ。


 

「……誰かいるな。」


エリックが立ち止まり、わずかに剣へ手を伸ばす。

蒼井も足音を沈め、暗がりの先を凝視する。


 

狭い岩壁の曲がり角の向こう――

まず聞こえたのは、小さな呻き声。そして、子どもをなだめるような女性の声。

続いて、鉄と革の擦れる音、武装した足音。



「来るぞ……!」


緊迫した声が飛んだ。

一瞬で通路の先に複数の影が構える気配。


 

「待て、味方だ!」


蒼井が声を張ると、数秒の沈黙ののち、前方の影が一歩、踏み出してきた。

煤にまみれ、腕を怪我した旅団兵――その後ろに、怯えた目をした村人たちがいた。



「……連邦の騎士じゃねぇか。お前、生きてたのか……。

おい、こいつは騎士の格好してるが、敵じゃねぇ。

大丈夫だ。」


その声に、蒼井とエリックは確信した。


「……レオンか?」


 

半焼けたマントを肩にかけ、大剣を片手に肩へ背負った青年――カイルもそこにいた。

血と砂にまみれたその顔が、薄暗い灯の明かりに浮かぶ。

 


「チッ……生きてたか、国家の犬。」


だが、その声音に棘はなかった。

むしろ、どこか安堵と呆れが混ざったような――そんな響きだった。



「そっちも……よくぞ、生き延びた。

それと隣のこいつはエリックだ。俺と同じく騎士団を裏切った。

信用できる仲間だ。」


蒼井が静かに言う。

それにエリックは一歩前へ出て、改めて自己紹介した。


「そういうこと。エリック・モーガン、改めてよろしく。」


蒼井の無愛想な雰囲気に警戒心と怯えを隠せない村人達もエリックの柔らかい雰囲気に安堵を誘った。


「そうかい、よろしくな。

こっちも地獄だったぜ…。」


カイルの後ろでは、包帯を巻いた仲間や、肩を寄せ合う村人たちが息を潜めていた。

子供が一人、蒼井をじっと見つめている。


 

やがてレオンがゆっくりと歩み寄り、二人の間に入った。


「……今はちょいと暇がねぇ。ここで会えたなら――もう“敵”じゃないってことでいいんだろ?」


蒼井は頷いた。


「ここにいる者は、みな“生き残った者”。

敵も味方もない。俺は、もう“騎士”じゃない」



その言葉に、レオンは少し目を細めた。


「……そうか。じゃあ、今夜は傭兵として扱う。文句は言わせねぇぞ。」



微かに笑ったエリックが肩をすくめる。


「騎士でも傭兵でもない、ただの迷い犬さ。よろしく頼みますよ、隊長さん。」

 


わずかに空気が和らいだ。


互いの目に宿る疲労と、それでも消えぬ意志。

死の底を越えて辿り着いた、ほんのひと時の“合流”だった。


 

「行こう。追手はまだ来ていない。今のうちに、ここを抜けて外へ出る。」


蒼井の言葉に、一行は頷き、再び足を動かし始めた。


その足取りは重く、静かだったが――確かに前へと進んでいた。


----


岩の裂け目を抜けた先に、砂の地平が広がっていた。


月も雲に隠れ、空には星の光さえ薄い。

昼の熱が嘘のように引き、夜の砂漠は牙のような冷たさをむき出しにしていた。



地上に出た一行は、すぐさま地形を確認し、視界の通る小高い砂丘の裏側――風を避けられる窪地に身を落ち着かせた。


旅団の兵士が持ち出していた火の魔導器が、かすかに赤い火を灯す。


 

焚き火の炎が揺れはじめると、それまで張りつめていた空気が少しずつほどけていった。


 

「ようやく……休めるのか……。」


村人のひとりが膝を抱えて座り込み、土に伏す。


誰もが声を潜め、体を寄せ合う。

疲労は限界に近く、それでもなお、皆の眼差しはしっかりと前を向いていた。


 

蒼井とエリックは、火の近くに腰を下ろす。

蒼井は口を開かず、じっと火を見つめていた。

炎が揺れるたび、その瞳の奥にも何かが揺れているようだった。



「なあ、レイ。」


隣に座ったエリックが、ぽつりと声を落とす。


「“正義の騎士”だった俺たちが、今じゃ傭兵と火を囲んでるんだ。皮肉だよな。」


「正義なんて言葉を、俺たちは都合よく使ってたんだ。」


「……気づくには、ちょっと遅すぎたな。」


エリックは少しだけ、空を見上げた。


その先には、焼けた村と、消えた灯があったはずの空。


 

「でもな。誰かを守るために剣を抜いたことだけは、間違ってないと思う。

ただ汚れた権力の言いなりだった訳じゃない。」


蒼井は言葉を返さなかった。

だが、その手が剣の柄をそっと握るのを、エリックは見逃さなかった。

 


焚き火の向こうでは、カイルが寝ずに武器の手入れをしていた。


膝に剣を置き、砥石で刃を擦る音だけが静かに響いている。

その背に、怒りと悔しさが染み込んでいるようだった。


シュッ、シュッ……と砥石の音が止んだ。


カイル・マクレガーは刃先を軽く拭い、ゆっくりと立ち上がった。

その顔には、戦いの疲れと、言い知れぬ葛藤の色がわずかに滲んでいた。


彼は焚き火を挟んで、蒼井とエリックの向かい側に無言で腰を下ろす。

しばし沈黙が流れた後、カイルが唐突に口を開いた。



「お前……剣の動き、妙だったな。」


蒼井が顔を上げる。


「妙?」

 


「悪い意味じゃねえ。動きが、連邦の騎士団で教えられてる“型”と違ってた。

俺とやり合った時、身体の使い方が……なんつーか、無駄がなくて、内から通ってる感じだった。」


 

蒼井は一瞬だけ言葉を選び、それからゆっくりと頷いた。


「俺の剣術は、ノア連邦で教わったものじゃない。

――アマツ国の流派だ。母の国で教わった。」

 


「……アマツ国?」


カイルの眉がわずかに動いた。


エリックが少し驚いた顔で補足する。


「東の外れにあった小国だ。五年前にダカン帝連国に滅ぼされた。」



蒼井は静かにうなずく。


「母はアマツの生まれで、俺はその血を引く。

騎士団に入るまで、ずっとあの国で育てられた。

……だから、俺の“根”は、連邦じゃない。」


 

カイルは蒼井をまっすぐに見据える。

その目には、わずかながらも尊敬に似た色があった。


「なるほどな。……あんたの剣、型じゃねぇ、“信念”で斬ってきたってわけか。

アレだろ?アマツ国って、文化や精神性が独特なんだろ?

なんか喋りも戦い方も変で、なんかこう……。

俺がガキの頃にどっかで聞いた物語でそんな感じの英雄の話を聞いたことが…あったような…。」



蒼井は少しだけ、肩の力を抜いたように微笑んだ。


「剣は、斬るためのものだ。でも、守るためにもある。

母と、その師がそう教えてくれた。」



焚き火の炎が、三人の間にほのかな明かりを落とす。


カイルはそれをじっと見つめながら、ぼそっと呟いた。


「だったら……あんたが“騎士”でも“傭兵”でも、俺はもうどうでもいいや。

戦える理由がちゃんとある奴なら、それでいい。」


 


エリックが笑う。


「お前にそう言われりゃ、レイも報われるな。」


蒼井は静かに目を閉じた。

炎がまた一つ、大きく揺れた。


----


――そして夜は、深まっていく。



レオンは仲間と村人の様子を見回ったあと、少し離れた岩の上に登り、見張りの位置に立った。

その姿は、今にも燃え尽きそうな焚き火の炎とは対照的に、静かで重く、揺らがなかった。


 

蒼井はしばらく火を見つめた後、立ち上がり、レオンの背へと静かに歩いていった。

 


遠く、風が低く鳴いた。

それは泣き声のようでもあり、夜の静寂そのもののようでもあった


----


夜の砂漠は静まり返り、焚き火の炎がパチパチと音を立てていた。


カイルとエリックがようやく眠りについたころ、蒼井はそっと立ち上がり、少し離れた砂丘の上に向かって歩き出した。


その先にいたのは、ひとり見張りに立つレオン・ヴァルグレイ。


風にマントをなびかせ、星の見えぬ夜空の下をじっと見つめていた。


 

「……まだ眠っていないんだな。」


蒼井の声に、レオンは振り返らなかった。



「ああ。性分でな。誰かが立ってなきゃ、どうにも寝つけねぇんだよ。

それに敵は騎士団だ。

たちの悪さとしつこさは侮れん。」


少し笑ったような声だった。



蒼井は隣に立つと、無言で夜の闇を見つめた。

しばし、二人の間に沈黙が流れる。


その静けさを破ったのは、意外にもレオンだった。


「お前は……カイルのこと、どう思う?」



蒼井は、目を伏せるようにして答えた。


「まっすぐで、強い。そしてどこか脆い。

全てを壊しかねない程の情念……それは強い武器になるが、自分への毒にもなる。」


 

レオンは短く息を吐いた。

 


「……あいつのことは、俺が拾った。

でも“救った”とは言えねぇんだ。」



蒼井が視線を向ける。

レオンは初めて、蒼井の方を見て言葉を続けた。



「昔、凄い音がしたからあいつの家に入ったんだ。

母親の姿はなかった。

カイルは小さな体で、血塗れで床に倒れてて……その上に、酔った目をした男が立ってた。

殴り続けていた。もう、何発やったかわかんねぇくらいに。」


 

「……俺は、剣を抜いた。無意識だった。止めなきゃって、それだけだった。」


「それで……カイルの父親を?」


「ああ。……殺した」


 

その言葉は、風より静かだった。


だが、確かに重く、鋭く、胸の奥に突き刺さる。


 

「そして、カイルを抱き上げた。

そしたらな、あいつが殺した男の方を見てどこか悲しそうに“父ちゃん”って言ってた。」


 

蒼井の瞳が揺れる。



「もちろん、今じゃあいつは覚えてねぇ。

それにアイツは俺を“レオン”って名でしか呼ばない。……それでいいんだ。

親父を殺しちまったんだからな。

……俺は今でもあいつの声が頭から離れねぇ。」



沈黙。


焚き火の明かりが遠くで揺れていた。



「だから、あいつの目を見るたびに思うんだよ。

俺が奪ったんじゃないかって。……守るなんて都合のいい言い訳でよ。」


 

蒼井はしばらく答えなかった。

やがて、ゆっくりと口を開く。


「カイルはあなたを信頼してるからこそ、あの強さがあると思うけどな。」


 

レオンが眉をひそめる。


「……どうだろうな…。」

 

レオンはその言葉に、何も返さなかった。


ただ、静かに夜空を見上げる。



雲の切れ間から、ようやく一つの星が顔を覗かせていた。


それはあまりにも小さく、儚く、それでも確かに――そこにあった。



「……ありがとな。少し、楽になった。

ったく情けねえな俺は。」


レオンの声は、ほんのわずかだけ震えていた。


 

蒼井は一礼し、静かに火のそばへ戻っていった。


残されたレオンは、空を見上げたまま、夜の風に身を任せていた。

 

焚き火の明かりの向こうに転がった仲間たちの壊れた装備や、血の染み込んだ刃先を見つめながら、心の中で静かに呟く。



「ボロボロだな、まったく……。

これじゃあ、次の戦いに持たねぇ。

あの姉ちゃんに頼るしかねぇか。」



夜の静けさの中で、火の粉がぱち、と弾けた。


それは、新たな戦いの火種だったのかもしれない。


夜はまだ、明けない。


けれど、その静けさは、ほんのわずかに――温もりを帯びていた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、生き延びた者たちが焚き火を囲み、互いの過去と静かに向き合う夜を描きました。

戦いが終わったわけではありませんが、一時の安らぎと、“剣を抜く理由”を見つめ直す時間がありました。

次回は、旅団御用達の戦う武器商人が登場予定です。お楽しみに。

そして今、Xやカクヨムにて次回9話登場の新キャラのイメージビジュアルを公開中です!


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