第19話 灰狼の覚悟、密かな想い
リタというキャラは個人的にこれからも推していきたいです。
境遇が少し特殊で、男よりも女の人を恋愛対象としています。
そこで、彼女は差別、虐待、迫害を受けてきました。
空は群青に染まり、遥か彼方に薄く霞んだ雲が流れていた。
その青空を優雅に滑るように、魔導石を加工した装置の推進によって浮かぶ巨大な飛空艇が、一隻。ノア=ユナイテッド連邦の国章を刻んだ白銀の船体が、まるで鋼鉄の鯨のように大気を切り裂いて進む。
――飛空艇《セントバリア号》。
その操縦区画からほど近い艦室に、重厚な装甲扉が閉ざされた作戦室があった。内部には最低限の人員しかおらず、緊張と沈黙が支配していた。
その中心に座る男、グレアム・ウェクスラーは、窓越しに広がる空をしばし無言で眺めていた。年齢は49で蒼井レイモンドの父、グレゴール・ヴァンデンベルクと同期だ。
眼差しが鋭く、存在感を放っており、威圧すら感じさせる眼光は衰えることを知らない。
「……アルザフルの状況はどうなっている?」
隣に立つ精悍な顔つきの部下が、即座に応じる。
「現在、アルザフルではノア連邦騎士団のグレゴール・ヴァンデンベルク殿と、アルザフル騎士団のデラート・ヴァロア騎士団長主導による“連合騎士団”が各地を制圧中。名目上は“灰狼旅団というテロリスト鎮圧作戦”を遂行し、ほぼ壊滅状態で残りはその残党のみとの事です。」
その言葉を聞いてグレアムは眉をしかめる。
「その灰狼旅団が、本当にテロリストというなら各地の"本物"のテロリストとの戦闘記録はどういうことかな?」
「テロリスト同士の領地争いや派閥争いと言われていますが、灰狼旅団はそのテロリストに数々の勝利を収めても、その村や街に被害の記録はなく、それどころか物資の供給をしているということです。」
「明らかに灰狼旅団はテロリストではなく人々を救済しているということだ…。」
「……ですが、ノア連邦本国の各報道機関では、アルザフル政府が流した情報を“真実”として連日放送されています。民衆の反応も、“早く灰狼旅団を処刑しろ”と……熱狂的です。」
「メディアの作り話を鵜呑みか…。
あからさまな情報操作に惑わされるとは……。世も末だ……。」
グレアムは眉間に深い皺を刻み、重くため息をついた。
「……俺はもう我が母国も信用していない。だから今回、余計な部下は連れてきていない。お前たち数人だけだ。……分かるな?
グレゴールと政府の独断、アルザフルの圧政もこれ以上許すわけにはいかない。」
「はっ。グレアム様のお考え、しかと刻んでおります。」
「親友だった男と、戦わなくてはならなくなる日が来るとはな……。」
グレアムの視線は再び窓の向こう、アルザフルの大地を目指して進む空の果てに向けられた。
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血の臭いが岩場を満たし、呻き声と金属音が響く。
灰狼旅団の五人とシエラは、ゾンビ化した街人たちとの激しい戦闘を繰り広げていた。
切り裂き、叩き伏せ、突き刺し、跳び退く。
彼らの連携は完璧だった。リタは短剣を逆手に持ち、岩陰を駆ける獣のように敵の間をすり抜け、喉元や関節を的確に切り裂いていく。
キーファの槍は一閃ごとにゾンビを串刺しにし、ミーナの剣とアルスの剣が交互に鋭く閃いた。
そしてバロスの巨斧が唸り、肉も骨も一撃で叩き砕く。
その一方で、シエラの魔導術が後方から彼らを援護する。
腕輪と指輪に埋め込まれた魔導石が淡く発光し、空気を冷たく染めながら凍結や敵の動きをとめる幻惑、風の刃の術を繰り返し発動させていた。
「っは……数、多すぎる!」
リタが短剣で急所を突き、キーファが逃れたゾンビの首元を貫き、
ミーナが岩を蹴って高く飛び上がり、振り下ろした刃で3体を一閃。
アルスがバロスと背中を合わせ、同時に左右を薙ぎ払う。
「数……あと……十数体……ッ!」
シエラの声に呼応するように、全員が渾身の動きに入った。
怒声と金属音、霧の渦、血の臭い。
そしてついに――
バロスの斧が最後の一体の頭蓋を砕き、
その肉塊が地面に倒れると同時に、鉱山道に静寂が戻った。
「……はぁっ……やった……のか……?」
ミーナが震える手で剣を支えながら、膝をつく。
荒い息を吐きながら、リタが短剣を収める。
「……はぁ……終わった、のか?」
バロスが斧を肩に担ぎ、辺りを警戒しながら呟いた。
ミーナは膝をつきながら頷きかけ、ふと顔を上げた。
「――待って、音がする……何か来る……!」
その声に全員が振り返る。岩陰の向こう、乾いた地面を踏みしめるような重く、鈍い足音が地響きのように近づいてくる。
ゴウン、ゴウン、と金属がぶつかるような音。
そして現れたのは、先ほどまでのゾンビとは明らかに異なる異様な存在だった。
明らかに異様な存在感を放つ10体の強化ゾンビ兵が現れた。
人間だったとは思えない、装甲のように硬化した皮膚、武具をまとい、無言で迫ってくる異形の兵士たち。
「明らかに様子が違う。これは強化個体……!」
シエラが息を呑んだ。
「下がってろシエラ!」
バロスが叫び、斧を構え直す。
すぐに戦闘が再開されるが、今までとは比較にならないほどの激戦になる。
一撃で倒していたはずの斧や槍が、強化ゾンビ兵には通じない。
その時だった。
「……ぐっ!」
キーファの腹部を、一本の剣が貫いた。
強化ゾンビ兵の一体が正面から踏み込み、容赦なく鳩尾を突き刺したのだ。
「キーファっ!!」
叫んだのはミーナだった。振り向いた彼女の目の前に、別のゾンビ兵の斬撃が迫る。
だが、彼女が気付いたその瞬間──
「ミーナ、下がれッ!」
アルスが飛び込み、ミーナの前に身を差し出す。
刃が斜めに彼の肩から脇腹を切り裂き、血飛沫が吹き上がった。
「……すまねぇ、俺はここまで…だ…。」
アルスの言葉とともに、彼の身体が地面に崩れ落ちる。
「うそ……うそ、でしょ……!」
ミーナの声が震えた。
「このっ……クソゾンビ共がああああッ!!」
リタが短剣を構え直し、血のように赤い瞳を光らせて突っ込む。
「俺が全部叩き潰してやる!!」
バロスも斧を唸らせ、咆哮を上げて突撃する。
怒りが、悲しみが、刃に宿る。
だが、それでも敵はあまりに強かった。
そんな仲間たちの姿を見ながら、シエラは静かに息を吸った。
――私が、やるしかない。
指輪と腕輪の魔導石をかざし、ゆっくりと膝をついて座る。
全魔力を一点に集中させ、精神と肉体の限界を超えて練り上げる。
指輪から立ち上る冷気が、空気を冷たく白く変えていく。
「……お願い、あと少し……耐えて!」
空間が静まり返る。冷気が満ち、敵味方の動きすら鈍るような、重い圧が空を包む。
そして、声が響いた。
「皆、離れて!」
リタ、ミーナ、バロスはそれを聞いて即座に退避する。
直後、空中に無数の巨大な氷柱が、音もなく出現する。
冷気が形を成し、天から降りてきたかのように。
巨大な鋭い氷柱が、強化ゾンビ兵を物凄いスピードで正確に貫いていく。
凍り、砕け、倒れていく異形の兵士たち。
最後の一体が貫かれた瞬間、凍りついた空気がもとに戻ってくる。
そしてシエラは、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「……シエラ!!」
リタが駆け寄ろうとしたその時、信じられない声が聞こえた。
「……うっ……痛ぇ……何が起きたんだ……。」
倒れていたキーファが、呻き声と共に身体を起こした。
「……キーファ!? 生きて……?」
更に、
「ミーナ……これはどういうことだ……?」
血まみれのまま、アルスもゆっくりと上体を起こす。
ミーナは涙ぐんだ目で、アルスの元に駆け寄った。
「これもまさか……黒い霧の“身体強化”の影響か……?」
バロスが呟く。
リタも、「……そうかもしれない、でも生きてるなら、よかった。」と震える手で武器を握り締めた。
「……良かった……。」
シエラが、意識を落とす直前に微笑みを浮かべ、静かにその場に気を失い倒れた。
「シエラ!」
リタが真っ先に駆け寄り、その身体を抱き寄せる。冷たい頬に手を当て、彼女の額を自分の膝にそっと乗せる。
「ごめん……またあなたに助けられたよ……。」
その声は、今にも消え入りそうなほどに優しかった。
しばらくして、岩陰に隠れていた村人たちがそっと顔を出してくる。
恐る恐る近づいてきた一人の男が、様子をうかがいながら言った。
「だ、大丈夫か……? 無事……なのか?」
リタは立ち上がり、全員を見回して言う。
「シエラを運ぶ。彼女を休ませなきゃ、このままじゃ命が危ない……。皆、協力して。」
その言葉に頷いた灰狼のメンバーたちと村人たちが、手分けして周囲を警戒しつつ前進を再開する。
リタはシエラの身体をそっと背におぶい、岩場の道を一歩ずつ進んでいく。
重さよりも、そのぬくもりが心に刺さる。
ようやく、乾いた岩肌の先に、ぽっかりと空いた暗がりが見えてきた。
シエラとライザそして故ザフィーラだけが知っていた秘密の洞窟。
岩に隠れるようにして存在する、採鉱場跡地。
「ここ……だな。」
バロスが呟くと、皆はそこに身を滑り込ませるようにして中に入っていく。
洞窟の中はひんやりとした空気に包まれていたが、安全と呼べる場所だった。
リタは落ち着ける場所に布を敷き、シエラをそっと寝かせる。
周囲の者たちはシエラを心配しつつもそれぞれ荷物をまとめたり、火を起こしたりしながら警戒に入る。
リタは一人、シエラの傍らに腰を下ろし、魔導石を埋め込んだ小さな治療装置を手に取った。
それをシエラの胸元に軽く当てると、じんわりと柔らかな魔力の光が広がる。
「……お願い、戻ってきて……。」
祈るように何度も魔力を込め、ゆっくりと治癒を重ねていく。
──そして、シエラのまぶたが微かに動いた。
「……ん……。」
薄っすらと瞳が開く。その目が、光に震えてリタを見つめた。
「良かった……意識、戻ったね。」
リタは静かに微笑み、シエラの額に手を伸ばして撫でる。
「……ありがとう……。」
シエラの声は小さく、息のようだった。
「助けてくれたのは、あなたの方だよ。」
リタはそう返しながら、もう隠さないと心に決めた。
仲間として、誇りを分かち合った同志として、
そして――それ以上の想いを密かに抱いた一人の人間として。
リタは、そっと顔を近づける。
ためらいがちに目を閉じ、静かに唇を重ねた。
それは、熱くないキス。けれど、今の夜の中で誰よりも確かだった。
「……少しだけ、私のわがまま。黙っててね、シエラ」
すべての想いが、その一瞬に込められていた。
ご拝読ありがとうございました!
グレアムが政府、世の中に対する不信はこのリアルを生きるこの世界の間違った方向に惑わされない、まともな精神と心を持った人には共感出来ると思います。
まだ描写としては少しだけですが、これからそれを感じられることが増えると思います。