第16話 護る者、戦う者
前話が落ち着いていたので早いですが、16話を完成させました。
私はこの咎華を執筆するうえで、コンプラやポリコレなど一切考えず伝えたいことをそのまま書いています。
皆に、好かれる作品ではなく。
この世界の、人類の間違いや矛盾を突き刺す作品にしています。
焼けるような日差しが、容赦なく頭上から照りつけていた。
乾いた砂を踏みしめるたびに、足元がわずかに沈み、小さな砂の渦を巻き上げる。
砂漠の中央――そこを行く一行の影が、陽炎の向こうにゆらめいていた。
蒼井、エリック、カイル、ライザ、シエラ。そして灰狼旅団の仲間五人。
その背後には、かろうじて歩いている八人の村人たちが続いていた。
妊婦の女性を気遣うように、ライザが何度も後ろを振り返る。
「あと一山……あの山を越えれば、鉱山が見えるはず。」
シエラが目の前の山を確認しながら、乾いた風に髪をなびかせて言った。
「ふぅ……その洞窟がまだそのままならいいんだがな。」
ライザが汗を拭いつつ、空を見上げる。
そのとき、灰狼の一人リタが、ぽつりと口を開いた。
「……そんなことがあったのか。」
カイルの横を歩きながら、これまでの事情を全て把握し、遠い視線のままつぶやく。
「レオンが捕まったって聞いた時は信じられなかったよ。」
額の汗を拭いながらカイルは、うなずいた。
「……ああ。一刻も早くレオンを助けに行きてぇよ。でも今は……村の人たちを安全な場所に連れていくのが先だ。
もどかしいけどな……。」
誰もが黙り込んだまま、照りつける太陽の下を進み続ける。
その時だった。
「――待て!止まれ!」
蒼井の低い声が、一行の足を止めさせた。
視線の先――砂の向こうに、かすかに黒い点がいくつも動いていた。
「……あれは…。」
エリックが砂漠の先を眺める。
「連合騎士団だ!」
蒼井が確信を持って告げた。
鎧の反射、規則的な行進、そして背中に背負う槍や魔導器。
見間違いようがない。
「数は……ざっと百はいる。しっかりと魔導装備付きの前衛部隊。下手に動いたらこっちが餌食になるよ。」
シエラが低くつぶやく。
「隠れるぞ。砂の盛り上がりの陰へ。」
蒼井の指示で一同が動く。
村人たちを優先的に岩陰へと誘導し、全員が身体に砂を被せて、視線を遮った。
しかし、あの大軍をこれで回避出来るかはわからなかった。
呼吸音すらも響きそうな沈黙。
騎士団の足音が、じわじわと近づいてくる。
「……正義の名のもとに、俺たちを始末しに来たんだろう。」
エリックが苦笑気味に言った。
「このままじゃ見つかる。作戦変更だ」
蒼井の声に、皆の視線が集まる。
砂の陰にうずくまりながら、全員が蒼井の言葉に耳を傾けた。
「……あの大軍ではここにいても見つかる。
何か考えないとな。」
何か蒼井の声は落ち着いていたが、言葉に含まれる現実は重かった。
「二手に分かれる。」
「はあ?」
灰狼の一人が驚き混じりに声を漏らす。
「まさか、正面突破する気か?」
「そうじゃない。」蒼井が続ける。「シエラを先頭にして、村人八人を鉱山まで導く班。もう一方は、目の前の敵を何とかやり過ごして、レオン奪還に向けて動く班だ。」
「……割と無茶だな。」エリックが冷静に言う。
「でも確かにそれしかなさそうだな…。」
「この戦いをしてる時点で保証なんて、あるわけないよな?
俺はやるぞ!」
カイルがふっと笑い、立ち上がりかけた姿勢のまま、仲間たちに顔を向ける。
「今ここで誰かが立ち止まったら、全部終わる。だったらやるしかねえだろ?」
カイルは灰狼旅団の五人に目をやり、静かに名前を呼んでいく。
「リタ、アルス、ミーナ、バロス、キーファ!」
五人はハッとしたように顔を上げた。
「シエラが案内なら安心だ。それじゃあ、お前たちは村人達を連れて、鉱山へ向かってくれ!」
リタが驚いたように口を開く。
「カイル。あんた、何カッコつけてんの!? あんな大軍を前に、私たちも戦えるってば。」
アルスも肩をすくめて言う。
「そうだ。俺らをおいてカッコよく突撃とか、許可してないぞ!」
「わかってるよ。」
カイルはニヤッと笑った。
「だけどな――俺にはいい考えがある!」
そう言って、蒼井とエリックに目を向ける。
「この二人、元・騎士団だ。知り合いだって何人かいるだろ。見つけたら人質にでも説得でもして、なんとか“中”に潜り込む。
連中の隙を突いて、レオンを引っ張り出す作戦だ!」
エリックが眉をひそめてつぶやく。
「おいおい、そんなにうまくいくか……? 百以上だぞ?」
「それでも、やるしかねえだろ?」
カイルは笑いながら言った。
「それに――ライザもいるしな!」
その一言で、空気が止まる。
「……ん?どういうこと?」
ライザが眉を吊り上げる。
「色仕掛けでもすりゃ、一人くらい騎士団の兄ちゃんを味方にできるんじゃねーの?
その為のその服装だろ?」
カイルが冗談めかして言う。
「はあああああああ!?!?!?」
瞬間、ライザの拳がカイルのこめかみに突き刺さる。
「なんで私がそんなことしなきゃいけないんだよッ!! バカなクソビッチと一緒にすんな!!
無神経野郎!!」
「いってぇぇぇ!!
そんな強く殴らなくてもいいだろ!」
空気が張り詰めたままでは持たない。緊張をほぐすには、ちょうどいい毒だった。
蒼井が、そんな二人を見ながらふっと目を細める。
「……俺たちなら、上手くやれる。
その時その時で対応すればいい。」
エリックが小さく息をつき、頷く。
「まあ、全員で動いても挟撃されて終わるだけだしな。行くしかない。決まりだ。」
カイルは立ち上がり、持っていたレオンの大剣、蒼雷を一旦地面に置き、背負っていたカイルの大剣を抜き、リタへと手渡した。
「二本持ちはちと重くてな。……俺の剣、預けたぞ。」
リタは受け取りながら言う。
「……必ず、返しに来なさいよ。」
カイルが応える。
「もちろんさ。
あんな公僕共に俺が負けるか!」
分かたれる道。だが、その先にある目的は一つだった。
騎士団の足音が着実に近付いていた。
風が止む。
砂の下、張り詰めた沈黙のなか、蒼井がゆっくりと立ち上がった。
その瞳は、戦場に臨むアマツの戦士そのものだった。
「……よし、それじゃあ行くぞ。」
エリックも続く。
「俺たちがまず敵を引きつける。全力でな!」
蒼井は振り返らずに言葉を放つ。
「ライザ、躊躇うなよ。
危なくなったら俺の後ろにいるんだ。」
「誰に言ってんの?」
ライザが薄く笑って言い返す。
「私は、ザフィーラの仇を討つためなら――全員ぶっ潰す覚悟、とっくに出来てるよ!」
そう言って、彼女は右手の腕輪の魔導石にそっと触れた。
青紫に光るその石が振動すると、魔導気が空間を圧縮するように蠢く。
次の瞬間――空間から召喚されるようにして現れたのは、
ライザの身長ほどもある巨大な戦鎚だった。
金属の塊に魔導紋が刻まれ、重さとは不釣り合いなほどしなやかに、彼女の手に収まる。
その時、カイルが蒼井より前に踏み出て号令をかけた。
「行くぞおぉぉ、突撃!!!」
カイルが砂を蹴り上げ、前方の騎士団部隊に向けて走り出す。
その声に呼応するように、蒼井、ライザ、エリックの三人が続く。
砂を舞い上げ、まっすぐに敵軍の中央へと突き進む。
連合騎士団の前衛部隊が一斉に立ち止まった。
「いたぞッ!! 反乱分子・灰狼旅団!! 成敗せよ!!」
怒声と号令が、砂漠全体に轟く。
百以上の足音と金属音が一斉に鳴り、魔導器が起動する音が重なる。
戦いの幕が、上がった。
一方、砂の陰に残された者たちは、一瞬その光景に息を呑む。
その沈黙を破ったのは、シエラの冷静な声だった。
「こっちよ、今!」
彼女の号令とともに、灰狼旅団の五人、そして村人たち八名が一斉に身を起こし、反対方向へと走り出す。
「遅れずについてきて!」
「妊婦を支えて、アルス、荷物を!」
「おう!」
エリックに代わって前線指揮を引き継いだシエラは、的確な判断と移動経路を瞬時に示しながら、一同を山のふもとへ導いていく。
背後では、砂塵の向こうに蒼い光が瞬き、雷鳴のような剣戟音が響いていた。
それは、仲間たちが命を張って作った“隙間”だった。
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カイルが吼える。
「いっけえぇぇぇぇ!!! ブッ殺せえぇぇぇ!!!」
巨大な蒼雷の振り下ろしが敵の強靭な魔導盾を砕き、ライザのハンマーが大地を震わせ、兵士たちを吹き飛ばす。
蒼井はその合間を駆け抜け、敵の隊長格にアマツ刀、雪霞を突きつける。
エリックが仲間の背を守りながら言う。
「……よし、あいつらの背中は、ちゃんと俺が預かった!」
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そして、シエラ率いる避難班は、遠くに見える岩山の影へとたどり着く。
鉱山の入口はまだ見えないが、確かにあそこに“生き延びる道”がある。
「あと少し……!」
シエラの声が風に乗る。
ご拝読ありがとうございました!
個人的に推しはシエラ、カイルです。
自分で書きながら、ホクホクする瞬間もあります。
皆さんは今のところ誰が好きですか?
コメントしてくるとありがたいです。