第13話 英雄と義賊、剣交わす
今回はシエラ、レオン、蒼井レイモンドの場面になります。
レオンともう一人の元英雄の戦闘がはじまります。
書いていて、本当の正義について考え込みました。
しかし、蒼井レイモンドは確かな信念を持って国を、騎士団を裏切っています。
街の黒い霧が、静かに消えていた。
崩れた建物の影、瓦礫に囲まれた広場の隅。
そこに、レオン、シエラ、蒼井の三人が佇んでいた。
先ほどまで黒い霧に呑まれ、精神を操られていた灰狼旅団の仲間五人は、地面に横たわっている。
意識は戻りつつあるように見えるが、目を覚ます気配がない。
その傍らで、シエラは膝をついていた。
額には汗が滲み、肩はわずかに上下している。
その様子を見て、蒼井が近寄り、声をかける。
「……大丈夫か?」
シエラは顔を上げて笑った。
その笑みに、無理をしている色があった。
「平気よ。……少ししたら良くなる。ちょっと力を使い過ぎただけ。」
人の精神を操る黒い霧を晴らしたのは《静界》
人の脳内に直接、幻影の世界を投影する空間支配魔法。
五感を鈍らせ、感情を鎮静し、外からの支配を“幻で塗りつぶす”特殊な術。
今回、シエラはこの魔法を広域に展開し、仲間たちを“鎮める”ことに成功していた。
だが、その代償は小さくない。
レオンも近づき、彼女の肩に手を置いた。
「姉ちゃん。……ありがとな。
おかげでみんな無事だ。
すげぇ魔法だが、疲れたろ…。
よし!俺が一人で村人たちを迎えに行ってくる。
レイモンドは姉ちゃんと一緒にいてやってくれ。」
その言葉に、シエラが顔を上げた。
「待って!」
珍しく、少し強い口調だった。
「確かに霧は晴れた。仲間の五人は私の幻術で洗脳を解いた。
でも、もし街の人達が黒い霧に洗脳されていたら……解けていないと思う。」
レオンは「ん?」とシエラの話を聞いた。
「さっき私が使った静界は……
眠らせて、外の干渉を上書きする魔法。
この場にしか私の幻術は効かない。」
レオンが眉を寄せた。
「……つまり、この街の奴らもこの黒い霧の影響を受けたとすれば、まだ洗脳化にあるわけか。」
「そう……どこかに潜んでるか、別の場所に移されてるかわからないけど気をつけて。」
レオンは少しの間、考えてから、ニッと笑った。
「気にすんな!村人たちを迎えに行くだけだ。
それに俺にはコイツがあるんでな、じゃ行ってくるわ。」
背中にかけた蒼雷の柄に手を置く。
青く煌めく魔導大剣は、かすかに雷光を帯びた。
「ここは頼んだぜ、レイモンド。」
「わかった。」
レオンは、背を向けて歩き出した。
シエラはその背中をしばらく見つめていた。
――霧が晴れても、街はまだ静かすぎる。
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レオンの足音だけが、瓦礫の中を進んでいった。
街道を抜け、レオンは旧寺院跡へと向かっていた。
月明かりに照らされる石畳。
どの家も窓が開き、カーテンは微動だにせず、ただ静まり返っていた。
ここまで“人の気配”がないことが、異様だった。
風の音すら、どこかよそよそしく感じてくる。
レオンは周囲を警戒しながら、無言で歩き続けた。
その背に背負われた大剣・蒼雷が、時折わずかに震えるように光を放つ。
「……こいつは嫌な予感がするな…。
まるでこの相棒がそれを教えてくれてるみてえだ。」
そう独り言を言うと、旧寺院の輪郭が闇の中に浮かび上がってきた。
かつて祈りと信仰が交わされたこの場所も今では廃墟と化し、沈黙に包まれている。
建物の奥、地下への入り口には扉があり、その表面には見慣れた魔法式の紋が刻まれていた。
「……封印魔法か。リタが施したやつだな…。」
レオンは手を伸ばし、その解除式を解こうとする。
その時だった。
「久しぶりだな、レオン=ヴァルグレイ隊長殿。」
背後から、静かに声がかかった。
即座に反応し、レオンは蒼雷の柄に手をかけたまま振り返る。
闇の中から現れたのは、アルザフル政府官僚の礼服に身を包んだ一人の男が立っていた。
「……お前……カシアンか…。」
レオンは眉をしかめた。
「アルザフルの使いの者が何の用だ? こんな場所に。」
政府の使い、カシアンは微笑を浮かべながら手を広げてみせる。
「お話しをしに来ただけですよ、隊長殿。
なに、構えずとも。私はただの“交渉人”です。」
レオンは剣を抜かずに言った。
「交渉? それならもう済ませた筈だが?」
「実は先程、お約束の亡きザフィーラの製作した武器装備回収に失敗したという報告を受けましてな。
無人のはずの武器庫で回収するだけのことなのに何ででしょうな。
あなたからは上手くやっておくと言われたのですが……。
まぁ、あの無能なファビアンの事です。
どんな簡単な仕事もこなせないのかもしれませんが…。」
レオンは額に汗を滲ませ、目を伏せた。
「想定外にやることがあって、皆が外に出れなかったんだ…。」
「だが我々とは“約束”がありましたよ。
灰狼旅団の安全と村人たちの保護――それと引き換えに、我々に“協力”してもらうと。」
レオンは低く吐き捨てた。
「場所は教えた。俺の知る範囲で、だ。
そのあとに誰がどう動いたかなんて、俺の知ったこっちゃねえ。」
カシアンの笑みは崩れなかった。
「……勘違いしてもらっては困るな、隊長殿。
我々が求めているのは“協力”という“義務”を果たすことです。」
カシアンは続けた。
「ザフィーラ殿は、この国で最も優れた武器製作者だった。
しかし、彼女は酒場を隠れ蓑に武器製作の事実を隠し、国の敵に売っていた。
これは紛れもない反逆罪だ。
その知識と技術は、神と平和の名の下に国が管理すべきもの。」
レオンの表情は嫌悪を表し、カシアンを睨んでいた。
「彼女がそれを拒み、“敵性勢力”にのみ技術を供与していたのなら……あの粛清は当然の処置だ。」
レオンの目が鋭く細められる。
「そして、今。彼女の遺した装備は我々の管理下になく、危険な状態です。
この中にいる村人たちも、あなた方灰狼旅団の生き残り五名も、ザフィーラに付き従っていたライザとシエラも。
我々の“保護”が必要ですね。」
レオンの手が動いた。
蒼雷の柄を握り、ゆっくりと抜刀。
雷光を帯びた大剣が、低く空気を切る音を立てた。
「……悪いが、そうはさせねぇ。
いい加減てめえのそのクソみてえな戯言に付き合ってらんねぇ。」
カシアンは少しだけ目を細め、沈黙した。
沈黙のまま、互いの視線が交錯する。
空気が重く張り詰めていた。
するとカシアンの背後から現れたのは、全身を鋼の鎧に包んだ男――
その姿を見た瞬間、レオンの表情がわずかに動く。
「……驚いた…あんたもこんな所にわざわざ出向いてくるとは…ノア連邦の英雄。あんたが……レイモンドの親父だな。」
「犯罪者に名乗るものなどない。愚息も今や貴様と同じだ。テロリストの一員に過ぎん。」
その声は低く、乾いていた。
だがその奥には、かつて国を守った男の、どこか怒りにも似た強い意志があった。
「かつての私は英雄だった。だが今は違う。
ノア連邦は忘れているのだ、誰のおかげで国の平和と繁栄をもたらされたのか!
私はノア連邦国そのもの――秩序を守る剣。
そして、悪を討つ正義の象徴だ。」
レオンは蒼雷の柄に手をかけ、低く笑う。
「正義ね……なら聞くまでもねぇな。
しかしあんた、息子に剣を向けたって聞いてる。ほんとならそれが正義って言えるかねぇ?」
グレゴールの目は更に鋭くなり、レオンを睨んで言った。
「奴は、国家に逆らった。
それに奴は我々連合騎士団の本陣を襲い、味方であったはずの騎士達を斬り伏せた。
そんな奴が正しいと言えるか?
あれはもう、我が息子ではない。
所詮は劣等種の血が混ざった反逆者だ!」
その言葉に、レオンの目が冷えた。
「あんた最低な親父だな。……レイモンドがどれだけ信念を持って救うべきものを救い、正しい事に真っ直ぐ突き進むアイツを見てねえのか。
国や信仰、大衆思想や欲望に惑わされず己の地位を捨てて助けてくれてる。
名誉に惑わされて、こんなことしてるあんたらの方がよっぽどタチが悪いと思わんか?」
グレゴールが怒りを剥き出しに目を血走らせる。
するとカシアンがグレゴールの後ろから口を挟んだ。
「テロリストごときが何をおっしゃいますか?
しかもあなたは既に味方も我々も裏切っているのですよ?
ふぅ…では――私はこれで失礼します。
後はこちらのグレゴール殿に一任しておりますので。…ということで。」
そう言って、にこやかにその場を離れていく。
爆発寸前の空気だけを残して。
グレゴールは構えた。
その鎧の関節が低く唸り、剣に帯びた二色の魔導石が明滅する。
雷と炎、二つの力が剣の表面に走る。
「我が手で、国家の力を示す。
邪魔する者はすべて粛清する!」
言葉と同時に、グレゴールが地を蹴った。
雷光を纏った斬撃が、レオンを薙ぐ。
レオンは蒼雷を横に弾き出し、正面から受け止めた。
金属が激しく軋み、火花が弾け飛ぶ。
「最先端の魔導技術か……さすがはノア連邦様だな!」
レオンが弾かれた瞬間、グレゴールはすぐさま第二撃。
今度は炎の刃が剣先から広がるように放たれ、床を炎上させながら斬り込んでくる。
「こんなもんかよ、“元”英雄さんよ!!」
レオンは逆に踏み込み、炎上する床をものともせず反撃の一閃を浴びせる。
打ち合いは、数秒で十を超える剣戟の応酬だ。
互いに一歩も退かず、力と力が真っ向から衝突する。
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一方その頃、寺院跡から離れた路地で、シエラと蒼井レイモンドが待機していた。
蒼井は立ち上がり、レオンがいる旧寺院跡の方を見た。
「……妙だ。嫌な予感がする。」
シエラは静かに頷き、目を閉じる。
「……私の魔力も、回復してきた。
先に行って。すぐに私も向かうわ。」
「すまない…!」
そう言って、蒼井は走り出す。
風を切って、夜の街を駆け抜ける。
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レオンとグレゴールは、激しくぶつかり合っていた。
剣と剣が交錯し、鎧がきしみ、石畳が砕ける。
その戦いは、まるで“国家”と“義”がぶつかり合っているようだった。
だが、その決着はまだ――訪れていない。
ご拝読ありがとうございました!
レオンと意地になったグレゴールの戦闘になりました。
メディアは国家や騎士団側なので、メディアを目にする大衆の視点で見ると、国家をかき乱すレオン率いるテロリストと、騎士団を裏切り本陣に斬り込んできた元騎士と脱獄した騎士が結託して騎士団の中枢の命を狙うという構図を、事実をねじ曲げ各国のメディアを通して伝えられています。