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第1話 灰の旗と狼の誓い

今回から本編の咎華は途中ですが、物語に欠かせない死隠部隊の創設、メンバーの過去の話を絶対に先に出さないと本編は楽しめないように感じたので、外伝である灰狼の誓いを執筆しました!

 土と血の匂いが風に乗って流れていた。

 瓦礫と化した小さな村を、銃声と叫び声が引き裂いていく。

 空には濃い煙が立ちこめ、赤子の泣き声すらも遠くに追いやる。


 「隊長、左翼に四人、盾を持ったやつが来てます!」

 「カイル、先行して潰せ!他の連中は民間人を守れ!」


 命令と同時に、白い息を吐いて飛び出した男が一人。

 漆黒のジャケットに、無骨なブーツ。灰色の髪の粗暴な若者。


 「黙って突っ込んでりゃ、てめえらみてえなクズはすぐに潰れんだよ!」


 カイル・マクレガー。紛争地域を渡り歩く、雇われの傭兵部隊--灰狼旅団--の若き戦闘隊員。その動きは荒々しくも獣じみて素早い。

 使い込まれた剣を手に、敵の隙間を縫うように飛び込み、刃を一閃。

 盾ごと裂かれたテロリストが呻き声をあげて崩れ落ちた。


 「あれだけイキってやがってたくせに雑魚共だなテメエら!!」


 血に染まるその手に迷いはなかった。

 それでも、背後で泣き叫ぶ村人の声に、彼は一瞬、目を細める。


敵の増援が押し寄せる。


 テロリスト共は数だけは多い。装備こそ粗末だが、無軌道な突撃に灰狼旅団の前衛が押される。


 「下がれ、俺が行く!!」


 カイルが叫ぶと同時に、一歩前へ出た。彼の手には、刃こぼれだらけの分厚い鉄剣――獣喰らいと呼ばれる無骨な剣。


 その剣が振るわれるたびに、敵の叫びと肉が裂ける音が戦場にこだまする。


 「ガキのくせに、あいつ……。」


 リタが呟く。


 「ガキじゃねえ……こいつぁ、まさに狼だ。」


 背後の仲間がそう評すほどに、カイルの戦いは苛烈だった。


 だが、それでも流れは敵の方へと傾きかけていた。


 そのとき――地鳴りとともに、重厚な気配が戦場を裂いた。


 「カイル、下がれ!!」


 その声に、誰もが無意識に背筋を正す。


 灰狼旅団の長――レオン・ヴァルグレイが進み出た。


 彼の手には、巨大な魔導大剣――《蒼雷そうらいの刃》。重厚な金属に古代の符術が刻まれたその剣は、かつて多くの命と戦場を断ってきた伝説の剣。


 「ここは、俺が切り拓く。」


 レオンが剣を肩に担ぎ、重たい足取りで前に出る。


 目の前に現れた敵の一団がその姿に一瞬たじろぐ。だが、レオンは構わず、剣を振り下ろした。


 ――雷鳴のような轟音。


 地が裂け、敵が纏めて薙ぎ払われる。


 「貴様らが武器を持つ理由は金か。欲か。くだらねえ!!だが、俺達は……“命”のために振るう!」


 レオンの叫びに、再び灰狼旅団が鼓舞される。士気が燃え上がり、全員が一斉に動いた。


 ――そして、カイルはその背を見ていた。


 「ケッ!良いとこは持ってく気かよ…レオン。」


爆炎と銃声の中で、ひときわ異質な音が響き渡る。


 ――雷鳴。


 轟音をまとって前線に飛び込んだのは、灰狼旅団の長。


「さて、テメエらはこの雷で焼き殺しの刑だな!」


 瞬間、大剣の刀身に青白い光が奔った。空気が弾けるような轟き。無数の火花が舞い散り、刃が唸りを上げる。


 レオンが踏み込む。


 大地がうねり、テロリストたちが叫び声を上げた。


「う、うわあああッ!! こっちに来るなァ――ッ!」


「ば、バケモンだ……あれが“雷獄の獣”かッ……!」


 銃弾が雨のように降り注ぐ。だが、雷光をまとったレオンの肉体には、かすりすらしない。彼が一歩踏み出すたび、周囲の空気は焼かれ、土煙と血煙が入り混じった。


 雷が地を這う。斬撃の余波だけで、男たちが吹き飛ばされ、木の柱ごと建物が崩れ落ちる。


「やってんなぁ……ったく、また大立ち回りかよ、レオンの奴。」


 少し離れた位置で、カイル・マクレガーが呟いた。顔に泥と血が飛び散っているが、どこか醒めたような眼差しで、雷光の中を暴れ回るレオンを見つめている。


 彼は自らの剣を構えながら、苦笑いを浮かべる。


「……ああやって目立つから、こっちは地味に働かなきゃなんねぇんだよな、毎回。」


 カイルの無骨な剣が振るわれる。テロリストの喉元にめり込み、返す刃で二人目の腹を裂く。だが彼の戦い方は、レオンのような派手さとは無縁だ。鋭く、速く、そして確実に。


 雷獄の狼と灰狼。


 二人の異なる戦いが、戦場を制圧していく。


 やがて最後のテロリストが、膝をつきながら懇願を始めた。


「た、助けてくれ……俺は、命令されただけで……っ!」


「言い訳をするな…。」


 レオンの声が雷よりも冷たく響いた。

 彼はゆっくりと、雷鳴をまとった大剣を振りかぶる。


「こんなことに武器を取った時点で――罪は背負ったはずだ。」


 刃が閃き、雷が空気を裂いた。瞬間、男の姿は雷光に呑まれ、声をあげる間もなく焼かれて消えた。


 風が吹いた。血と火薬の匂いが散らばる中、ようやく村には静寂が戻ってきた。


「……戦闘終了だな。」


 レオンが刃を地面に突き立て、雷を鎮めた。大剣の光が消えると、周囲には灰と死体だけが残されていた。


 その背後に歩み寄ったカイルが、血に染まった剣を肩に担ぎ、無表情のまま口を開く。


「……レオン、やりすぎだ。村ごとやりかねなかったんじゃないか?あの村の婆さんたち、また怖がるぜ。」


「だが、もう誰も泣かせないようにした。村を襲うテロリストは完全鎮圧だ。」


 誇らしげにレオンは答えた。


「そうだな……雷様は今日も働いた、ってことだ。」


 皮肉めいた言い回しに、レオンは微かに口角を上げる。


 だがその笑みの奥には、確かな疲労が滲んでいた。


戦闘が終わり、血と煙が漂う村の広場に、静けさが訪れた。雷鳴の余韻がまだ残る中、村人たちが恐る恐る姿を現し始めた。


「す、すごかった……。」

「これで、また少しは安心して暮らせる……。」


彼らは戦闘を終えた灰狼旅団のメンバーたちに、感謝の言葉を口にした。心からの礼を尽くす者もいれば、ただ無言で頭を下げる者もいた。だが、誰もが深く感謝していた。


カイルは血にまみれた手を無造作に拭い、少し離れた位置でその様子を見ていた。村人たちが見上げるその姿に、彼は無言で視線を向けた。


「ありがと……本当に助かった……。」

ある若い母親が、子どもを抱きながら涙を流して言った。


「どういたしまして。近頃は特に賊が増えた。また近いうちに様子見にくるからな。」

レオンがいつも通り、淡々と答えた。その眼差しは、まるで全てを見透かしているようで、村人たちの感謝の言葉も、ただの一つの通過点に過ぎないように感じられる。


カイルは少しだけ口を開いた。

「……レオン、こんなに賊が多くてなんか匂うなぁ…。」

レオンは小さく肩をすくめる。

「ああ、この国も政府は何もしねえ。

俺達が動かねぇとな。

戦争が続けば、村人たちもまた苦しむことになる。その覚悟をして、俺たちはやっている。

これから更に戦いが増えるだろうな……。」


レオンが少しの間、考えるように黙り込むと、村人たちの中にいた一人が声をかけてきた。


「あなた方、これをお納めください。」

その男は、手に小さな包みを持っていた。村の人々から集めたものらしく、食料や水、そしてわずかな金銭が包まれている。


「ん?これは……?」

カイルが少し驚いたように尋ねると、男は頭を下げて言った。

「戦いに勝って、私たちを守ってくれた恩に、何か少しでもお返しをしたくて……どうか、受け取ってください。

この国は今も昔も戦争戦争……、いつ死んでもおかしくない身なんだ。

騎士団だって助けてくれもせず、金だけ取っていく連中だ。

政治家も国に目を向けちゃくれねぇ。

だが、あなた方はどなたか知らないがこうして助けてくれた。」


レオンは差し出された礼のものを拒否した。

「いや、いらねえよ。

俺達は旅する傭兵団だ。

騎士団からは品のない戦闘狂集団とか言われちゃいるがな。

もちろん活動には金がいるが、お前達からは受け取れねえよ。

この戦いは俺達が勝手に割って入ってきたもんだしな。」


村人達は驚いた様子で言葉に困っていた。

すると村長と思わしき老人が前で出てくる。


「このご時世何をするにも、あらゆるものごとにも金というのがついてまわる。

あなた達のような高潔な精神をお持ちの方はそうそうおらん。

しかし、だからといって礼もなしとはこちらとしても申し訳がたたん。」


レオンはフッと笑ってみせて言った。


「礼はもう貰ってるよ。

賊共をブチのめせてスッキリした。

この快感で充分だ!

そうだそうだ、リタ!」


レオンが灰狼旅団の古参メンバーのリタを呼んだ。


「ああ、いつものな。はいよ。」


リタが懐からジャリジャリと音を鳴らすパンパンの麻袋をレオンに投げた。


麻袋を片手で受け取ると、レオンはそれを村長に渡した。

「金貨だ。戦いであんた達の建物壊しちまったからな。こいつで許してくれ。」


村長は中身を見ると、この国で取れる質の良い金で作られた金貨がどっさり入っていた。


「なっなんとこんなに…!?」


村長と村人達がその金貨の神々しさに呆気に取られ、顔を上げた時には灰狼旅団はもう村を出て、遠くに見えた。


村人達がありがとうと叫び続け、灰狼旅団の面々は無言で振り向きもせず、手を振っていた。


--------


赤茶けた砂塵が吹き荒れる国境の前線拠点――かつて商隊の中継地だった砦に、ノア=ユナイテッド連邦からの遠征騎士団が到着した。重装の兵が次々と陣を張り、中央本営の天幕が設置される。


ノア連邦より派遣された国家騎士団を率いるのは、グレゴール・ヴァルデンベルク元帥。

その背後に付き従うのは、クールな雰囲気の金髪の若き騎士――蒼井レイモンドと明るい出で立ちの黒人の副官エリック・モーガン。


---


砦の作戦室。粗雑な机の上に地図が広げられ、アル=ザフル騎士団の騎士団長がふてぶてしい笑みを浮かべていた。


「これはこれは、このバシュ・マシュリク王国にようこそおいでなすったなヴァルデンベルク卿。これでようやく、あの灰狼の連中も終わりってわけだ。」


男の名はデラート・グレンシュタイン。バシュ国の騎士団の指揮官だ。

甲冑こそ整っているが、剣の柄に付いた血痕は敵のものではなく、かつて民を鎮圧した際のものだと噂されていた。


「灰狼旅団の暴れっぷりには困ったものでね。各地渡り歩いては辺境の治安を好き勝手に動かしている。傭兵風情が国家秩序を乱すなど……身の程を知らん連中です。」


ヴァルデンベルクは口元を歪めず、重々しく頷いた。


「秩序の外にいる者を放置すれば、やがて国家の構造そのものが腐る。ここで芽を摘む。それが我々の任だ。

共に賊を討とうではないか、デラート殿!」


その横で、エリックがレイモンドに視線を送る。

(こういうのが、一番タチが悪いよな……)


レイモンドは静かに口を開いた。


「確認します。灰狼旅団の主な拠点は《レヴァン村》周辺。現地住民への直接攻撃や略奪は、現時点で報告されていないと伺っていますが。」


デラートがあからさまに鼻を鳴らす。


「攻撃されてない? そりゃそうでしょうよ。“味方ヅラ”して懐に入り込んでるんだ。村人なんぞ簡単に情にほだされる……。

だが先程我々の元に村が一つ崩壊状態にあるとの知らせを受けた。

連中がやったことは明白だ。」


その言葉に、レイモンドの瞳が冷えた。


「……我々が事実をしっかり見極めてからこの任務のことを決めるのも良いのでは…?」


場の空気が、一瞬張り詰める。

だがグレゴールは、無感情な声で告げた。


「……感情を混ぜるな、レイモンド。任務に必要なのは命令に従うことだ。お前が口を出すことではない。」


「心得ています、ヴァルデンベルク卿。ただ、目を閉じて剣を振るうことだけは、私はできません。」


静かな、だがはっきりとした言葉。

デラートはやや呆れたように肩をすくめた。


「ノア連邦の坊ちゃんは理想がお好きなようで。まあ、戦場に出ればすぐわかりますよ。“信念”なんぞ剣にも盾にもならん。」


その瞬間、エリックがにっこりと笑みを浮かべた。


「でも、それを捨てると“人間”じゃなくなるんですよね。お互い気をつけましょう、戦場で何に成り下がるかは。」


場の空気は更に凍りついた。蒼井レイモンドとエリックの二人が物怖じしない物言いに周りはたじろぐ。


デラートは不機嫌な態度で二人に向かって言った。


「若造達よ、下らない理想を捨てられていないということは本物の戦場と、この社会の仕組みをまだ良く知らんようだな。

ヴァルデンベルク卿…そなたは歴戦の英雄なのは御存知だが、息子とそのお友達はまだまだ教育が必要と見える。」


デラートは皮肉を吐きながら蒼井レイモンドをじっと睨む。


ヴァルデンベルク卿は立ち上がりレイモンドとエリックを一瞥しデラートの方へ歩み寄った。

「私はこのような愚息のいる野蛮な戦闘部隊を本来は率いてはいないのだが、今回はそちらバシュ・マシュリク王国との大事な外交のためでもある。

関係を深め、お互いの権威を高めることが私が来た理由でね。

もちろん、この愚息レイモンドがいつものような愚行をしないためのお目付け役でもあるがな。

ちゃんと蛮族である灰狼旅団はあっと言う間に壊滅をして見せよう。」


デラートはそれを聞いてにやりと笑う。

「これはこれは頼もしい限りですな。さすがはノア連邦の英雄殿。

長旅だったでしょう。豪華な客室が御座いますので、

是非ゆっくりとしていかれると良い。

作戦は明日からです。」


---


夜。

砂嵐が去った静寂の中、アル=ザフル砦の高台に月光が差していた。

蒼井レイモンドは、一人剣を腰に差したまま、その風に身をさらしていた。

金色の髪がゆるやかに揺れる。砂塵のにおい。乾いた静けさ。


「ここにいると思ったよ。お前は静かなとこが好きだもんな。」


後ろから、軽い足音。声の主はエリック・モーガン。副官として、友として、彼は常にレイモンドの傍にいた。


「父上と……デラートの命令か。」


レイモンドの声は低い。怒りもない。ただ、深い迷いがその底にあった。


「“レヴァン村ごと包囲し、制圧せよ”。灰狼旅団がいようが、村人がいようが構わん……と。」


「秩序のため、だとさ。あいつらの正義は、都合のいい一枚絵みたいなもんだな。枠からはみ出した部分は切り取ればいいって考え方だ」


エリックはレイモンドの隣に立ち、肩を並べる。

星が遠い。だが、この夜空は、どこか泣いているようだった。


「……従うのか、エリック。」


「まあ…俺はアルカ・セラフィム教の教えに則り、国家に忠誠を誓う騎士団の一員だ。従うしかないかもな。

でも、灰狼旅団って傭兵団は俺の調べじゃ略奪、虐殺なんて聞いたことがないし、今回の情報資料に目を通してもそんな蛮族には思えないんだけどな。」


レイモンドは剣の柄に手を置いた。抜こうとはしない。

ただ、その冷たい重みに、己の迷いを写すように。


「母は言っていた。“剣は、誰かを斬るためじゃなく、自分の弱さを断つために持て”と。」


「……蒼井静さんの言葉は、重いな。」


「今の俺には……自分の正義すら信じきれない。

ただ、命令に従って斬ってしまえば、何か大切なものが戻らなくなる気がするんだ。」


エリックは少しだけ笑って、肩を叩く。


「いいんだよ、それで。そういう奴じゃなきゃ、俺ははお前をずっと嫌いなスカシ野郎としか思ってない。

でも、明日は来る。命令は下る。お前の剣が試される時だ。……その時に、何を選ぶかは――。」


「――俺自身、だな。」


「そうさ。それが“蒼井レイモンド”だろ?」


一瞬、月が雲間から顔を出した。

砂の大地に、金と銀の二つの影が並んで伸びた。


まずは死隠部隊創設に繋がるカイル外伝の1話を公開しました!

蒼井レイモンドとエリックは既に友になっていますが、この二人の外伝はカイルの外伝が終わった後に書こうと思います。

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