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後編

 彼の名前はオズマ。

 部下からは『魔王様』と呼ばれていて、わたしやドロシーへは「()()()と呼んで」と頼み込んできた。だから『オズマ』と名指しする者は滅多にいないわ。

 ――血気盛んな人間を除いて、ね。

「我が名はギルバート・アルデバラン! 王を継ぐ者なり! ……魔王オズマよ、今こそ決戦の(とき)である!」

 アルデバラン。ご本人が『王を継ぐ者』とおっしゃってくれているけれど、王族の方ね。第二王子だったかしら。魔法学校のクラスメイトだった気がする……。

 そうだ、思い出したわ。普段の彼は銀糸で編み上げられたローブで着飾っていたの。今は白銀のゴテゴテの鎧を身にまとっていて、威勢()()はいい。自分の身長と同じぐらいの長さの聖剣の切っ先を倒すべき敵に向けているわね。

「レベルたっか……まあ、オズマはパーツの接合部が弱点っていうのはわかっているし、狙い撃てれば問題なしね……」

 ギルバートの背後で、左に日焼けした肌の弓兵(アーチャー)、右に屈強な槍兵(ランサー)を侍らせている女がつぶやいた。ずいぶんと化粧が派手になったわね、リンダ。かつてのあなたなら選ばなかったであろう派手なイヤリングにブレスレット。それに、見目麗しい男どもとお揃いのアンクレットなんて付けちゃって。

「オレの城へようこそ。と、歓迎したいところだけど、あいにくパーティーの準備はできていなくてね。かの有名な『導きの光の乙女』のご一行さまがいらっしゃってくださるのなら、それ相応のおもてなしを用意しておいたのにさあ!」

 ここは魔族が支配している地域と、王国の領土の境に位置する()()()の居城。……そう、最前線に建てているのよね。最初に連れてこられたとき、わたしも驚いてしまったわ。旦那様曰く「変な人間が善き魔族の生活を(おびや)かさないよう、オレが見張っている。いちばん強いオレが王なのだから、弱き者は守らねばな」とのことよ。人間の王族はやたら立派なお城の周囲に、王族の身を守るための兵士がたくさん配置されているのにね。対魔族において世界一安全な場所は、人間の王族のお城。

 こちらときたら、目と鼻の先に王国の防衛隊の駐屯地がある。まれに変な隊長殿が配属されて「魔族を絶対に許すな」などと口走りながら魔王の城に突撃してくるので、旦那様はこの大広間まで通してあげて、たっぷりと隊長殿の言い分を聞き入れてから追い返していた。だいたい愚痴大会になっていたけれど。

 今回もその一環ね。来たのが隊長殿ではなく『導きの光の乙女』ご一行様であったってだけ。

「ふざけるな! 王都の周辺にガーゴイルを配置しおって!」

 王都の周りは肥沃で、ひ弱な魔族たちがエサの確保に苦労しない。だから、大規模な生息地と化していた。けれども、魔法学校の学生たちが『力比べ』と称してその魔族たちをいじめているのだ。

 そのことをわたしが旦那様に伝えたら『ガゴちゃん』ことガーゴイルが派遣された。という流れがある。

「そうよ! ラスダンにいるはずのガーゴイルがうろちょろしているんだもの。レベリングなんて出来やしないじゃないの!」

 リンダが理解不能な言葉を並べてくる。……彼女の譫言(うわごと)は無視しよう。

「ガーゴイルどもが王都への物資の輸送を妨げ、王国民は大層困っている! であるから、我々『導きの光の乙女』は旅立ちの日を()()()()()のだ!」

 なるほどね。実害が出ているから、早々に手を打たねばとなったのか。わたしが『導きの光の乙女』の候補から外れて、リンダで確定となったのも大きいのでしょうね。魔法学校の卒業を待たずに出立と。

「こちとらまだ最初のダンジョンの推奨レベルにも達していないってのに……王様ったらせっかちなのよね……」

 リンダはそうぼやいてから、口角を上げて、自らの首元にあるチェーンを引っ張り上げる。淡いクリーム色のドレスの胸元に、正六面体のペンダントが現れた。

お母様の遺品(一周目クリア特典)よ。これ、チートアイテムなのよねっ」

「それは()()()がお母様からいただいたものよ! 返しなさい!」

 フォーマルハウト家を追い出されたあの日、持ち出さなかったことを激しく後悔したペンダント。この女、わたしの部屋から『魔法石』のみならず、こんな大事なモノまで奪い取るなんて……!

「いやよ! これがなければ、魔王とのレベル差は埋められないもの!」

 ペンダントが青白く光った。四次元にあるアイテムボックスとつながっていて、登録されているアイテムを自由に出し入れできる。

「ほほう。いいな、それ」

 旦那様は右肩を左手で握りしめて、右腕を取り外した。取り外しても『魔法石』がくっついていれば動かせる。

「返してもらおう」

 右腕をリンダに向けて放り投げた。ギルバートが大きな剣を振り下ろして床にはたき落とそうとするも、右腕はするっと避ける。

「ぎゃあっ!」

 かつて聞いたことのある可愛らしい悲鳴ではない、ずいぶんと汚い声を出して、リンダはこの右腕から逃れようとした。そもそもお母様が、わたしにとプレゼントしてくれたものなのだし、おとなしく返してくれたら、怖い思いをしなくてすんだのにね。ここまで持ってきてくれたことには感謝しておこうかしら?

「ぐえっ」

 力任せにチェーンが引っ張られて、ペンダントは外れる。その右手にペンダントが包み込まれている右腕がわたしの目の前に飛んできて、手のひらが広げられた。

「ありがとう」

 もう二度とフォーマルハウト家には戻れぬから諦めていたけれど、こうして再び手に入れることができて嬉しい。握りしめると、お母様のぬくもりを思い出す。

「どういたしまして」

 わたしがペンダントを受け取り、右腕は旦那様の肉体にくっついた。もう見慣れたものよ。

「大丈夫か、()()()

「なんて乱暴なやつなんだ……!」

 右腕を対処しきれなかった弓兵が座り込んでしまったリンダの背中をさすり、槍兵は旦那様をにらんでいる。ギルバートは顔を真っ赤にして「ゆるさないぞ!」と声を震わせていた。豪奢な肩当ても連動して震えているわね。

「遊び尽くしたゲームの世界に転生した主人公のあたしが、負けるなんてあり得ない! 絶対におかしい! このタイミングで魔王城に来るルートは、なかった……!」

 いちばん怒りでおかしくなっているのはリンダ――いや、マキナとおっしゃるのかしら。わたしの耳がよすぎるから、弓兵さんのぼそぼそとした声でも聞こえてしまったのよね。

()()()()()にするわよ!」

「……はて。何のこと?」

「そうね。あんたにはわからないでしょうね。あんたはただのデータで、あたしはプレイヤー。ゲームの序盤も序盤からラスボスと仲良くしちゃっていい気になっていられるのは()()だけよ、エディス。次こそはね、ちゃあんとレベル上げして、装備を整えてから魔王城に来るわ。って、今こう言ってあげても次の周回のあんたには引き継がれないか!」

 おーほっほっほ、と高笑いするリンダ改めマキナ。あなたはまたリンダの顔をするおつもりなのね。その、はじめから? だとか、次の周回? だとかで。

「――本当にそうかしら?」

 わたしはペンダントを起動させる。対象は、マキナ。

「え、何、データのくせに、プログラミングされていない挙動をしちゃうの? 生意気すぎない? そんなの、そんな、バグみたいな……バグじゃない! ちょっと! 開発元! スタッフ!」

 四次元にあるアイテムボックスは、この世界のありとあらゆるものを収納する。したがって、リンダの中にいる()()()()()()だけを吸い上げて保管することも可能よ。

「今すぐやめなさい! やめて! やめないとどうなるかわかってるの! 話を聞け! このおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 リンダの肉体から霊体が引きずり出される。両腕を伸ばして、リンダに戻ろうともがいているけれども、抵抗むなしく、足先からペンダントの中に吸い込まれていった。

 この中にいるかぎり、あなたは星にはなれないわ。わたしの気が変わったら、出してあげてもよろしくてよ。

「わっ、わあー! 我らの『導きの光の乙女』があっ!」

 ギルバートは絶叫し、戦うべき魔王に背を向けてリンダに駆け寄る。先陣を切ったり右腕と戦おうとしたり怒り狂ったり真っ先に助け起こそうとしたりする姿を見ていると、この人は本当にリンダが『導きの光の乙女』なのだと信じ込んでいたのだろう。なんだか可哀想な気すらしてきた。

「ま、これで、人間たちが『導きの光の乙女』とやらを擁立して魔族とケンカしてくるようなマネはしてこなくなるだろうなあ。ねえ?」

「ええ」

 この旦那様、本当は人間と戦いたくないのですもの。リンダがこうなって、わたしは魔王についた以上、フォーマルハウト家はおしまいね。

「人間が困っているのはよおくわかったから、ガゴちゃんは撤退させよう。人間と魔族とは共存路線でやっていきたいからねえ、オレは」


 きっとここから、新しい時代が始まるのだ。


読了ありがとうございます!


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