あつあつのココアに生クリームを乗せて
はじめまして、お久しぶりです。よろしくお願いいたします。
獣人の街テトラ。
街を歩く人も、店で働く人も、見渡す限り全員が獣人。
そんなテトラには、最近できた人気のカフェ、ピーニャがある。
その店で、ウエイトレスをやっている羊の獣人フワリが、私だ。
この店は、出来たばかりで新しいし、制服もかわいいし、ご飯も飲み物も映えてるし、後、最高に給料が良い。
近くのカフェの1.5倍は高い給料に、オープニングスタッフの求人の応募は、雇う人数を遥かに超えて、驚異の1000倍だったらしい。
ここの店主は、猿の獣人でやり手。
元々異国のホテルで、料理長を勤め上げていた程に腕がいい。
早期退職した後、趣味で始めたこのお店は、そんな店長が、自分のこだわりを全て詰め込んだ素晴らしいカフェ。
店内の内装や外観、メニューのデザイン、料理の盛り付けに留まらず、雇ったスタッフ全員の顔が、良い。
顔だけではなく、スタイルや愛嬌も良い。
店長は、ドルオタだ。
どうしても可愛い子やイケメンに囲まれて仕事をしたかったらしい。
だが、絶対に自分は、手を出さない。
イエス、美人。ノー、タッチ。
時たま、によによと眺められているのが、何となく気にはなるものの、店長自体、渋いイケメンだから慣れてしまえば余り気にならない。
16歳から24歳までの可愛いアイドル候補生から、スタイル抜群の読者モデルの大学生、インフルエンサーのイケメンまで、見た目抜群のウェイターやウエイトレス。
それはもう、流行りまくった。
オープンしてから、まだ3カ月しかたっていないが、予約枠が数カ月先まで埋まり、当日枠の整理券30名が、開店5時間前にはもう並び終わっている。
私は、大学1年生で空きコマの時間に、細かく1時間ずつ入るくらいのシフトだが、店長は入ってくれると嬉しいよと言ってくれる。
働いている時間の割には、お給料がたくさん貰えて、私も嬉しい。
そんな私だが、最近気になるお客が出来た。
2ヶ月前くらいに始めて見た、犬耳の凛々しいお客様だ。
その頃はオープンしたてで、まだ予約も整理券も必要なくて、常に何席も空いてる感じだった。
犬耳のお客様は、細身のスーツに黒縁のメガネをつけて、どうやら仕事の合間にでもふらっと立ち寄ってくれたようだった。
渋い良い声で、
「すみません」
と呼ばれ、慌てて近寄った。
あ、この香水、結構好きな香りだな。
なんて思いながら、お客様の見た目でコーヒーの注文だと決めつけて、もうオーダーにコと記入し始めていた。
「あつあつのココアを下さい。」
私は、自分が聞き間違えたかと思った。
コまで書いていた手を止め、ついまじまじと犬耳のお客様を見てしまった。
「あれ?ココア。メニューに載っていましたよね?」
首を横にかしげ、不思議そうにこちらを見るお客様。
私はその声で、慌てて動き出した。
「失礼致しました。ココアございます。オプションで、上に生クリームを乗せることもできますが、いかがでしょうか?」
お客様は嬉しそうに、にこにこと笑いながら、
「生クリーム、乗せてください。」
とおっしゃった。
見た目はブラックコーヒー飲んでそうなのに、生クリームを乗せたココアか。
スーツを着ているから、自分より大分年上かと思っていたが、よく顔を見れば、大学生の先輩達と年が変わらなそうだった。
眼鏡を外して、スーツを私服にしたら、甘い顔立ちかもしれない。
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
軽くお辞儀をすると、店長に紙に書いたオーダーを通しに行く。
店長が手を動かしながらも、オーダーを決められた場所に置くのを見て、頷いたので、その場を離れた。
ホール担当は、この間にやることがあるのだ。
それは、注文された商品を届ける時、一緒に添える一言メッセージを書くことだ。
店長曰く、推しからのファンサは、何に変えても嬉しいし、手書きの手紙は後に残る。
俺だったら、絶対欲しいから愛情こめて書いてねと言われた。
今回はなんて書こうか。
いつもだったら、ごゆっくりお過ごし下さいと書くだけだが、それではつまらないと感じた。
そうだ。
甘いのがお好きでしたら、当店のぷりんは絶品です。オプションでア・ラモードにすることも可能です。よろしければ、是非、次の機会に食べてみてくださいね。
あつあつのココア、ごゆっくりお召し上がりください。
こんな感じで、どうだろう。
店の宣伝にもなるし、いい感じじゃないだろうか。
私は店長に呼ばれて手招きされると、ココアを受け取って、お客様の元へと向かう。
「ねー。タイガくん。ちょっとこっちに来て」
「店長、どうしましたか?」
「普段クールなフワリちゃんが、表情全然変わってないのに、しっぽと耳がピコピコ動いてて可愛い。凄い嬉しいことがあったみたいだね。」
「店長キモいです。」
「酷いな。スタッフが楽しく働けてるかどうかは、店長としては、非常に大事だよ。フワリちゃんのあの様子は恋かな?恋の始まりかな?気になるよ〜」
「さっさと仕事してください。」
後ろの声は、聞こえなかったことにした。
「お待たせしました。あつあつのココア、生クリーム乗せです。お熱いので、気をつけてお召しがりください。伝票と手紙はこちらに置かせて頂きます」
テーブルの上に、ココアをそっと置く。
あらかじめ用意されていた富士で作られた小さなカゴの中に、伝票を置き、その上に先ほど書いた手紙を置く。
「ありがとう」
お礼を言ってくれるお客様は珍しい。
私はお辞儀をすると、テーブルを離れた。
次の対応に備えるが、目線はつい先ほどのお客様に向いてしまう。
お客様は写真を撮ると、カップを手に取り、口に向かって傾けた。
「あ」
思わず小さな声が出てしまう。
お客様は、舌を火傷したのだろう。
声を出さずに、身体を震わせ、耳を震わせ、悶絶している。
あついから、気をつけてねって言ったのに。
思わず顔が笑ってしまう。
お客様は震え終わると、次は両手でカップを持ち、ふーふーとよく冷ましてから飲んだ。
今度は笑顔だ。
甘くて美味しかったらしい。
良かった。
甘いココアを大事そうに、ちびちびゆっくり飲み終わると、伝票に手を伸ばす。
置いてあった手紙に気づいたらしい。
耳がピコピコし始める。
「すみません。プリン・ア・ラモードください!」
そこから彼は、うちの常連になった。
私は、彼の見た目と声とリアクションのギャップにはまり、見かけた時には、必ず接客に入るようになった。
ところで、この手紙に自分の連絡先を書いて渡すのは、お店のルール的には大丈夫なのだろうか?
店長は、絶対冷やかすから、大丈夫かどうかまだ聞けていない。
読んで頂きありがとうございます!