第1話 『交換日記』
幼い頃からの親友、遥と私、美奈は、中学生になると同時に交換日記を始めた。クラスが別々になったことがきっかけだった。毎日の出来事や他愛のない悩み、好きなアーティストのこと――すべてを二人のノートに書き込んだ。それは、他の誰にも見せられない秘密の宝箱だった。
中学生活はあっという間に過ぎ、高校生になる頃には交換日記の頻度も減った。それでも、ノートは捨てられず、時折開いては懐かしさに浸った。いつも優しく、少しだけ大人びた筆跡の遥の文字を見ると、なぜか安心した。
高校二年生の冬、遥が突然転校することになった。父親の仕事の都合で、遠く離れた街に引っ越すという。「交換日記、続けようね」と言った遥の笑顔は、いつも通りだったけれど、どこか寂しげに見えた。
新しいノートを一冊選び、私は遥への最初の手紙を書いた。学校の出来事や共通の友達の話、少しだけ大げさに明るく振る舞った自分の気持ち――全部を詰め込んだ。そして郵便局で封をして送り出した。
遥から返事が届くまでの数日は、異様に長く感じた。彼女の新しい生活は、私の想像とは少し違っていたようだ。彼女は「友達はできたけれど、美奈と話しているときのようには心が動かない」と書いていた。
それから数ヶ月、交換日記は続いた。遥の文字はどこか疲れているように見え、私も何を書いていいかわからなくなっていった。いつの間にか、ノートは私の手元で止まったままになっていた。
大学に進学し、日々の忙しさに追われる中で、交換日記のことをすっかり忘れていた私のもとに、ある日、一通の手紙が届いた。それは遥の母親からだった。
「遥が、病気で亡くなりました。最後まで、あなたのことを話していました。交換日記も手元に置いて、大事に読んでいたんです。遥の思い出を共有していただけるなら、ぜひお時間をください。」
突然の知らせに、私は涙が止まらなかった。あの日の笑顔も、寂しげな瞳も、一つひとつの思い出が胸を締めつける。慌てて引っ張り出した交換日記には、遥とのやりとりが鮮やかに蘇っていた。
しばらくして、遥の実家を訪れると、彼女の母親が最後の交換日記を差し出してくれた。
「これをあなたに、と言っていました。」
それは1冊の新しいノートだった。最終ページには、遥の文字がぎっしりと詰まっていた。
「美奈へ。私はどこかで、あなたに伝えたい言葉がたくさんあるのに、どうしてもうまく言えなくて。交換日記を続けられなくなったのは、きっと私のせい。でもね、美奈の言葉は、私を何度も救ってくれたんだ。ありがとう。そして、これからもずっと、大好きだよ。」
その文字を見た瞬間、私は声を上げて泣いた。遥は最後の瞬間まで、私との思い出を大切にしてくれていたのだ。
交換日記は、私たち二人だけの宝物だった。そしてその宝物は、遥の心と共に私の中で生き続けると確信した。私はノートを抱きしめながら、遥の笑顔を思い浮かべ、そっと「ありがとう」と呟いた。
(完)