第7話 御用商人(天保3年(1832年))
俺が中に入ると、亭の中は暖かかった。
4.5畳ほどの室内の中央にある小ぶりな炉には火が焚べられ、そこに置かれた茶釜からは湯気が立ち上っている。
畳の上に敷かれた座布団は二枚。
一枚はこの男のものだとして、もう一枚は男を亭に招いた者のだろう。
「さ、こちらへお座りくださいませ」
男は俺を何故か貴人席へと座るように促すが、ここで誘いのまま座ってはいけないような気がする。
「……いや、とつぜんおしかけたのはこちらのほう。とてもじゃないが、かみてにはすわれぬ」
俺がそう断ると、男は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、次いで自らの綺麗に剃られた月代をペシリと叩いた。
「これはこれは! なるほどなるほど!」
何が「なるほど」なのか知らないが、男は何故だか嬉しそうに座布団を動かして2枚の座布団を横に並べ始めた。
「これならば席次に上下はございませんな。さ、こちらにお座りください」
茶室でのあれこれはよく分からないが、俺は男に促されるまま腰を下ろすと、男は俺に身体ごと対面させ頭を下げた。
「申し遅れました。手前は金沢にて御用商を仰せつかっております、銭屋五兵衛と申します。以後お見知り置きくださいませ」
好好とした表情で、こちらを東屋の中に誘った男はそう名乗った。
——この男が銭屋五兵衛か!
銭屋五兵衛は1774年に金沢の宮腰(現在の金石周辺)で生まれ、父親の代で持ち崩した店を、一代で急拡大させた豪商。海運業を生業とし、全国に三十を超える支店を構えるまでに一代で押し上げた敏腕経営者である。
商売の主力となったのが北前船で、その運上金は莫大の一言。北は択捉島から南は薩摩にまでその交易ルートは及んでいたと言う。
金沢市民なら一度は聞いた事があるだろう。
一説によれば、ロシアや琉球、はてまた朝鮮やイギリスとも抜け荷取り引きをしていたという話もある。
また半信半疑ではあるが、銭屋五兵衛の三男はアメリカでのゴールドラッシュの噂を聞きつけ単身渡米し、帰国後その廉で磔刑に処されたらしい。何だこの商人、もしかして転生者かよ。
——そんな、かの有名な男が目の前にいる。
目の前で頭を下げる男を見て、俺は興奮を隠さず口を開いた。
「わざわざかたじけない。わたしは……」
俺は馬鹿正直に名乗ろうとしたが、寸でのところで踏み止まる。
——よく思い出せ。正史において、銭屋五兵衛が何故獄に繋がれたのか。
御用商人として、北前船の交易によって莫大な利益を得た銭屋五兵衛は、悪徳商人の典型として酷評された。
そして、奥村丹後守の死後に河北潟干拓事業の不手際を咎められ、獄に繋がれた。
更に言えば、抜け荷は幕府の法度に背く重罪。
銭屋五兵衛と藩主の嫡子が、癒着していると知れたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。
癒着→抜け荷がバレる→改易→死罪→加賀藩分裂。
——それは不味いぞ。滅亡のドミノが一気に倒れる。
バレてしまえば、加賀藩を取り潰したくて手薬煉を引いている幕府にとって渡りに船。
ここは偽名を名乗っておいた方が無難だろう。
「……わたしは……そう……ねこちよ。なを、ねこちよともうす。ぜにやどの、こたびのこと、れいをもうす」
「いえいえ、困っている者。特に貴方様のように幼き者を助けるは当然のことにございます」
再び畏まって頭を下げる五兵衛は、とてもじゃないが悪徳商人と酷評されるような者には見えなかった。
「時に、猫千代殿……」
五兵衛の目がスッと細まり、俺の名を呼んだ瞬間、ピン、と張り詰めた空気感が室内に伝わった。
自然と俺も背筋が伸びる。
殺気とは違う。しかし、それに近い雰囲気を纏った老体に、俺は正直言って気圧されてしまっていた。
それに気が付いたのか、五兵衛はふ、と相好を崩して俺に笑いかけた。
「あいや失礼。何分荒くれ者揃いの廻船問屋が長いと、真面目な話をしようとする時につい気を張ってしまいましてな」
五兵衛は失敬、失敬——と、後頭部を掻いて誤魔化そうとし、さらに言葉を続けた。
「さて、気を取り直して猫千代殿。甘藷を食しませぬか?」
「……いも?」
五兵衛は唐突な提案をすると、自身の懐から紙の包みを取り出した。
「この芋にございます」
五兵衛が懐から取り出した紙の包みを外せば、芋の鮮やかな紅色の外皮が露わになる。
さつまいもの大きさも艶も立派なもので、見るからに美味しそうだった。
「これがいもともうすものなのか?」
「さようにございます。私の住まう宮腰の近くにある、五郎島村にて作られている芋でございます」
加賀藩領でのさつまいも栽培の歴史は、1700年代初頭にまで遡ると言われているが、それが領内全域に広まることはなかった。五郎島周辺でのみ栽培され、明治時代に能登方面へ出荷されるのがやっとであった。その理由はいくつか考えられるが、最も大きな理由は加賀藩全体で米作が盛んだったからだろう。
「私はこの芋……甘藷を広めたいと思うておるのですが、思うように広まらぬのです。そこで、猫千代殿にも食してもらい、何がしかの意見をいただけぬか、と」
五兵衛は茶釜を炉から外し、芋を火に当て始める。
「ここ江戸で甘藷といえば、焼き甘藷にございますからな」
あらかじめ加熱してあったのだろう、五兵衛は炉にかざした芋全体を温めるように動かす。
「猫千代殿は、甘藷を食したことは?」
「……ないな」
——そう、転生してからはまだない。だけど前世では、好物だったと言えるくらい好きだったが、芋は庶民の物というイメージが強いのか、屋敷で食卓に上がった事はなかった。
「この芋は、何も生えぬような不毛な地でも育ちまする。いかに米の作れぬほど不毛であっても、土さえあれば育ってくれるのです」
五兵衛は芋を温めながら、独り言のようにボソボソと語り始めた。
「天明の飢饉は酷うございました。まだ子供だった私でも覚えているほどに……」
——そうか。銭屋五兵衛の年齢を考えれば天明の飢饉の惨状を目にしていたって不思議ではない。
「ぜにや……おぬしは、またききんがおこるやもしれぬとおもっておるのか?」
そこで俺は五兵衛に問う。
救荒作物である「さつまいもを広めたい」という五兵衛の思いは分かった。むしろ俺も広めたいと考えていたしな。
しかし、商売人の五兵衛が何の見立ても無く「広めたい」と考えるには理由があると踏んだのだ。
「……世に必然、偶然の別はあれど、二度あることは三度あると申しまする。故に、何の対策も講じなければ、三度あった事は四度、五度と続くと考えるは必定かと」
「……なるほどの……」
——まるで、未来が見えているみたいじゃないか。
しかし、もし五兵衛が転生者であるとすれば、自分の知識でレシピを考案するはず。少なくとも俺だったらそうする。
「……しかし、わたしなんぞのいけんがひつようとはおもえぬが」
江戸で焼き芋が流行する素地があるのだ。あとは売り方次第だと思うのだが、五兵衛は黙って首を横に振って否定した。
「流行りも廃りも旬がございます。私もすでに老域の身。とうに旬は過ぎておりましょう」
五兵衛はそう言うと、温め終えた甘薯を二つに割り、片方を俺に差し出してきた。
「……おっと、これは失礼を」
何が失礼なのか分からないが、五兵衛は先に一口に齧り付き「うん、甘い」と一言漏らした。
「では、いただくとしよう」
それを見た俺は五兵衛からさつまいもを受け取った。
五兵衛から渡されたさつまいもの断面からは湯気が立ち上っており、俺の鼻腔にさつまいもの甘い香りが漂ってくる。
俺も五兵衛に倣い、温めたさつまいもに齧り付く。口に入れた瞬間、懐かしい味が口の中に広がった。
また、パクリと一口齧り付く。
ホクホクとした食感を石川県の人間は「コボコボ」と評したというが、これはまさに「コボコボ」と言うに相応しい食感だった。
この食感に合う食べ方とすれば、大学芋やスイートポテトなんかも合うかもしれない。
——さつまいもは焼いただけでも、十分美味しいんだけどな。
どうしても前世で好きだった、芋の調理方法が俺の脳裏に浮かぶ。
たしか、大学芋が作られ始めたのは明治時代に入ってからだったか。それも元祖は東京の本郷にあった和菓子屋だと言うのだから、何かの縁を感じてしまう。
黙々と一心にさつまいもを食べている俺を見て、五兵衛は何か思うところがあったのだろう。俺に対して質問を投げかけた。
「その様子だと、何かご意見が?」
「ん、いや。ちとな」
——どうしよう、普通に美味しいんだけどな。このまま売り出しても駄目なのだと五兵衛は考えている。そして懸念事項はもう一つ。
「ないこともないのだ。ただ……」
俺は少し逡巡してから、再び口を開く。
「もしもわたしからあんがでたとして、それでわたしになにかのりがあるのかとおもうてな」
俺からでた言葉に、五兵衛は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。
「いや、すまぬな。こういうかんがえは、ぶけのことしてよくはないのかもしれぬ」
「……あぁ、いやいや。こちらこそ思い至りませなんだ。申し訳ございませぬ」
我に帰った五兵衛は、人好きしそうな笑みを浮かべて謝罪した。
「そうですな。ではこういたしましょう」
五兵衛が自らの右手人差し指を立てる。
「一つの案は先の礼として。それと、まだ案がおありなのでしたら、それ相応の物をご用意させていただきます」
そして五兵衛は、親指を立てて人差し指と指先をくっつけ丸を形どり手のひらを上に向けた。