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幕末の加賀藩藩主に転生しました。  作者: きんかんなまなま(死語)
飢饉対応編
28/29

第27話 飢饉の前兆2(天保7年(1836年))

※三人称視点が続きます。



 それから暫く——。


 金沢城に戻っていた前田斉泰は、八家の面々から報告を受けることになっていた。


 金沢城には、その城のシンボルとも言える——本丸はあっても——天守閣がない。


 度重なる火事によって焼け落ち、本丸には天守台こそ残っているものの、天守台には何もなく、白い土塀と門くらいしか残されていなかった。(※北陸地方などの日本海側は発雷率が高い傾向にある。そんな環境で、小高い場所に位置する本丸や天守閣が、周囲に高い建造物や山がない場合どうなるかの見本である(作者談))


 そのため、二の丸に建てられた御殿(※)こそが、藩主にとっての寝食の場であると同時に、執務にあたる場所でもあった。


 その二の丸御殿の「御居間ごいま廻り」と呼ばれる区画の一室。

 「御居間書院」と呼ばれる一室の奥の間に、八家の当主達が下座に控えていた。


「では聞こう」


 儀礼に則った所作でドッカと上座に座った藩主——前田斉泰は、平伏した八家の面々を前に諮問する。


 度々、八家を諮問する機会を設けてはいた斉泰だったが、今回の諮問は雰囲気が違う。


 政務について。財務について——。

 これまで、この場で話し合われてきた内容は、八家の面々が話し合った方策について斉泰が認可することの方が多かった。


 しかし、今回の場は違う。

 八家の面々が、斉泰に方針を求める場となっていた。


 八家の面々はその時々によって、斉泰から政策について下問されることはあれど、これからの方針、方策について主君に直接尋ねたことはなかったのだ。


 その政治形態は立憲君主制でいう「君臨すれども統治せず」という言葉が相応しいかもしれない。


 主君である前田家の統治機構は、十村制を始めとしてある意味「日本離れ」していたとも考えられる。


 閑話休題それはともかく


「恐れながら申し上げまする……」


 八家を代表して、本多政和が口を開いた。

 

 本多政和はまず、石川郡の村で坪枯れが発生したこと。次に、被害が広がりつつあること。そして最後に、奥村丹後守からの書状で宮腰の銭屋を頼るように助言されたことを斉泰に対して説明した。


「それで、年寄で話し合った答えは如何様になった?」


 説明を一通り聞いた斉泰は、その方策について問うた。

 問いを受け、本多政和は他の八家の顔をチラリと横目で見る。——が、誰とも目が合わない。

 一番槍は武家の誉と言うけれども、こうした場で真っ先に発言することは躊躇する。


「……商人を頼るは恥なれど、事ここに至っては致し方なきことかと。これを放置しますれば、近年の凶作を凌駕する被害が生じ、餓死者が出ることも考えられまする」

「……」


 つまり、八家が出した答えは「奥村丹後守の言を聞き入れる」ということだった。


 先般、八家で話し合った結果、答えを出すには至らなかったため、この様な仕儀となってしまったのだ。


 その事について「誰が悪い、彼が悪い」と押し付け合う事もできたが、八家の当主はそうしなかった。


 ——いや、できなかったと言ってもいい。

 八家は、常日頃からまつりごとの主導権を握るためにしのぎを削ってきた立場にある。


 長家の能登。本多家の出羽、越後。横山家の越前などといったように、それぞれの派閥を代表しているのだから然もありなん。


 しかしその反面、八家それぞれは複雑な縁戚関係で結ばれている。

 故に「あちらの足を引っ張るつもりが、別の足を引っ張ってしまっていた」なんて事にもなりかねない。

 

 言葉を区切った本多政和は、斉泰の反応を見た。


 斉泰は黙り、目を深く閉じている。


 何を考えているのか、本多政和に窺い知ることはできなかった。


「やはり、犬千代の言ったとおりになったか……」


 そして斉泰がボソリ、と呟いた。


「は? 今何と……?」


 斉泰の口から出た名前は、嫡子犬千代の名。数えで8歳になったばかりの子供の名前である。


「いや、こちらの話だ。だがそうさな……すでに手は講じておる」


 そう言った斉泰は、控えていた小姓に命じて一通の書状を持って来させ、本多政和に読ませた。


「これは……」

「うむ……犬千代は飢饉となることを夢に見た、とある。そして、それを回避することは難しく、糧秣を備蓄するべきであるとな」


 本多政和は自らの目を疑った。

 書状の日付を信じるならば、一年以上も前から予見していたことになる。

 しかも、書状に書かれた対策は具体的で、対策を怠った場合の被害規模も現実味がある。


 これを8歳になったばかりの幼子が考え、書いたとはどうにも信じられない。


「……これが真であれば、まさに神仏の加護あり。然るべき寺社に寄進を行うことも考えねばなりませぬな」


 本多政和は言葉を区切って、斉泰の反応を見た。

 こちら(本多政和)をジッ、と見てくる斉泰は何を考えているのか。


 書状を書いたのが本人だとして、その対策や考えを()()()()()誰かがいるはずだ——。と、本多政和は考えていた。


 最も可能性が高い奧村丹後守は国学者であり、交流関係は幅広い。

 江戸に在留している現在、その人脈も広がっていることだろう。


 ——そのうちの一人から聞いたか? いや、それにしては加賀藩内部の事情に詳しすぎる。


 ならば、寺島蔵人か?

 ——いや、寺島蔵人は経世家であるが、農政にはそれほど注力していなかったはずだ。

 それに、書状に書かれていることを予見していたならば、弟である長九郎左衛門の耳に何かしらかの情報が入っているはずである。


 本多政和が思考していると、斉泰は口を開く。


「余の考えは、犬千代と同一である。まず、被害が生じつつある村と近隣に、鯨油を優先的に配布する。次に、田に被害が生じた農民に対し種芋を配布せよ。今年に限り、年貢は芋に代えても良いものとする」


 ——こうして、藩主である斉泰から方針が示された。


 八家の面々は、己の献策によって失敗した場合の時のことを考え、藩主から方針が示された事に内心安堵する。


「……はっ。ですが、一つばかり忠言を致したく」


 さ、ここで解散、とはならず、本多政和が部屋を出ようとしていた斉泰を引き止めた。


 忠言。

 それは家臣が主君をいさめる言葉のこと。

 事と次第によっては、逆に本多政和の政治的失点となり得るものである。


 それでもあえて、この場で斉泰に対して切り出した理由は、他の八家の面々に対する牽制の意味も込められていた。


「……許す。申してみよ」


 斉泰も本多政和の意図が、本心からの藩主(斉泰)に対しての忠言ではないことを理解しつつ、本多政和の発言を許した。

 主君に対しての忠言という形を取る以上、主君は耳を傾けなければ器量を疑われることになるからである。

 

「はっ……此度の一件、犬千代(ぎみ)そそのかしている者がおるものと見ました。藩の事情に余所者が介しているとなれば、御家のためにはなりませぬ」


 そして、相手が誰かはわからない以上、本多政和はこのような曖昧な言い方をせざるを得ない。


「忠言、相わかった。心に留めておこう」


 ——ここが落とし所だろう。

 本多政和はあくまでも「忠言」という形で牽制をすることができたし、他の八家も政治的失点にはなり得ない。

 そして藩主も「犬千代の考えた施策」を実行することができる。


 誰が書いた絵図面かは分からないが、一抹の不快感を本多政和lは覚えていた。


 対策がどのような結末を迎えるとしても、昨今の一件についての風評を()()に知らせなければならないだろう。


 本多政和は部屋から出ていく斉泰の背中を視線で追いながら、江戸に送る書状をどのような文面にするか頭を悩ませるのだった。


 金沢城二の丸御殿は、今年(2025年)3月に復元工事の起工式が行われました。2030年度をメドに第一期工事(全体の7.5%)が終了する見込みです。

 県や市は「令和の築城」と銘打って、数十年かけて二の丸御殿約一千坪を完成させるそうですが、生きているうちに見られると良いですね。

 二の丸御殿の復元工事は「ふるさと納税」による支援もできるそうですし、工事現場の見学会も催される模様ですので、興味がある方は調べてみてください。

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