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幕末の加賀藩藩主に転生しました。  作者: きんかんなまなま(死語)
飢饉対応編
24/29

第23話 小さな襲撃者(天保6年(1835年))

 俺が振り返った先に立っていた紅顔の少年は、俺よりも少し高いくらいの身長で、淡い青色の小袖と袴を着ていた。


 前髪を切っていないところを見ると、少年はまだ元服前の年齢だろう。


 将来イケメンになることを約束されているだろう目鼻立ちをしていて、こちらを見てくるタレ目がちの瞳は、俺に対しての興味が薄れたのか、つまらなさそうに細められていた。


「おい、お前さん。ここが小栗家の屋敷前だと知って立っているのかい?」

「……私は知らぬ。今屋敷の中に入っていった者に着いてきたにすぎぬゆえ」


 少年は凄みを聞かせているつもりなのか、声変わり前の声を目一杯低くして、こちらを睥睨へいげいしてくる。全然怖くなんてないんだぞ。(大嘘)


「ふーん、じゃあその屋敷の中に入って行ったのが客人って訳かい?」


 当てが外れた、と言わんばかりに、少年は口を窄めて「ちぇっ」と短く舌打ちした。


「先生もお人が悪いねぇ。俺に客人を外で待つように申し付けておいて、ちゃっかり自分はお客人とお会いになっているんだから」


 少年のその言葉で俺は、何となく察してしまった。

 おそらく、この少年の「先生」は、客人——奧村丹後守と少年を会わせたくなかったのだろう。

 そこで、丁度入れ替わるような形で屋敷から追い出し、少年が外で待っている間に要件を済ませてしまおう、と考えたのだ。


 まぁ、結果的に暴行被害者一名(俺)を生じせしめたのだから、その考えは失敗したと言っても良い。

 だって、少なくとも大藩から来た客人の付き添いが暴行被害を受けたのだから、何某なにがしかの交渉をするとすれば、「先生」とやらは大きく譲歩せざるを得ないだろう。じゃないと大問題にするぞってな感じでな。


「っとまぁ、ところでアンタは誰なんだい?」

「人に尋ねるときは、自ら名乗るが筋であろう!」


 傍若無人、傲岸不遜。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 こういう人種は「自分が強い」とか「相手が年少だから」とかいう理由で、理由もなく暴力を振るってくるから厄介この上ない。ソースは俺。


 少年の瞳は自信に満ち溢れ、目の前にいる俺を年少者と侮っているのか口元に小さな笑みを浮かべる。


「へぇ、チビのくせに言うじゃねぇか」


 少年はそう言うと、ゆっくりと竹刀を上段に構えた。


「ま、待て! だからって竹刀を振りかぶるな! あぶっ! 危ない!」

「へっ、避けるんじゃねぇよスットコドッコイ」


 上段から勢いよく振り下ろされた竹刀は地面に当たり、パシンと鋭い音を立てる。


「お前さんも武士の子だろう? なら、こういう襲撃にも備えておかないと、なぁ……?」


 少年は獲物を狙う猛禽のように目を細めた。

 ところが、少年が何かに気が付いたのか、俺の背後に視線を移して顔色をサッと青ざめさせた。


「……何をやっておるのじゃ、剛太郎」


 俺の背後から聞こえた声は、落ち着いた深みのある声音でありながら、厳しさを内包していた。


「……せ、先生……これは、えっと、客人とお会いになられておったのでは?」


 少年——剛太郎は、手に持っていた竹刀を自分の身体に隠すように持ち、先ほどとは打って変わって人好きのするような笑顔を浮かべる。


「要件が済んだ故、外で待っておるもう一人をお呼びに来たのじゃが……よもやお主、この方に無作法を働いてはおらぬよな?」


 先生と呼ばれた男は奧村丹後守と同じくらいの年齢で、太めの眉は黒々としているが、頭頂部はピカリと輝いていた。


「そ、それはもちろん! 少しばかり遊んでいただけです! なぁ? お主からも何か言ってやってくれ」


 懇願するような視線を俺に向けてくる剛太郎。

 ——分かってる。こう言うときには空気を読むようにと、前世の社会人生活で学んだのだ——。


「何もしていないのに、こやつは私の頭を竹刀で叩いてきました」


 ——なんて言うとでも思ったか、バカめ! 折角の助け舟。乗らぬ選択肢などないのだ!


「やはりか。剛太郎、お主は全く……」


 少年——剛太郎が、このような暴挙に及ぶのは初めてのことではないのか、男は「ふぅー」とため息を吐いてからこちらをジッと見つめてきた。


「申し訳ござらぬ。こやつには後ほど確りと言って聞かすゆえ、此度のことはご寛恕を」


 そう言って頭を下げる男を見て、剛太郎少年は俺を親の仇を見るかのような形相で睨み口を開く。


「先生! このような奴に頭を下げる必要は」

「喝!」


 その時起こったことは、スローモーションで再生されたかのように、俺の目にゆっくりと焼き付けられた。


 ——唐突に剛太郎に対して振るわれる男の腕。

 ——剛太郎の頬にのめり込む拳。


 軽い子供の身体が重力に逆らって浮き上がり、男の振るった腕の力によって横方向への力が加えられる。


 その勢いでもって、剛太郎の身体は鞠のように地面にバウンドし、数回地面の上で跳ねた後、ピクリとも動かなくなった。ヤ○チャしやがって。


「このとおりにございます。何卒ご寛恕を」


 ——怖っ‼︎ 何だよこのおっさん! 死んでないよな⁉︎ 暴力反対!

 目の前でいとも容易く行われた暴力行為に、俺は開いた口が塞がらない。


 こうまでされては、俺も非難する拳を振り上げることができなくなる。


「……私も、呆けておったのが悪いのです。そこまでされる必要はありませぬ」


 だから、その拳を俺に向けないでくれ。

 戦々恐々としている俺を前に、男は呼吸を整えるために一息ついた。


「弟子のしたこととは言え、重ね重ねお詫び申します。さ、そろそろ中にお入りくださいませ。某はこの屋敷に間借りしているだけの身。大したおもてなしはできませぬが、どうぞごゆるりと」


 男はそう言って屋敷の中に俺をいざなう。

 剛太郎は殴られた顔をさすりながら上体を起こし、再度抗議の声を上げるべく口を開いた。


 ——思っていた以上に頑丈だな。俺だったら一日は寝込んでいただろう。(確信)


「先生!」

「この方は儂の客人。それでもまだわからぬか!」


 大声で怒声を上げた男に面食らって、剛太郎はようやく口を噤んだ。


「分かれば良い……申し遅れましたな。某は安積艮斎あさかごんさいと申す。恥ずかしながら、この小栗家の屋敷にて私塾を開いておる、一介の儒学の徒にございます」


 ——この男が安積艮斎か!


 いきなり現れたビッグネームに、俺は驚きが隠せなかった。


 安積艮斎は、二本松藩の「出入儒(≒藩儒)」として召し出され、同藩の藩校の経学館で勤めた後に昌平黌の教授にもなった人物だ。

 その門人は2000人を数えるとされ、その中には吉田松陰や高杉晋作といった攘夷派志士だけでなく、前島密まえじまひそかや小栗忠順といった幕臣も学んだという。


 いわば、明治新政府の祖父。そんな大人物が俺の目の前に立っていたのだ。


「こちらこそ申し遅れました! 私は……!」


 俺が慌てて名乗ろうとすると、安積艮斎にサッと手で制された。


「すでに奥村殿から聞き及んでおりまする故、名乗らずとも良うございます()()()()


 安積艮斎が俺を『様』と敬称をつけて呼ぶ。

 その意味に思い至ったのだろう、剛太郎は気まずそうな表情を浮かべていた。


 そして剛太郎は、その気まずさから逃げ出すように脱兎の如く走り出す。


「剛太郎!」


 安積艮斎は剛太郎を呼び止めようとしたが、あっという間に小さくなっていった背中を見て諦めた。


「……申し訳ござらぬ。あれで、賢い子なのですが……」

「いえ、突然押しかけたのはこちら。先の件は水に流しましょう」


 上手いように言質を取られた気がしないでもないが、ここは印象を良くするために「気にしていませんよ」とアピール。

 子供のすることに一々腹を立てられないからね。


「猫千代様は、歳の割に落ち着いておられる。剛太郎にも見習ってもらいたいものだ」


 安積艮斎は一人で納得したかのように、そう独り言ちた。

 ——剛太郎()も安積艮斎の弟子なのだから、優秀な人材なのだろう。

 欠点を挙げるとすれば現状は野蛮なだけで、将来的には新政府で要職を任せられる人物なのかもしれない。お茶目なエピソードなんて、この時代に生きた偉人たちには掃いて捨てるほどあるのだから、それほど問題には思えなかった。


 俺は心の中でメモを残しつつ、安積艮斎の後をついていくのだった。


 

読んでいただきありがとうございます。

感想等あれば随時募集しておりますので、よろしくお願いします。

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