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幕末の加賀藩藩主に転生しました。  作者: きんかんなまなま(死語)
飢饉対応編
19/29

第18話 対策の前に(天保6年(1835年))

 父上が国許である金沢から江戸の屋敷に戻ってきたのは、6月に入ってからのことだった。


 一応、俺が父上に当てて送った書状で、来年に迫った「飢饉が酷くなる」という話と、珪藻土を利用した窯で燐鉱石を焼成して肥料化する方法はあらかじめ伝えてある。


 もちろんエピソードとしては、夢の中で尼から「前回金山が見つかったのにそれを有効活用しないとはどう言うことか」と俺が叱られるという内容である。叱られてばっかりで可哀想な俺。これぞ世に言うN番煎じって奴だな。


 しかし、父上や国許に残っている加賀八家の間ではその情報に半信半疑であるのか、まだ改革に乗り出したという情報は俺に入っていなかった。


 ——まぁ、それも当然か。

 なんの実績もない藩主嫡子の言葉を信じて、効果が定かでない方策を藩の政治に取り入れようなんて、狂気の沙汰でしかないだろう。


 父上が到着してから暫くして、用意が整ったのか俺は父上に呼び出された。


 俺が呼び出されたのは、父上の執務室である「御書院」と呼ばれる部屋。

 そこでは父上が江戸にいる間、国許から送られてくる書状を見て藩の状況を確認したり、指示が必要な事項があれば江戸に来ている家老たちと協議をする場所になっている。


 俺が部屋の襖戸を開けると、すでに父上は上座に当たる場所に座っていた。

 毎度お馴染みの奥村丹後守がその下手に座り、俺を一瞥すると深く頭を垂れる。


「父上。無事のご来着、恐悦至極にございます」


 そう言いながら俺は畳の上に座ると、父上は笑みを見せた。


「うむ。お主も変わらずのようだな。庄兵衛(山崎庄兵衛範古)から下屋敷での一件の報告を聞いた時は驚いたぞ」


 父上はそう言うと、豪快に笑った。


「お主の試みが失敗に終われば廃嫡とも考えたが、板橋の下屋敷に立ち寄った際にお主の田畑を見た。書状に書かれたとおりに葉は広く、実を付けるものは実が大きい。どういう理屈だ?」


 父上からの「廃嫡」という文言(ワード)が出た瞬間、俺の背筋に冷たいものが流れる。


「ち、父上、廃嫡とは……」

「何もそう決まったと言う話ではない。わしとしても、お主をそうするつもりは無いが、奇特なことを初めてやり始めるには、お主は何もかもが足りておらぬ。少なくとも国許に、そのように考える者もいると知っておけ」


 ——あぁ。父上はどうやら、国許に残っている加賀八家の誰かしらから、不平不満の声を聞く機会があったのだろう。

 

 俺が知らないところで、父上に守ってもらっていたことを自覚し、俺は感謝の念を込めて頭を下げた。


 そして父上が「して、どのような理屈でああなるのだ?」と俺に対して問いかけ、俺は周囲の目を気にして口を開く。


「父上、人払いをお願いいたします」

「……丹後は残す。丹後」


 加賀藩の支藩である富山藩と大聖寺藩の屋敷は、加賀藩上屋敷の敷地内にあり、出入りをする際も加賀藩の敷地を通らなければならない。

 壁に耳あり障子に目ありとも言う。俺が今から話す内容を真似できるとも思えないが、念には念を入れた方が良いだろう。


 父上の呼びかけに応じて奥村丹後守は立ち上がり、「御書院」の襖戸を開け、控えていた者達に下がるように命じて回った。

 一通りの人払いが済むと奥村丹後守は再び座り、それを見た俺は再び話を始めた。


「まず、正院や鵜飼で採れる白い土についてですが……」


 父上と奥村丹後守に対して、俺はできるだけ未来の言葉を使わずに、珪藻土や燐鉱石のことについて説明した。

 

 特に、燐鉱石を焼成してできる「焼成リン肥」の主成分である「リン酸塩」の説明には頭を悩ませることになったが、五行に絡めて説明すると何となく理解されたようだった。


「……つまり、土の気を高めるために、火で燃やした灰と火打谷の石を燃やして混ぜた、と」

「左様にございます。しかし、その土は火打谷と牛ヶ首(現石川県羽咋郡志賀(しか)町牛ヶ首)にて採れるものでなければなりませぬ」

「なるほどのう……何となく分かったような、分からぬような、不思議な気分じゃ」


 父上が呟き、奥村丹後守はうんうんと唸っている。


「つまり農民らが田畑に撒く下肥の、特に大事なところが固まった石という理解でよろしゅうございまするか?」


 奥村丹後守がそう言うと、俺は「その理解で良い」と短く答えた。


「ならば得心が行きまする。古来より伝わる土の気を養うための方法を、さらに発展させたと言うことなれば」

「丹後、このやり方を広めるは良いことか?」


 父上からの問い掛けに、奥村丹後守は「は」と、短く肯定の言葉を発する。


「古来からのやり方を研鑽し、発展させる。農村の実りを豊かにするは、良きことかと」

「ならば、領内で広めるが良かろうな。丹後」

「御意、確りとはからせていただきたく存じまする」


 父上は文机を持ち、自身の前に移動させ筆を持つ。阿吽の呼吸というべきか、奥村丹後守はそれを見るや、自身の懐から何も書かれていない紙を取り出し、父上の文机の上に置き、再び元の位置に戻った。


 ——奥村丹後守は、西洋で言うところの執事に近い政治的立ち位置にいるのかもしれない。

 「正史」においても、奥村丹後守は父上(前田斉泰)から「家老」としての役割としてではなく「学者」や「家宰」といった役割を望まれていた節がある。


 筆に墨をつけた父上は、紙に筆を乗せる前にはたと止まり、顔を上げて俺の方へと視線を向けた。


「犬千代。お主の策を領内で広めるために、何か良い案はあるか?」

「……」


 あまりにも突然の無茶振り。俺じゃなかったら聞き逃していたね。

 そういう難しいことは、できれば実務方の人たちと話し合った方が良いんじゃ無いですか。忘れてるかもしれないけれど、俺はまだ7歳児(数え年)なんですけれど。


 そんなことを思いながら、俺は思考のために黙り込んだ。


 ——どうやって広めていくべきか。

 父上たちから布告を出してもらって、あとは農民たちが自主的にやってもらうのを待って「ハイおしまい」と言う訳にはいかない。

 まず間違いなく、それだけでは農民たちは動かないだろう。


 今も昔も、農民という職業集団は保守的になりがちだ。「昔からのやり方」に固執しすぎる《《きらい》》がある。

 まぁその理由は、「農業」という職業が、昔から連綿と受け継がれてきたものだから、という理由に帰結するのだが、問題はそれだけでは無い。


「まず、新しい肥料を作るための人員ですが……」


 ——そう、肥料を作るためには人手が必要。

 それも数人、数十人単位の話ではなく、数百人から千人規模で。

 それだけの人員を集めなければ、来年の飢饉が起こるまでに焼成リン肥を領内に行き渡らせることは困難だ。そこで、だ。


「『御救小屋』にいる飢民の内、病のない健康な者を選別し、土の掘り出し、運搬に従事させてはいかがでしょう」


 天保6年時点で、「御救小屋」に収容されているのは約2000名。それだけの人員があれば、比較的大規模な掘削ができるだろう。

 職にあぶれた「飢民」が掘り出しと運搬、そして窯を作らせて肥料を作らせることで、人的資源として更生させる。


 もちろん監督役の武士も必要だろうが、そこは父上たちが考えてくれると信じたいい。


「なるほど。飢民に新たな食い扶持を与える上で、良き名目となりましょう」


 奥村丹後守はそう言って、俺の考えに賛同の意を表す。味方が増えるのは良いことだ。


「ならば、あとは場所じゃな。どこに窯を構えるか。それも考えておかねばならぬ」

「……れば、弥勒縄手みろくなわて村(現石川県金沢市弥勒町)近在がよろしいかと。北国街道を使えば越中国えっちゅうのくににも近く、森下もりもと川を通じて海にも出られまする」


 すかさず奥村丹後守が候補地を挙げ、父上は「なるほど、土を運び入れるのに舟運を利用するか」と納得した。

 丹後ナイス。今までの狼藉はチャラにしてやろう。


「そうと決まれば犬千代」


 改まって、父上は俺に対して声をかけた。

 ——一体何を言い出すのだろう。これだけアイディアを出せば、あとは父上や奥村丹後守が事務方と現場方と意見を詰め合わせるしかないだろうに。


「此度の一件、お主からの献策という事で大々的に布告することとする」


 父上からの言葉に、俺は驚きのあまりあんぐりと口を開けた。


「は? はぁ⁉︎ な、何故でございますか⁉︎」


 驚きの声を上げる俺に、父上は「まぁ、そう言うわな」と溢す。

 まだ元服も済んでいない俺の名前で布告を出すという、メリットが分からなかった。


「安心せい。無論、連署もする。失敗したとて、お主だけに責を負わせるつもりはない」

「し、しかしながら、私はまだ元服も済んでおらぬ身! それがまつりごとに携わるなど……」


 反論の声を上げると、父上は「そう、それよ」と答えを返す。

 筆の穂先を俺に向け、穂先から垂れた墨が白い紙に黒々とした点を作った。


「頭の固い奴等は口を揃えて言う。元服も済んでおらぬのに、何故なにゆえ政に関わろうとするのか。如何いかに藩主の長子であろうと、藩政に長年寄与(きよ)してきた年寄としよりを蔑ろにしておるのか、とな」


 ドスの効いた父上が発した言葉に、俺はハッと息を呑んだ。

 

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