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幕末の加賀藩藩主に転生しました。  作者: きんかんなまなま(死語)
1 幼少期編
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第11話 初めてのお出かけ(天保4年(1833年))

 夏だというのに照り付けている日差しは春のように麗らかで、暖かな陽気と相まって俺の眠気を誘っていた。


 この前、父上に未開発の金山の場所を伝える事ができた。あとは父上が調査のために人を派遣してくれるかどうか。


 子供の夢に見た話を、大人が本気にするなんてあるのだろうか——、と疑問に思うかもしれないが、江戸時代はオカルトブームに湧いた時代。迷信や神秘といったものがまだ生きていた時代でもある。


 子供が知るはずのないエピソード。そして具体的な場所と物の明示。


 これだけの要素が揃っていれば、小規模な調査であっても父上が人を派遣する可能性はある。——なんて事を考えながら俺がうつらうつらとしていると、何故だか朝から機嫌が良い母上の鼻歌が聞こえてきた。


 いや、機嫌が良いだけなら良いのだけれど、どこかうわついたような印象を受ける。女中達の話を聞くに、どうやらお出かけをなさる支度をしているようだった。


 ——まさか浮気⁉︎ 俺という子供がありながら、朝から浮気の算段をするなんて! という冗談はさておき、どうやら久しぶりの外出で浮かれ気分でいるらしい。


 そもそも身分的に、母上はおいそれと容易く外出ができるものではなく、高貴な身分の女性というのは基本的に屋敷、奥向おくむきの中で生活が完結してしまう。

 その結果、大奥に代表されるような独特な社会構造・文化を形成しているのだが、ここでつまびらかに話すことではないだろう。


「なんと凛々しいこと!」

「まことに! まるで源氏物語の絵巻から出てこられたようにございます」


 ——そして現在、女中達の手によってお人形のように着替えさせられている俺。四歳児(数え年)。


 華美な装飾はないため絢爛豪華とは言わないが、それでも素人目から見て高価そうな布地で縫われた事がわかる肌触り。季節の草木の紋様が織り込まれた布地。

 こんな他所行きの服を着せられたら、鈍感な俺でも察してしまう。これはあれだ。俺も母上と一緒に外出できるってことだよね。


 初めての外出が若い娘さん同伴のデートなんて、俺は前世でどれだけの功徳を積んだのだろう。

 だが、どこに行くのか気になる。こんなおめかしをして出掛けるって事は、歌舞伎小屋に見物しに行くだけとは考えられないよな。


「いぬちよはどこにいくのですか?」


 俺は思い切って母上に質問してみた。すると母上は、嬉しそうに笑いながら答える。


「ふふふ、犬千代。あなたのおばあさまに会いに行くのですよ」


 俺の祖母。つまりは母上の母上ってことだな。——えっ、ちょっと待て。母上の母上ってことは、我らが偉大なる富士山の星にして江戸幕府最高権力者、将軍様の妻ってことじゃないのか?


「……おばあさま? どなたですか?」

「そうね、私のお母様のことです。そして日の本の侍を束ねる、征夷大将軍の室にあたる方なのですよ?」

「わー、すごくえらいかたなのですね!」


 無邪気に喜んで見せた俺の頭を、母上は優しく撫でた。


「あなたも徳川宗家の血を引く者ですから、きっとおばあさまもお会いになれば喜びますよ」


 そして暫くして、母上達の着替えが終わり、俺は母上に抱かれ外に出る。


「ははうえ、これにのるのですか?」


 そう言って俺が指さした先にあるのは一挺の駕籠だった。


 黒々と輝いているのは、おそらく全体的に漆を塗られているからだろう。春の陽光を受けて輝いている駕籠は、前田家の財力をぎ込んだ一点物。

 

 キラキラと金色に輝いているのは金箔かな?

 明らかに、庶民が乗る駕籠とは一線を画した格式が見て取れる。

 駕籠というのも色々と種類があって、特に高貴な立場の人が乗るもののことを「乗物」と言うそうだが、ここは分かりやすさを重視して「駕籠」で統一しておこう。


「そうですよ。さ、一緒に乗りましょうね」


 大名が乗る駕籠を現代の価値観に直せば、送迎運転手付きの高級外車みたいなものだろうな。


 駕籠かきたちも、どこか緊張した面持ちで待ってくれていることだし。そうそうある事ではないが、無礼を働けば職どころか生命すらも危ういのだ。


 俺は母上にいざなわれ、駕籠の中に身体を滑り込ませた。


▽▽▽▽ ▽▽▽▽ ▽▽▽▽ ▽▽▽▽ ▽▽▽▽ ▽▽▽▽ ▽▽▽▽ ▽▽▽▽


 駕籠の乗り心地はお世辞にも「良い」とは言えなかった。


 中は狭いし、薄暗い。母上と密着できるところはプラス評価だけど。


 人力で、しかも舗装されていない道を「えっほ、えっほ」と担がれて進むのだからさもありなん。


 唯一の救いなのが、加賀藩上屋敷のある本郷から目的地である江戸城の距離がさほど離れていないこと。

 それなら、自力で歩いて行った方が早いし安上がりじゃん——とも思うのだが、これもまた大名家の権威だとか、沽券だとかに関わってくる問題。


 百万石の大大名の奥方様が、歩いて江戸城に向かうとなれば衆目を集めることになるし、少しでも金をかけないと「あそこの家は駕籠かきを雇う金もないのか」って馬鹿にされることになる。


 だから、駕籠で行くのは必要経費。

 言うなれば、大企業の社長や現代でいう首相が自分で運転しないのと同じ論理なのだろう。(黒塗りの高級車、追突、示談……うっ、頭が……)


 駕籠の窓に当たる御簾は下りていて外の様子は見えにくかった。あれだけ江戸市中の様子が見たかったのに、揺れのせいもあってじっくりとみる事はできなかったのである。本当に残念。


 そんなこんなで、あっという間に江戸城に到着。全然外の世界を見る事ができなかったことは残念だな。


 駕籠に乗ったまま江戸城の勝手口——女中門とも呼ばれる——平川門をくぐり、平川(ぼり)を渡る。

 城の正面玄関にあたる「大手門」から入らないのは、この登城が非公式なものであることを示していた。


「さぁ、降りますよ」


 ——という、母上の言葉で俺は我に帰った。

 どうやら、駕籠に乗ったまま移動できるのはここまでらしい。


 お供をしていた駕籠かきや侍とはここで一旦別れ、母上と女中達とだけで江戸城の中に入っていく。

 そして母上に連れられて城の中に入り、いくつかの門を潜り抜けしばらくすると玄関に至る。


 その玄関は、表玄関かと錯覚するくらいに広い玄関だった。

 これで勝手口だというのだから、大手門から入った先にある表玄関となるとどれほどの大きさなのか想像もつかない。


 玄関でこれなのだから、城内の広さも推して知るべし。間違いなく、俺一人だけで来たら迷子になる自信がある。母上が一緒でよかった。


 そして俺と母上は、江戸城の本丸にある大奥の一室で待つように言われ、座を正して待つのだった。


※ 次回は4/30の午前8時に投稿します。


※ 誤字脱字の連絡だけでも大変助かります。

 今後とも応援よろしくお願いします

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