第7話 近接戦闘は聖女のたしなみ
アルコア様はこの世界とは異なる次元に神域を構えて私を見守っていらっしゃる。
そこから私を介してでなければ、この世界に干渉することは難しいそうだ。
その干渉の形のひとつが、『神聖魔法』である。
アルコア様は私と契約している帝国を私の一部と認識することで、神聖魔法を授けることができていた。
だがその契約も繋がりも絶たれた今、この世界に私以外に神聖魔法を行使できる存在はいない……はずだった。
目の前の白装束の男3人は、各々見たことのない『神聖魔法』を私へ向けてきた。
ただの魔法じゃない。『神力』を伴った、疑う余地のない神聖魔法だ。
『他の神の仕業ね。ずいぶんと嘗めた真似してくれるわね』
他の神様、か。アルコア様の他にもいるとは知っていたけど、今になってこうも表立って行動するとはね。
「聖女ラズリーよ、貴様をここで弑し我らが神の時代を築く!!」
「あっそ。3人まとめてかかってきなさい」
私は後ろのヴェルディちゃんに絶対防御を付与すると、白装束の中でも大柄な男と向かい合う。
この感じ……身体強化系かな?
「ふんっ!!」
大振りな拳。当たる訳もない。私はそれを避けるついでに、大男の後方の二人へめがけて花瓶を投げつけた。
ただの花瓶。けれどそれは、何に当たった訳でもなく粉々に爆ぜるように割れた。
その細かく鋭い破片が辺りへ飛び散る――
「ぐあっ!?」
さっき光の矢を放ってきた奴が悲鳴をあげた。しかし隣のやつは目の前に半透明な結界らしきものを出して防いでいた。
私は花瓶に絶対切断を付与し、それを魔力で砕き飛び散らせた。
これで一網打尽にできればいいけど、さすがにそこまではいかないか。
大男の肉体には、あまり効いていない。
けれどこれでこいつらの手札がある程度分かったね。
神聖魔法というものは、基本的に一人につき一種類しか扱えないのだ。
目の前の大男は身体強化、奥の片方は防御系、矢を放ってきた奴は武器の具現化あたりかな?
おっ、また矢を放ってきたね。
私は大男の拳をいなしつつ、片手で矢を弾く。
ふむ、思ったより高い威力。それももっと威力を強化できそうだ。少し厄介かもね。
それよりも――
「潰れろっ!!」
大男の拳が空を切る。
私はその隙に結界の剣で絶対切断の一撃を喰らわせる……が、浅い。
神聖魔法による身体強化で存在を強く保っているようだ。
それに、『障壁』に阻まれることもある。あの防御していた奴の神聖魔法かな? 仲間にも付与できるんだね。
大男の拳は当たらず、私の攻撃は効かず。一見して千日手に見えなくもない。が、私はまだまだ手札を出していない。
こいつが身体強化するなら、私も身体強化をしちゃえばいいじゃん。
大振りな拳を私の拳で相殺し、懐に潜り込む。そしてその腹を1発ぶんなぐった。
「ぐうおっ!?」
うーん、さすがにタフだね。じゃあ連打してみようか。
「おらおらおらおらっ」
「ぐばっ、あばばばっ!?」
おー、効いてる。けどそれでも死なないか。
そうこうしていると、奥の奴が光の弓をつがえて照準を合わせてきているのが見えた。
……そうだ、いいこと思い付いちゃった。
「ヴっ……!!!?」
おもむろに大男の股間を蹴り上げた。
そして一瞬硬直した男の肩を引き膝裏を押し、体勢を崩してスッ転ばせ――
――放たれた光の矢が、大男の眉間を貫いた。
脳漿を溢し、大男は事切れ倒れ伏した。
矢で私の身体強化を貫通できるように頑張ってたところご苦労さん。
おかげで静かに殺せたよ。街中で派手な魔法とか使いたくないからさ。助かったよ。
さて――
「次は?」
「……っ!!」
何を唖然としてるのさ。まさか想定外?
相手は『聖女』だよ? そっちが殺そうとしてきたんだから、殺されても文句は言わないでほしいな?
「ど、同胞の仇っ!!!」
光の矢が私めがけて何本も放たれる。
どれも光速で飛んでくるから、避けるのは不可能。
けれど、その手元と視線から射線を予測する事は簡単なんだよね。
「君たちさぁ、戦い慣れてないでしょ?」
簡単に間合いを詰められちゃったよ? もう懐に入れちゃいそうだけどどうするのかな?
「う、うおおおおっ!!」
おや? 矢ではなく光の槍を突いてきたよ。
けどそれも難無く回避。
やっぱり戦闘経験が浅すぎるね。槍なんてここまで近づかれてから突くものじゃないもの。それに1度突いたら引くまで無防備になっちゃう。
「ほら、懐に潜られちゃったねぇ?」
私は彼の首を斬り飛ばさんと剣を振るった。
……が、突然現れた『半透明の壁』に阻まれてしまった。
さっきの男の身体強化もそうだったけど、私の絶対切断を弾くなんて相当固いね。ただ、1度に防げるのは感触から二、三発って所かな?
「そこだぁぁぁっ!!!!」
む。今度は光の剣を振るってきた。矢に槍に剣か。同種の神聖魔法とみていいかな。
私はその一撃を結界剣で受けると、そのままつばぜり合いへ移行した。
「ねえ、何処の誰の差し金なのか教えてくれない? 殺さないであげるからさ」
「い、言う訳がなかろう!!」
「そっか。じゃあ死ね」
つばぜり合いをすると見せかけて、そのまま光の剣をへし折ってやった。
そして間抜け面を晒す頭の脳天へと剣を振り下ろし……またしても『障壁』に防がれた。
……予想通りだった。
「全く、芸が無さすぎじゃない?」
脳天への一撃は防がれた。
しかしそれはフェイク。白装束がじわりと紅く染まる。
「剣にばかり意識向けすぎ」
私の足先から伸びた刃が、相手の心臓を貫いていた。頭への攻撃ばっか警戒するからこうなるんだっての。
「あんたで最後だよ? どうするのかな?」
私は残る一人の白装束を結界で包み込む。
見たところ『障壁』は一方向にしか展開できないみたいだし、全方位からの干渉には弱いんじゃない?
ゆっくりと結界を狭めてゆく。
このままぺちゃんこにしてあげるわ。
「ほらほら、話せよ。何処の誰の差し金でヴェルディちゃん使って何を企んでいるのか話せよ。殺さないでやるからさ?」
「わ、わかった!! 話す! 話すから助けてくれ!!」
あっさりと観念したね。根性なしめ。
私は結界を狭めるのを中断し、ヤツが口を開くのを待った。
「ヴェルディのお父上は――
がっ、おごっ!? お、お許しをっ!!!」
「な、何?!」
突然、顔中の穴という穴から血を吹き出し苦しみ始めたではないか。
『契約神による口封じね』
げ、それじゃ情報を聞き出すなんて最初からムリっぽかった? せっかく手加減して一人残そうとしてたのにな。
結界の中の白装束もついに事切れ倒れると、他の二人の死体と共に光の粒子となって消滅してしまった。
死体も契約神に持っていかれたみたいだ。処理の手間が省けたとこだけはありがたいかな。
さて。
「ヴェルディちゃん、怖いとこ見せちゃったね。大丈夫?」
「お、お姉ちゃん……」
私の胸に飛び込んできたヴェルディちゃんは、まだふるふると震えていた。
「よしよし、大丈夫。これからまたどんな奴が来ても必ず守り抜くからね。」
胸のなかで顔を濡らすヴェルディちゃんを抱き締めて、私はこの子を絶対に助けるのだと自らに誓うのであった。
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