第62話 神のみぞ
襲撃から3日後、私はベープさんの執務室で改めて情報共有を行っていた。
サンムルスの侵攻と諸々の後始末、それから今後の方針についてだ。
「モシナさんは……まだ意識が朦朧としているそうですね」
「だね。魔人の力を無理矢理引き剥がしたんだから、回復にはもうしばらくかかりそうだね」
モシナさんの今の肉体は、アルコア様が魂の情報から再現し造り出したものだ。元の身体はアルコア様が受肉し、別のモノに作り替えられている。
……という話は、秘密なんだよね。
「サンムルスはまた侵攻してくるのでしょうか。もしまた〝魔人〟のようなものに来られたら、いつかは死人が出てしまいかねませんね……」
「その話ですが……心配はいりませんわ」
その声はベープさんのすぐ後ろから聞こえてきた。
「だっ、誰だ!?」
「失礼しました。私、ミゼーアと申しますわ。お見知りおきを」
驚いて振り向いたベープさんが気圧され怯む。
シスター姿で金髪の極めて大柄な女の人が、ベープさんの後ろから見下ろす形で立っていた。
「ミゼーアさんは……あー、私の古い友人。敵じゃないから安心していいよ」
「ラズリーさんの、友人……? いたんですかそんな友人なんて……? 300年引き込もっていたと聞きましたが?」
「なんか失礼な物言いじゃない? まあいいや。ミゼーアさんはもっと昔からの友人だよ」
説明するのめんどくさいし、ミゼーア本人の意向もありそういうことにしておく。
「なるほど……? そういえばサンムルスに関してはもう心配いらないと言ってらっしゃいましたが……」
「えぇ。私が直接サンムルスに出向いて、今後一切シリスの街に手出しできないよう取り合ってきましたわ」
『ミゼーア』は石膏で固めたみたいなニコニコ笑顔でベープさんに説明する。
今後一切シリスに手出しできないようにした、ね……。
嘘は言ってないんだろうけど、実際の所サンムルスがどうなってるか想像したくないね……
「そ、それは信用してもいい言葉なのでしょうか?」
「いいんじゃない? ミゼーアさん私より強いし」
「ら、ラズリーさんより……?!」
嘘じゃないよ。
私じゃきっと逆立ちしても勝てないもんね。
「どこか余っている土地をいただけますか? そこに教会を建てて住まわせていただきたいのです」
「え、えぇ、どうぞ……」
そんな訳で顔が青いベープさんから私の家の近くの土地を貰って、『ミゼーア』はそこに住むことになった。
ベープさんの屋敷を出て、私とミゼーアは並んで自宅を目指して歩く。
時折、『でかっ……なんだあの女の人』『うおっ、でっっ……』といった町民や兵士さんたちの好奇の視線がミゼーアに刺さる。
全く不埒な……。
本人は特に気にしてないみたいだけど。
……
「……で、一体その御姿はなんですか? アルコア様」
家に上がりお茶を啜ってほっと一息ついた所で、私はずっと押し殺してきた疑問を『ミゼーア』に投げ掛けた。
『ミゼーア』は、アルコア様の普段の少女の姿を極端に成長させたような御姿だ。
「これはこの世界での活動体よ。神としての力を制限した、人間と遜色無い分霊。
故に私が顕現することで生じる世界への歪みや悪影響を最小限に抑えられるのよ」
なる、ほど?
アルコア様は強大過ぎるが故に、世界への影響力も強すぎる。それを抑えるために、このミゼーアという分身を遠隔操作している……ってこと?
しかし人間と遜色無いって……それでも神聖魔法込みの私でも勝てる気がしないんだけど。
いやいや、1番の疑問はそこじゃない。
「ではなぜその形をお選びに……?」
アルコア様の御姿に決まったものはない。あの少女の姿も、人間である私に馴染みやすいように取っている形に過ぎない。
老婆にも男にも子供にも大人にも獣にも魚にも、生物じゃない姿にもなれるのだ。
だからこそ、この色々と大きな女性の姿を選んだ理由が気になるのである。
「……あの〝少女〟の姿は、イドーラ含めあらゆる神々に知られているわ。だからこそ、コソコソ企んでる蛆虫に私が受肉した事を知られないよう、この姿を選んだの」
「アルコア様だと知られずに真正面から来てもらった方が対処しやすいですしね」
そんな理由があったとは、納得だね。
……いやなんでクソデカシスターなのかの疑問は解決してないけども。
「それからラズリーちゃん」
「はい?」
紅茶を半分ほど啜った所で、ミゼーアは神妙な顔で切り出した。表情はやっぱりいつものアルコア様だ。
「サンムルスへ行ったついでに魔人も滅ぼして来ようかと思ったんだけどね……」
「魔人のヤツに何かありました?」
「居なくなってたのよ」
「え?」
「あの封印の間から、忽然とね」
嘗て――私は魔人と相討ちに近い形で辛勝し、その時に残っていた全ての力を注ぎ込んでヤツを封印した。
心臓に神力の込めた杭を打ち込み、各種結界で生命活動を限りなく停止させ、魔力および神力の回復を極端に遅らせた。
魔人の肉体を他者が触れる事はできるが、封印に干渉することなどできないはずだ。
それが、消えていた……?
「封印自体は健在だったわ。心臓に打ち込んだ杭すらも残ってた。……封印を壊し抜け出したというよりは――」
「空間転移で脱出した……?」
仮に……ヤツが封印の内側から外界へ逃げ出した、としたら。
この大陸に居るあらゆる特記戦力をかき集めても、敵うかどうか怪しいレベルだ。
ヤツは神性を持つ怪物。神聖魔法を扱うこの私でさえ、封印するので精一杯だった。
今はアルコア様が現世に顕現してらっしゃるから、暴れまわったとて脅威ではないが……
潜伏、しているとしたら?
「……封印の間で匂いがしたわ」
「匂い、ですか?」
「エオステラの蛆虫どものね。あいつら魔人に何かしていたみたいよ」
やはりエオステラか……。
シリスの街に聖女たる私がいるとサンムルスに流したのも奴等の仕業だろう。
滝壺の肉塊の内側から発生した神域も、恐らくエオステラの仕込みだ。
……奴等が魔人をどうやってか連れ去ったと見て間違いない。
つまり、現在はエオステラに魔人が与している……?
冗談じゃない。
「本当に連れ去った……のかしらね?」
「どういうことです?」
「さあ? ま、なるようになるしかないでしょ。何かあっても私がいるんだし、安心しなさい」
アルコア様は有り余る胸を張った。
恐らく笑ってるであろう顔が見えない。
……結局、なんでこのデカデカシスターの姿を選んだんだろう。
まさに神のみぞ知る。私には知るよしもないのである。
あと閑話と幕間を挟んでサンムルス編は終わりです。
面白い、続きが気になると思っていただけたらぜひとも星評価のほどよろしくお願いします。




