第61話 アポカリプティックサウンド
そういえばもふ追一周年らしいですね
「――和平を結びたいと言っておったな」
「はい。これ以上無駄な血を流す事は望ましい事ではないと考えます」
異様に大きな体躯の修道女は、玉座に座る皇帝へうやうやしく頭を下げた。
――命乞いだ。
老師と彼女を除くその場の誰もがそう考えた。
「これ以上はシリスの民を傷つけたくないと。……であれば、我らが矛を収めるほどの対価を差し出してみせよ。辺境の街ごときに用意できるか?」
「はっはっはっは!!」
皇帝の言葉に隣に立つ将軍マクスウェルが笑い、他の兵たちもわざとらしく笑い声をあげた。
「我がサンムルスを納得させてみよ。なに、無辜の民の命を守れるならば、簡単な事であろう?」
笑い声は勢いを増してゆく。
このシリスから訪れたという使者に、立場と惨めさを知らしめてやるのだ。
……しかし。
「――神は全てを見ておられます。悔い改め懺悔し償うのであれば、全てを御許しいたしましょう」
ミゼーアという修道女は、微笑みを全く崩すことなく言い放った。
「神だと? 何を言っているのだ?」
「自らの過ちを認め、償うのであればすべての罪を御許しいたしましょう」
「ふむ……シリスの街には聖女ラズリーがいると聞いておる。貴様は聖女の何だ?」
「シリスの街に聖女ラズリーはおりません。私をラズリーと勘違いした者がそちらへ知らせたのでしょう」
ミゼーアはニコニコと貼り付けたような笑顔を崩さない。
「これが和平に関する此方からの条件と〝償い〟でございます。ご納得していただけるとよいのですが」
ミゼーアは懐から紙の束を取り出し、隣の老師に渡した。老師はそれをマクスウェルに手渡し、皇帝へと渡された。
「……」
紙束に目を通した皇帝の顔が、みるみる真っ赤に湯で上がってゆく。
「これはなんのつもりだ!!」
――ミゼーアから示されたサンムルスとシリスの街の和平条約。その内約は、荒唐無稽なものだった。
1つ、シリスの街に対するあらゆる敵対行為を禁ずる。
2つ、サンムルス国内におけるあらゆる収入の2割を税としてシリスの街へ納めること。
3つ、サンムルスの現皇帝は全ての権力を放棄し、その後シリス側の選出した者を国家元首とすること。
4つ、これらの条件を絶対に破ってはならないこと。条件を破った場合、サンムルスの全国民の命をもって償うものとする。
5つ、この条約を締結しなかった場合、サンムルスの全国民の命をミゼーアの所有物であると認めたものとする。
「ふざけているのかっ!!」
皇帝は憤慨した。
当然である。自分が皇帝の座を降り、サンムルスにシリスの傀儡政権を擁立しなければ全国民を殺すと言っているのだ。
それを、辺境の旧帝国の弱小領主ごときがだ。
「これは慈悲です。心を入れ替え償うのであれば、今なら私が全てを御許しいたしましょう」
「黙れ!! マクスウェル! 即刻この者の首を刎ねよ!!」
「仰せのままに」
皇帝の隣に護衛も兼ねて控えていた大男が、動き出す。
――特記戦力〝常勝将軍マクスウェル〟
ミゼーアと並ぶ体躯の彼の身体能力は、それだけで特記戦力に換算される程のものだ。
更に、同じく特記戦力に相当する〝魔剣ゲーツ〟の主でもある。
魔剣ゲーツ……嘗て存在したとある国において産み出された、万物を反転させる剣。
彼が本気で戦えば、街ひとつ程度は簡単に廃墟にできてしまうだろう。
「来い、ゲーツよ」
マクスウェルは魔剣を呼び出し、敵と相対する。
(……ミゼーアとかいう女、恐らくは五万の我が軍を屠ったという特記戦力。シリスの街にとんでもない怪物が潜んでいたものだ)
魔剣は平時は使用禁止となっているが、緊急時は使用が許される。
……油断はしない。敵地の真ん中にわざわざ飛び込んできたのだ、単身こちらと戦える力があるのは確実だろう。
皇帝を退かせ、安全圏まで避難させてから全力を出す。
……はずだった。
「……? は?」
マクスウェルの呆けた声が反響する。
マクスウェルの視界が、なぜか右半分が見えなくなっていたのだから。
サンムルスの皇帝たちは見た。
サンムルス最強の……人造魔人に匹敵するほどの特記戦力の体が――
――綺麗に左右に引き裂かれていたのを。
倒れてゆくマクスウェルのそれぞれの断面から、脳漿と血と臓物が溢れ落ちる。
それまで笑っていた兵たちが凍りつく。
「あひゃっ、あひゃひゃひゃひゃ!!」
対して、老師が突然狂ったように笑いだした。
静寂の中で、老師の笑い声だけが場違いに弾ける。
「やっちゃった! やっちゃった! あの御方を怒らせた!! おしまいぢゃ! サンムルスはおしまいぢゃ!」
ミゼーアは先程からの笑顔を全く崩していない。
同じ笑顔で、手を組み合わせて祈っている。
「言ったはずですよ?」
しかしにっこりと細められた瞼が、ゆっくりと開かれてゆく。
「なんと哀れな子羊なのでしょう。身の程を弁えず、神の最後の慈悲を拒絶するとは……」
ミゼーアの眼窩いっぱいに広がる極彩色が、サンムルスの皇帝をしっかりと見つめていた。
「ひっ……ひぃっ!? 化物、ばけものっ……!!」
「さあ、今際の際に祈りなさい」
ご お お お お お お お お お お
突然、辺りの空気に轟音が満ちる。
まるで無数の金管楽器をむちゃくちゃに吹き鳴らしているかのような、重厚な金属音が轟き響き渡る。
お お お お お お お お
音はこの城のみならず、サンムルス全域で鳴り響いていた。
「何の音だ!?」
「見ろ! 空が――」
誰もが空高く天を仰ぐ。
青空が音と共に、黒く染まってゆく。
世界を夜に似た闇が飲み込んでいく。
――今宵は星が揃う時。
祈り得て、時を経て、〝神〟は顕れた。
おおお おおおおお おおおおおおおおおおおお おおおおおおおお お おおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおお
音は更に大きくなってゆく。
ある者は思った。
天使がラッパを吹いている光景を。
ある者は思った。
何者かが金属の門をゆっくりと抉じ開ける音に、よく似ていると。
「なんだあれは!?」
誰かが夜に染まった空を指差した。
そこに、〝それ〟は顕れた。
顕れてしまったのだ。
サンムルスは自ら呼び出してしまったのだ。
〝終末〟を。
お読みいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、星評価やブックマークなどよろしくお願いいたします!




