第60話 ミゼーア
――もしも『死』という概念に人の形を与えたら、こんな姿なのだろうか。
アチェリーは止められぬ全身の震えを無理やり抑えつけようと、自分の肩を抱いた。
空高く舞い降りし『彼女』の周囲の空間が、蜃気楼の如く歪んで見える。
例えば強い重力が光を歪めるように、その〝神〟の圧倒的な存在はその場に在るだけで空間を……ひいては世界すら歪ませてしまうのだ。
背負う光輪はこの夜闇より暗く、黄昏より眩しい。
その圧倒的存在感と神々しさを前に、アチェリーは――
――自然と跪き、手を合わせ祈っていた。
これが、『神』。
おぞましく恐ろしく――そして、美しい。
〝神〟が、アチェリーにくすりと微笑んだ。
そしてアチェリーは理解してしまった。
――あぁ……。あたしは、この御方に出会うために産まれてきたんだ……
……と。
――モシナは、神力への高い耐性と順応性を持つ特異体質であった。
また、アルコアはこの世界への干渉を強化すべく神域と〝世界の彼岸〟を一部接続した。
モシナという生贄と、世界への優位性。
これにより、この世界の住民と〝契約〟さえすれば容易に受肉が可能となったのだ。
……そしてこの場で意識を保っていたのがアチェリーだけだったのは、不幸中の幸いだろう。
神力に耐性のあるアチェリーだから、この程度で済んだのだ。
そうでなければ、視認しただけで発狂する者どもが続出していただろう。
……無論、それを意図した上で顕現したのだが。
ふと、アルコアはアチェリーを指差した。
「あ、あたしの……剣?」
言葉を一切発していないというのに、アチェリーはアルコアが何を自分に求めているのかを不思議と理解していた。
アチェリーの剣へ、アルコアは手を翳した。
……女神アルコアは契約を履行する。
アチェリーの大切なもの……〝モシナの身体〟と引き換えに――
「モシナ、お姉ちゃん……?」
――〝モシナの魂〟と肉体の情報を、その剣に降ろしたのだ。
アチェリーの剣が光に包まれる……
ヒトごときの生死など、星影の女神にとって簡単に覆せるもの。
契約は履行された。
剣を包む光が人の形になってゆく。
そして……生身のモシナが、アチェリーの膝枕に眠るように横たわっていた。
*
「精霊契約者たちがこんなになるなんて……」
惨状を見た兵士の一人がそう呟いた。
一晩戦い続けたアチェリーちゃんもモシナさんも、それから重傷の特記戦力の面々も。
皆兵たちに回収され、現在は治療中だ。
後で私も治療に加わるつもりだ。
ちなみに、アルコア様の御姿はどうやらシリスの兵たちには見えていなかったらしい。意図的に視認できないように調整してるのかな?
『その通りよ。私を見て勝手に狂われても困るしね』
思考を読まれた……。
相変わらずアルコア様には勝てる気がしないや。
……アルコア様が顕現されたのは何か『目的』があるかららしいけど、教えてはくれなかった。
ヴェルディちゃんに老師の本体を捕獲してくるように言っていたけれど、それも『目的』と関係あるのかな。
……と考えていたら、ちょうどヴェルディちゃんが空間転移で帰ってきた。
なんか口にヨボヨボのお爺さんを咥えているね。こいつが老師か。
ヴェルディちゃんは雑に老師を地面に降ろすと、私の横に大きな顔を寄せてきた。どうやら撫でてほしいらしい。よしよし。
「おのれ聖女ラズリーとケダモノめ……!間もなくサンムルスは魔人の量産化が実施される……! そうなれば貴様らは終わりじゃ!! せいぜい儂の孫娘に地獄で詫びるがいい……!」
なんか言ってら。え、なに? 老師捕まえる時にこの人の孫娘殺しちゃったの?
でも仕方ないよね、だってこれ戦争だもん。
そもそも先に宣戦布告してきたのはそっちだし、お門違いもいいところ。
『ふふ……ちょうどいいわね』
「貴様らを必ず後悔させ」
『――ねぇ』
アルコア様は裸足で地面に降り立つと、老師の耳元にそっと声をかけた。
「な、んだ あ? ひぎ、あっ、あっ、あっ、あっあっあっあっあっ――」
『おじいちゃん、ちょっとお使い行ってきてくれる?』
あーあ、おじいちゃんったら震えながら白目を剥いてら。完全に壊れちゃったね。
それにしてもアルコア様のお使いって何だろう?
『とっても面白いことよ。ふふっ……』
*
多数の死者と行方不明者を出した、正体不明の大魔獣襲撃事件。
サンムルスは消えた老師の行方を追っているが、痕跡は一切つかない。
老師の護衛兵の安否もわからず、手がかりは何もない。
しかし3日後――
突然、老師は転移によりサンムルスに帰還する。
……シリスの使者を連れて。
「息災であるな、イースよ。して、その者がシリスからの使者であるか」
「は。この度シリスからサンムルスと和平を結びたいとの申し出があり……」
使者の姿を見た近衛兵たちが、ひそひそと何やら囁き合っている。それもそのはず、その使者の見た目は、いささか異様なものだったからだ。
その女性は跪き頭を垂れている……にも関わらず、サンムルスの皇帝よりも目線が上であった。
異様に大きな体躯の金髪の女は、修道服らしきものを纏っていた。
立ち上がれば2mは下らないだろう。
彼女こそが、シリスの代表だ。
「頭を上げよ。貴様は何者だ?」
修道女はゆっくり顔を上げると、にっと口角を上げ
「この度は陛下の寛大な御心に感謝いたします。
私はシリスの街の守護者を務めさせていただいております――
――〝ミゼーア〟と申します」
ニッコリと笑うミゼーアの眼の奥に、きらりとステンドグラスを思わせる虹の光が瞬いた。
ミゼーアさん何者なんやろなぁ()
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