第58話 例外な存在
「ラズリー……さん」
「大丈夫、あとは私がやる」
魔人のような何かと向かい合いつつ、私は倒れているアチェリーちゃんとメリーちゃんに回復魔法をかけておく。
アチェリーちゃんも重傷だが、メリーちゃんはもっとヤバかった。この戦いが終わったら、ちゃんとした治療をしてあげないとね。
さて……
『聖女ラズリー……! 神域による封印を破るとは規格外もいいところよ』
封印? ああ、あの滝壺の。
破ったのは私じゃなくてルリムというアルコア様の眷属の神なんだけど、それは言わないでおこう。
「御託はいいからかかってきなさい」
『望む所よ。聖女を殺すべく作り上げたこの〝朱禍の魔女〟の力、受けてみよ!!』
魔人モドキはそうぬかしてなにやら魔法を発動させた。
ふむ……。
私を取り囲むように、瘴気を内包した珠がいくつも浮かび上がる。
そしてそれらから、瘴気の光線が私めがけて一斉に発射される。
全方位からの一斉攻撃……。
この魔人モドキ、ずいぶんと場馴れしているみたいだね。これだけの手数を同時に操作するなど、かなりの技術だ。
「ま、私には効かないけど」
弾く、撃ち落とす、翻る。
全方位の瘴気の珠から放たれる攻撃。回避は困難。
しかしながら、それらは独立して動いているのではなく、一人で操作しているものだ。
一見絶体絶命に見えるが、実はおざなりになっている隙がある。例えば攻撃の発射周期が一定だとかね。
私は全ての攻撃を、その場で防いで避けて対処してみせた。
『聖女ラズリー……やはり一筋縄ではいかんか』
「貴女が何者か知らないけど、殺すから」
私は結界剣の剣先を魔人モドキに向け、そう言った。
言ったら……
「待ってラズリーさん!! それはあたしのお姉ちゃんなの! 悪いヤツに操られてるだけなの!!」
アチェリーちゃんがなんか割り込んできた。
この魔人モドキがアチェリーちゃんのお姉ちゃん?
『なるほどねぇ、魔人という神の力を降ろした〝魔女〟ってことね……。そして今は何者かに遠隔操作されてるわ』
遠隔操作……。少女の見た目に反して爺みたいな声なのはそういう事ね。
「前言撤回、生け捕りにしてやる」
『カカカッ! この魔人に手加減ができるとでも?!』
確かに、本物ではないとはいえ……目の前の魔人モドキは、手加減するには強すぎる。正直そんな余裕はない。
……しかし、だ。
「問題ないでしょ、だって――」
あくまでそれは、神聖魔法抜きでの話だ。
「――だって貴方、弱いもの」
『何、を……! この儂を、特記戦力〝操術老師〟を愚弄す』
――。
はい、おしまい。
『は……!?』
手足が凍てついた魔人モドキは驚愕の表情を見せた。
私はヤツの反応速度を上回るスピードで両手足の腱を切断した。
更に再生しないよう傷口を凍らせたのだ。
『な……何が起こって……!?』
「勘違いも甚だしい。嘗て戦った魔人はこんなものじゃなかった」
魔人モドキは凍結を解こうともがくが、アルコア様の神力で具現化した氷をこの程度の下奴が壊せる訳がない。
『お、おのれっ!!!』
魔人モドキは再び魔法を発動させようとするが……私は、〝魔法を使えなくなる結界〟――対魔領域で魔人モドキを囲った。
『ま、魔法が使えぬ……!』
神力は魔力と同じ性質を持っている。これはつまり、魔法術式に魔力の代わりに流す事も可能ということだ。
これにより、普通に魔力で術式を起動するよりもはるかに高い効果が得られたりする。
アルコア様の神力で造り出した結界は、魔人モドキの体外での魔術の行使を完全に封じる事に成功した。
――嘗ての魔人も、これと同じ術式で弱体化させた隙に封印したのだ。
本物の魔人では完全に封じることはできなかったけど、この魔人モドキならいけたみたいだ。
「さて、私の可愛い弟子のお姉さんの身体を返してもらうよ」
……この『魔人化』は、神の不完全受肉状態にかなり近い。
なら、核となる部分にアルコア様の神力を注入して中和してしまえば、人間に戻せる可能性はある。
『おのれ……誤算であった、まさか聖女がこれほどまでとは……』
しわがれた声を無視して、私は動けなくなっている魔人モドキもとい、モシナの心臓部に手を当てる。
『だが嘗めるなよ……いずれサンムルスはこの世界を支配する……! 聖女ラズリーよ! 貴様はやはりここで死ぬのだ!!!』
それから神力を注入しようとした次の瞬間――
ぐにゃりとモシナの体がひしゃげ、一点に渦巻きのように圧縮され……。
「やられた……!」
やがて、それは膨張を始めた。
瘴気が、あぶくのような肉塊が、凄まじい勢いで膨れ上がっていく。
そして、ある一点まで膨張すると、モシナだった塊がはち切れた。
自爆か……!
対魔領域は体外での術式の行使を封じるけれど、体内のものは別。
私は凄まじい勢いで溢れ出てくる瘴気の津波を咄嗟に結界で包んで抑え込んだ。
「そんな、お姉……ちゃん……」
アチェリーちゃんのかすれて上擦った声が背後から聞こえた。
私が油断したせいだ。
アチェリーちゃんにとってすごく大事な人、家族……だった人。
……ごめん。
――――
目の前で最愛の姉が人の形を失ってゆく。
しかしアチェリーには、なにもできなかった。
だが……
『ねぇ、アチェリーとやら。私と契約しないかしら?』
「ひゃいっ!? だ、誰……?!」
アチェリーの脳内に突然、少女のような声が響き渡る。
『お姉さんを助けたいんでしょう? 私と契約すれば、助けてあげるわよ』
目の前のお姉ちゃんは、既に人の形を留めていない。ぐちゃぐちゃの液状の瘴気の洪水そのものになって、それをラズリーが結界で押し留めている。
お姉ちゃんを助けてくれる――
その甘い誘いに、アチェリーは
「おねがい、します……モシナお姉ちゃんを助けてください……」
乗った。乗ってしまった。
『クスクス……いいわ、契約成立ね。代わりに貴女の大切なものを一つ貰っていくわね』
そしてアチェリーは、大切なものを一つ失った。
代わりに、もっと大切なものを取り戻したのだった。
*
「……!」
自爆を果たした魔人モドキの成れの果てを結界で抑え込んでいたラズリーは、ふと違和感を覚えた。
「なに、何が起こって……?」
結界の中で、液状となった瘴気がある一点に一気に吸い込まれてゆく。
「アルコア、様?」
『ふふ、うふふ……』
女神は笑うばかりで応えない。
答えは目の前にあるのだから。
一点に吸い込まれた瘴気が、人の形を成してゆく。
瘴気だったものが、別の何かに書き換えられてゆく。
――やがて皆、例外な存在を識るだろう。
辺りの空気が張り詰める。
……シリスの街に辿り着くまでにアチェリーは様々な修羅場を経験してきた。餓えた野犬に追われたり、野党に身ぐるみを剥がれそうになったり。
しかし、目の前で起こっている現象はそれらとは比べ物にさえならない程の『恐怖』をアチェリーに植え付けた。
アチェリーの生物的な本能が、未だ嘗て感じたことが無いほどに警鐘を鳴らしている。
機嫌を損ねれば、死ぬ。
いや、ちゃんと死ねれば御の字だ。
そして――喧喧囂囂たる轟が、戦戦兢兢たる凶が、この世界に舞い降りた。
『ありがとうアチェリーちゃん。私に生贄を捧げてくれて』
ラズリーの結界の中に、白いワンピースを纏った少女が佇んでいた。
髪は白に近い金髪で、毛先は血に濡らしたように紅い。
その背には、円形のステンドグラスが浮かんでいた。
『やはり……物質界はいいわね、風を生で感じられるわ』
その姿は、ラズリーにとっては見慣れた女神そのもの。
「アルコア様……?! なんで――」
『来ちゃった♡』
女神アルコアが――殺戮の女神が、この世界に肉体を伴って顕現したのである。




